京都の街を歩いていると、目につくポスターがあります。そこには、俳優の児玉清さんとヴァイオリニストの玉井菜採さんが手に本を持っている写真です。そして、その写真の真ん中に「11月1日 古典の日」と書かれたあり、右端には「古典をいだき」左端には「古典に抱かれて」と書かれてあります。この「古典の日」は、昨年、京都で宣言されたようです。
私は常々、古典とはなんだろうかと思っていました。たとえば、森鴎外や夏目漱石の作品は古典なのだろうかと思っています。中学校学習指導要領の国語には、「古典の指導については,…その教材としては,古典に関心をもたせるように書いた文章,易しい文語文や格言・故事成語,親しみやすい古典の文章などを生徒の発達段階に即して適宜用いるようにすること」のみ書かれてあり、何を使うかは書かれてありません。では、教科書では何を取り上げているかというと、1学年では、どの教科書でも取り上げているのは「竹取物語」で、あと枕草子、伊勢物語、源氏物語、土佐日記、梁塵秘抄、宇治拾遺物語などです。2学年になると徒然草、平家物語が加わります。3学年では、おくのほそ道が多くなります。こうして見ると、森鴎外とか、夏目漱石は古典ではないようです。
では、「古典の日」における「古典」とは何かというと、「風土と歴史に根ざしながら、時と所をこえてひろく享受されるもの。人間の叡智の結晶であり、人間性洞察の力とその表現の美しさによって、私たちの想いを深くし、心を豊かにしてくれるもの。いまも私たちの魂を揺さぶり、“人間とは何か、生きるとは何か”との永遠の問いに立ち返らせてくれるもの。それが古典である。」
これではよくわかりませんが、この日の11月1日はどんな日かみると、古典の代表は「源氏物語」においているようです。古典の日のHPでは、源氏物語のことをこう言っています。「1千年前、山紫水明の平安の都に生まれたこの作品は、文学はもとより美術、工藝、またさまざまな藝能に深い影響を及ぼし、日本人の美意識の絶えることのない源泉となってきた。1930年代に英訳されて以来、近年では、20余の外国語に翻訳されて、世界各地の人々に愛読され、感銘を与えている。」
この源氏物語が、「紫式部日記」の1008年11月1日の記述に、紫式部に対して藤原公任が、「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ」と語りかけたとあり、その「若紫」とは源氏物語の登場人物であるので、源氏物語が歴史上はじめて記録されたということで、その記述からちょうど1000年たった2008年11月1日を古典の日ということで、京都府などを中心に立ち上げられた「源氏物語千年紀委員会」が11月1日を「古典の日」とすることを提案したようです。
同委員会では関西経済連合会などと連携して3年後を目処に「古典の日」を国の制定する記念日とすることを目指して政府や国会議員に働きかけることにしており、将来的には国民の祝日とすることをも視野に入れているようですが、どうでしょうか。
先日、「古典の日」にちなみ、鎌倉時代に書かれた古今和歌集の文面などをあしらったオリジナル切手が発行されました。図柄はいずれも、歌人・藤原定家らを祖とする京都・冷泉家に伝わる国宝などの所蔵品です。今後、「古典の日」をどのくらい国民全体が認知してくるでしょうか。
今日の読売新聞の一面に、『源氏物語、幻の続編「巣守帖」か…写本確認』という記事が掲載されていました。光源氏の次男である薫や孫の匂宮を描いた最終章「宇治十帖」の続編らしい写本が発見されたというのです。紫式部が書いたものではなく、後世の誰かが書き足したものかもしれないとのことですが、それほど源氏物語が多くの人に読み継がれた傑作中の傑作だという証左ですね。小生、まだ全編通読したことはありませんが、せめて現代語訳でその世界を味わってみたいものです。
いろんな日があるんですね。これ以上祝日が増えるのもややこしすぎて大変そうですが、もしこの日が祝日になるのであれば、何を古典と呼ぶのかをもっとはっきりさせなければ、子どもたちにも伝えにくいと感じました。「風土と歴史に根ざしながら、時と所をこえて…」が古典の定義であれば、時代ももっと広げてもいいのではないかと思いますし、古典以外にも「“人間とは何か、生きるとは何か”との永遠の問いに立ち返らせてくれる」作品は数多くあると思います。自分が古典をほとんど知らないことで、考えがどうしても否定的になってしまうのは良くないとは思うのですが。
11月1日が「古典の日」とは知りませんでした。古典は苦手な科目の一つでしたので、好んで勉強はしませんでした。ただ、大学受験のときに、その時に古典を教えて下さった先生から源氏物語の話しを聞きました。おそらく、その先生の話し方も影響したかもしれませんが、とても面白く、少しずつ勉強するようになりました。古典は日本の歴史が語られる、大切な物です。そんな古典をより親しみやすく出来るよう、祝日にするのは、認知されるには良い方法かもしれませんが、何とも言えません。ただ、もっと違う方法で多くの人に認知される方法があれば良いと思います。
いま仕事でマラリアについて調べています。ハマダラカという蚊が媒介する感染症です。主に熱帯、亜熱帯地域に分布していますが、温帯地域にも分布しています。マラリア原虫という単細胞真核生物がその病原体の正体で、ヒトに感染するものは5種類あります。このうち三日熱マラリアと呼ばれるものは、昔から日本にあり根絶したのは1950年代のことです。
源氏物語の若紫(後の紫の上)の中に「おこりをふるい北山の行者に加持をしてもらう」というくだりがあります。この「おこり」というのは恐らく三日熱マラリアであっただろうと言われています。周期的な発熱を繰り返したので、腕のいい行者のところへ行って、薬を飲ませてもらったり、祈祷をしてもらったりしたとあります。また源氏物語の他のはなしに出てくる「わらわやみ」というのも、恐らく三日熱マラリアであっただろうと言われています。
この三日熱マラリアは、おとなり韓国で1993年から再流行が起きています。韓国も日本と同じく一度はマラリアの根絶に成功しました。けれど北朝鮮が根絶していなかったようで、38度線の非武装地域に従軍する韓国兵が次々に罹患していきました。恐らくマラリアに感染したハマダラカが北から南に飛んで来たのでしょう。
最近読んだ「日本語の正体、倭の大王は百済語で話す」によると、現在の日本語は、古い百済語の原型を留めていて、反対に現在の韓国語は中国語の音を取り入れながら変化して出来上がったと、著者は主張しています。真偽のほどはわかりませんが、読み進めているとその可能性もあるような気がしてきます。663年の白村江の戦いまでは、朝鮮半島と日本列島との交流は盛んで、この戦いを境に百済が新羅に滅ぼされ関係が途絶えます。やがて日本は百済経由で学んだ漢字から、万葉かなを作り、かな文字文化が成熟して平安時代に源氏物語が誕生します。
ことば、文字、文学(古くなると古典?)、それから感染症、みな人をキーワードに、行ったり来たり、消えたり、復活したり、変化しながら、時には変化せずに続いて行くのでしょう。何をもって古典とみなすか?それは相対的なことだと思います。後何年かすれば明治時代の作品は、古典と呼ばれるようになるでしょう。そして平成時代の携帯小説も、かりに100年、200年の単位で未来に残ったならば古典と呼ばれることでしょう。
「漢文」「古文」はもっとちゃんと勉強しておけばよかったといま後悔しきりです。中国・朝鮮・日本の典籍に触れる時いつも思います。論文調のものはそれでも少しは分かりますが「源氏物語」などの小説や日記の類になるとお手上げ感でいっぱいになります。今からでも古典について勉強することは遅くないとは思いつつ、趣味だらけの生活を送っていると「古典」の世界へ足を踏み入れることに躊躇してしまいます。しかし博物館美術館行きを趣味のひとつとして持つ私には「古典」は避けて通れぬ世界。「古典」の知識があると絵画等美術品の鑑賞が何十倍何百倍も違ってきます。う~ん、なかなかに悩ましい。「古典の日」を制定するより学校の「古典」(漢文や古文)の授業がもっと面白くなるようにカリキュラムを変えて欲しいものです。漢文や古文は本来面白いものです。