幕の内駅弁

先日、姫路から帰るときに駅弁を買いました。その駅弁のふたには、「日本初の“幕の内駅弁”販売」と書かれてあります。
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駅弁は、日本独特な食文化です。それは、以前のブログでも紹介したように、電車の中の座席でものを食べるということは外国ではせず、食堂車が整備されたからです。しかし、弁当は、どの国でも、昔からあったでしょう。というのは、食べ物はその場で食べるというよりは、持ち歩くことがあったからです。しかし、記録に残っているものでは、日本では、5世紀頃にはもう、そういう習慣があったとされています。また、そのときにはおにぎりにして持っていくとか、干しものにして持っていくとかしていたでしょうが、いわゆる今弁当と言って思い出すような、白飯と副食という組み合わせになったのはいつかははっきりしないようです。しかし、白飯と副食という組み合わせが次第に手が込んできて、「幕の内弁当」と呼ばれるようになったのは、江戸時代中期のようです。
江戸中期に、料亭のようなところで、弁当を製造し、販売していました。その頃の庶民の娯楽と言えば芝居見物でした。この芝居というのが丸一日がかりというのも珍しくありませんでした。そこで、当然観客はお腹が空きます。その観客を目当てに弁当売りがいて、観客は幕と幕の間(幕のうち)にその弁当を食べました。というわけで、芝居小屋で売られていたスタイルの弁当を幕の内と言うようになりました。芝居の間に食べるものとして、幕の内だけだなく、うな丼とかうな重も手軽に美味しく食べられるようにと生まれたものです。しかし、説はいろいろとあるようで、「幕の内側で役者が食べるから」「相撲取りの小結が幕の内力士であることから”小さなおむすび”の入っている弁当を幕の内弁当と呼ぶようになった」などがあります。また、芝居鑑賞のときだけでなく、相撲観戦のときにも相撲茶屋が弁当を提供していました。そこから幕内力士のように相撲の世界にも幕の内という言葉が持ち込まれたという説もあります。容れ物は、重箱などに入れていたようです。
明治以降になってからは、幕の内弁当は駅弁の様式のひとつとして広まっていきます。このころのことが、先日買った「まねき食品株式会社」の駅弁のふたに書かれてあったのです。1888(明治21)年に山陽鉄道(現JR山陽線)が姫路駅まで開通したときに、明治初年から茶店を開業していた竹田木八が、その翌年に姫路駅で「幕の内駅弁」を売り出しました。この弁当が、全国初の幕の内駅弁とされていると書かれてあります。その弁当は、それまでの竹皮で包んだ駅弁と違い、容器の回収ができないことから、使い捨ての経木の折詰に盛るという方法をとり、その容器がその後一気に広まっていきました。この経木は、殺菌効果のあるという松材を使用しました。
元祖「幕の内駅弁」と言っている当時の弁当は、13種類のおかず(鯛塩焼、伊達巻き、焼蒲鉾、卵焼き、大豆昆布佃煮、牛蒡、蕗、百合根、筍、人参、空豆、きんとん、奈良漬)を上折に、下折には梅干しを入れた白飯を入れ二重の折詰にして、当時お米1升6銭の時代に12銭で販売致しました。
 今、幕の内弁当は、以前人気が高いようですが、売られているのは、芝居小屋から駅弁からコンビニに変わりつつあるようです。

幕の内駅弁” への5件のコメント

  1.  幕の内駅弁の発祥が、姫路駅だったとは知りませんでした。とても豪華な内容で、美味しそうですね。それにしても値段が高いですね。当時これほど高級な駅弁は、庶民には高嶺の花だったことでしょう。
     さて私は駅弁をはじめ、弁当は日本が世界に誇れる独特の食文化だと思います。その特徴はやはり、海外の弁当に比べ非常に手が込んでいる点です。パンを食べる食文化圏の定番弁当は、なんといってもサンドイッチ。それにリンゴなどをつければおしまいです。また日本と同じく米を食べる中国では、冷めたご飯を食べる習慣がなく、日本のおにぎりを見て驚いていました。そのとき中国のお弁当事情については、詳しく聞かぬまに次に話題に移ってしまいました。中国のお弁当はどんなものがあるのでしょか。お隣の韓国ではのり巻きをよく食べるそうです。
     以前、聴いたラジオ番組で、日本の弁当に興味を持った欧米の方が、その発展の裏に箸があるのではないかと考察していました。ナイフ、フォーク、スプーンの文化圏では、幕の内弁当のようなものは、詰めるのも食べるのも難しいと言うのです。確かにそうかもしれません。けれど箸だけでは、日本の弁当文化の発展を説明しきれないような気がします。そこで私は箸の他のもう一つの理由として、日本人が冷めたご飯や冷めたおかずでも楽しめるという点を加えたいです。ご飯に関しては日本のお米に理由があると思います。それは日本のお米の品種が、粘り気が強いジャポニカ米であることです。ジャポニカ米は、俗にタイ米と呼ばれるインディカ米と比べ、冷めても美味しく頂けます。少なくとも私はそう思います。この箸の文化と冷めてもおいしいジャポニカ米の二つが合わさって、今日にいたる日本の弁当文化が花開いたのではないでしょうか。
     最後にインディカ米についてのエピソードを一つご紹介します。以前、スリランカの方とお仕事をしていた時のことです。スリランカでは、インドと同様カレーを食べます。私の友人はいつも奥様やお手伝いさんの手作りカレーをタッパーに入れて仕事に出かけ、職場の電子レンジで温めてから食べていました。その方が来日された時、「日本には保温機能のある弁当箱があるそうなので、ぜひそれを買って帰りたい」と言われ、一緒に買いに行きました。そして汁物も入れられるかなり高価な物を買ってお国へ帰られました。ところが炊きたてのご飯(インディカ米)を朝詰めても、昼にはすっかり冷めていたそうです。どうやら日本米とインディカ米とでは保温時間が違うようです。

  2. 一昔前には、四角い箱に駅弁を山積みにして、乗客相手にホームで販売する駅弁の立ち売りが見られましたが、今ではすっかり姿を消してしまいました。辛うじて残っているのは、全国で8駅。イカめしが有名な函館本線森駅。富良野線の上富良野駅は季節限定です。常磐線原ノ町駅は浜のかにめしが名物。東武日光線下今市駅の立売は意外と知られていない。高山本線美濃太田駅と鹿児島本線折尾駅は、ほぼ毎日立売が見られるそうです。肥薩線人吉駅は、栗めしと鮎ずしの山の幸。あの懐かしい「べんと?う、べ?んとべんと?」の声を聞きに旅するのもおもしろそうです。

  3. 幕の内弁当の名前の由来がよくわかりました。ありがとうございます。子どもの頃はなんとなく豪華な感じがして憧れていましたが、最近よく食べる幕の内弁当はあまり特色が感じられず、積極的には買わなくなりました。でも弁当は好きです。なんといってもごはんが美味しく食べられます。温かいときはごはん独特のにおいが気になることがありますが、冷えたごはんはそんなにおいもなく甘味が際立ちます。弁当の冷えたごはんを食べるたびに、弁当は素晴らしい文化だと感じます。

  4. 「日本初の“幕の内駅弁”販売」とあると食べてみたくなりますね。もう少し若い頃は「幕の内弁当」はあまり食べたいとは思いませんでした。見た目は確かに美しい。しかし、どうも食欲が湧いて来ない。おそらく私の洋食好きが原因でしょう。「鯛塩焼、大豆昆布佃煮」でもうダメでした。今は平気です。むしろおいしいと思うようになりました。いい傾向です。そして今回も勉強になりました。「幕の内」は芝居説、相撲説とあるようですが、どちらも由来としては興味深い。私としては「芝居説」に軍配をあげますが・・・。JR大宮駅の駅弁販売をあるテレビが報じていました。お客はそこで全国各地の駅弁を買い家に帰ってから食べるのだそうです。家で食べる駅弁、一体どんな味がするのでしょう?

  5.  「幕の内弁当」と聞くと、おかずがたくさん入っていて、彩り、バランスが取れ、高級感のある弁当という印象があるので、なかなか食べる機会がありません。
    幕の内弁当の歴史や由来をもちろん初めて知りましたが、こんなにも深いとは思ってもいませんでした。容器も重箱から、使い捨てができるように経木を使用したりなど、時代に合わせて変化しているのですね。そんな幕の内弁当も最近ではコンビニで安価で売られているので、簡単に食べる事ができる分、高級感が薄れたようで、なんだか複雑な気がします。

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