今日の中日新聞に「スーパーの店内かご、客の持ち去り急増」という記事が掲載されていました。内容は、「環境保護の一環でレジ袋の有料化が進む中、県内のスーパーで商品と一緒に店内用の買い物かごを持ち去る客が増えている。レジ袋を買ったり、マイバッグを持参したりするのが面倒な客の悪質な行為で、厳密には窃盗罪にあたる。店側は買い足しのコスト増にも頭を悩ませている。県内にチェーン展開する中堅スーパーは、伊勢市の店舗でレジ袋を有料化した2007年9月以降、買い物かごの持ち去りが急増した。かごに商品を入れたまま店を出る客を注意しても「少し借りるだけ」と開き直られるケースが目立つ。このスーパーのかごの仕入れ値は一個当たり約三百円。担当者は「レジ袋有料化前はかごの買い足しは繁忙期の夏と冬の2回だけだったが、今は回数が増えた。コスト増はばかにならない」と頭を抱える。」
このような行いは、少し前から各地で報告されています。この記事にあるように、「買い物かごの持ち去りは、レジ袋の有料化前にもあった」と指摘されています。しかし、若者の万引き同様、あまり罪の意識がないようですが、このような行為は、窃盗行為に当たります。どのような世代が持ち帰っているのかわかりませんが、「つい」とか「ちょっとだけ」「面倒くさいから」とかいう理由が多く、特にそのものが欲しいからとか、ぜひ自分のものにしたいから、袋が貧しくて買えないからなどという理由ではないところが、なんだか、万引きにも似ていますね。
昨年のニュースで、スーパーマーケットのレジ袋をいち早く有料化している富山県で、そのスーパーの「買い物カゴ」が数カ月で200個なくなった店、毎月10個前後が持ち去られたところもあるというものがありました。 富山県では昨年4月からスーパーマーケット、クリーニング店などでレジ袋を有料化していて、このニュースは、9月のものです。富山県では、日本一住みやすい県ということで、全国で初めて県や業界団体らが一丸となって、有料化運動を盛り上げていました。ところがこんな状態になってしまったのです。
全日本スーパー協会によると、買い物カゴは1個あたり平均400~600円で、取っ手部分が金属製のタイプはもっと高いそうです。また、店名がプリントされていたり、複数の色を使っていれば、もっとします。200個なくなるということは、被害額は十数万円に上るのです。しかし、店長は、金額の問題ではないと言います。「お客様との信頼関係に関わることなので、窃盗罪で訴えるなんて考えていませんよ」信頼関係で成り立っているのです。また、有料化は、何もお金が欲しいからではなく、資源の問題ですので、その意識が薄いのでしょうか。
私の子どものころは、買い物かごをさげて歩く女性の姿をよく見かけました。漫画サザエさんでも、「カツオ!買い物に行ってきて!」と買い物かごを渡すシーンがありました。八百屋さんなどは、欲しい分だけ適当に新聞紙にくるんで渡してくれるだけですので、買い物籠は必需品でした。それが、いつの間にかレジ袋に入れてくれるようになりました。これは、どうもコンビニの登場に関係があるようです。一度、便利を味わってしまうと、なかなか、元に戻すのは大変ですね。便利さは、信頼関係をも、失わせてしまうのですね。
このニュースを見ていると、持ち帰ったカゴを畑で使っていたりと考えられないようなこともあると知りました。「少し借りるだけ」と言う開き直りも驚きです。社会の一員という意識が薄くなっているんでしょうね。人とのつながりや信頼関係の中で人生は豊かになっていくと思うのですが、それを失ってしまうほど便利さが優先されてしまう社会のあり方は、できるだけ早く方向転換しなければいけないと思います。このブログでサザエさんは何度か登場していますが、年齢の変わらないあの不思議な漫画は、社会のあり方だけでなく家族のあり方などに対してもメッセージを投げかけてくれているのではと思えてきます。
「国家の品格」の著者、藤原正彦氏の講演から「最も恥ずべき火事場泥棒」というお話です。明治45年生まれの父(新田次郎)は子どもの頃、火事の焼け跡から面白半分に黒焦げの木片を拾って帰った。これを見た父の祖父が烈火のごとく怒った。「火事場からどんなものでも持ってきてはいけない。今すぐ元の所に返してこい」仕方なく父は、暗い一里の夜道を返しに行ったという。ー昔の日本人には確固たる規範意識が根づいていた。藤原氏はこれは武士道から来ていると言います。ところが今の日本には、家庭にも地域にも手本になる大人がいなくなった。それどころか、レジ袋が有料になったからといって堂々と店内かごを持ち去るなんて言語道断!何か、日本の社会が根底から壊れ始めているような気がします。
なんとも悲しい話です。「買い物かごの持ち去り」とはまさに「窃盗行為」で、倫理感欠如の表れです。日本が先進国内でも米国と1、2位を争う貧困国に成り下がっている今、「店内かご」がまるで当然の如くに「持ちされる」、しかも「少し借りるだけ」と言って罪の意識なし。なんとも残念!お店側は「信頼関係」を楯に犯罪を犯罪と認めるわけにいかない。一体どうなっているのでしょう。エコ対策としての「レジ袋を有料化」も理解されず「店内かご」の持ち去りという犯罪に繋がっている事実をどうみればよいのでしょう。「貧すれば鈍する」という言い方があります。自他のものの区別も「鈍く」なってきているのでしょうか。恐ろしい話です。犯罪者を生み出すか、無気力者を作り出すか、あるいは「社会の一員」意識を持てない大人を輩出するか。持てる者と持たざる者の存在が明白となりつつあるわが国の現状を鑑みた時、教育の質が真に問われているような気がします。利便性追求の果てに相互信頼関係も喪失しつつあるこの国のかたちを今回のブログでみました。あまり観たくない側面ではありますが、事実ですから致し方がありません。溜息。
わたくしの地元商工会小売部会でもレジ袋負担コストの問題やレジカゴ紛失はよく話題に上ります。
そこそこのご年配でも、持ち帰る方がおられるようですので一概に若い方の倫理観の低下というわけでもないようです。
卸小売部会の中の書店組合では、万引き問題が深刻で、不肖出雲屋も先々代からの今の家業は書店が始まりですので、ショッピングセンターの一角に小さな書店コーナーを出しておりますが、万引きがやはり多く、万引きによる収益への影響はたいへん深刻です。
東京では、未だアーケード商店街が存在し、以前の先生のブログで商店街を探検するお取組みを拝見しましたが、たしかに、利便性やコスト管理による競争力追求ばかりではなく、我々業者側も相互信頼関係が築ける取り組みに参加させていただきたいと考えております。
しかし、残念ながら我が地元では、園外保育の見学などは消防署や病院、警察など公共施設が多いのが現状です。
ちなみに、わたくしはエコバッグではなく、風呂敷愛好家ですが家族は理解してくれません。
わたしから上の年齢の方は、粋だねと言ってくださいますが、
どの世代あたりから風呂敷文化が途絶えたか研究してみたいと思います。(笑)
最近スーパーで買い物をした時に、レジの人から「レジ袋が有料化になりました」と言われました。もちろんエコバックは持っていなかったので、しょうがなく、袋を買いましたが、いざ自分がスーパーの袋を買うとなると、少し複雑な気分になりました。だからと言って、専用の買い物カゴを無断で持ち帰る事は、窃盗罪で犯罪です。ただ持ち帰ってどうするのか?気になりますが・・・。実家では、あるスーパーの専用のカゴを購入し、それで買い物をするとポイントがつき、ポイントが貯まると何百円か割引してくれるサービスのスーパーがありました。サービスがあるとおそらくエコバックを使う人が増えると思いますが、サービスを理由にするのでなく、綺麗ごとですが、地球の事を考えた上でエコバックを使う人が増えれば素敵ですね。