直島における幼保小の新しい試みは、直島中学校の改築で一応の完成を見ます。戦後、中学校として県下初の独立新校舎が当時”つつじが丘”と名づけられていました。その中学校が、昭和54年に”教育と社会”の一体化をめざす文教地区構想の頂点として全面改築されました。それまでも、文部、厚生省の間の厚い壁を打ち破った幼保一元化に続いて、今回は、幼小中一貫教育の実現でした。設計上は、それぞれ非常に強い個性を持ちながら、理念を共有し、各施設が閉鎖的にならないようにで教師と生徒、人と人とのよりよいコミュニケーションの場であることへの配慮が流れています。
これらの実現を、先頭を切って推し進めていた当時の直島町長は、甥が当時岡山県にある福武書店に勤めていた関係から、福武書店(現ベネッセコーポレーション)の創業者である福武哲彦さんと知り合います。そのときに、町長は、直島(香川)の南側一帯を、文化的なエリアにしたいという夢を描いていました。福武さんは、瀬戸内の島のどこかに世界中の子どもたちが集える場を作りたいと構想していました。それが結びついて、「直島アートプロジェクト」が構想されていったのです。それが、今から20年くらい前でした。
その先代の哲彦さんの遺志を継いで、「直島アートプロジェクト」を実行に移したのが、現在の会長である福武總一郎さんです。まず、1989年に安藤忠雄のマスタープランで「直島国際キャンプ場」を作り、92年には現代アートの美術館とホテルが一体化した「ベネッセハウス」をオープンさせました。やがて美術館の外にも作品を展示するようになり、アーティストに直島で作品を作ってもらう「サイトスペシフィック・ワークス」が始まりました。その発展系として、民家を利用した「家プロジェクト」が誕生。2004年には建築物としても注目度の高い「地中美術館」がオープンし、現代アートが直島全体に広がっていきました。
今回、ベネッセハウスの中のレストランで食事をした後、以前のブログで予告したように「地中美術館」を見学しました。
この美術館は、すべて地中に埋まっています。ですから、入口は、コンクリートの壁が建っているだけで、その後ろは建物ではなく、緑で覆われた丘だけです。なんだか古墳の中に入り込んでいくようです。
中に入ると、当然、他の美術館のような室内が続き、それが地中であるということは忘れそうです。しかし、安藤氏の特徴であるコンクリートの圧倒的な存在感が空間を切り取って、そこに注ぐ光が空間の奥行きを際立たせます。その中の展示は、「クロード・モネ」絵画5点、空間と太陽の光の時間的経過を融合させた「ウォルター・マリア」の作品、光そのものを作品とした「ジェームズ・タレル」の作品以外は、コンクリート、鉄、ガラス、木、石を配置し、光との関わりを意図した安藤忠雄氏設計の空間が、すべて作品となっています。ただ、残念ながら事前にロッカーへカメラなどの持ち物はすべてしまわなければなりませんので、写真は撮ることはできませんでした。また、室内は声が響くために、同じグループは10人までと制限されていましたが、それだけ、作品としての空間を大切にしているということでしょう。
自然と人間との関係を考える美術館といわれる「地中美術館」は、保元の乱で敗れた崇徳上皇が讃岐国へ流される際に一旦四国上陸を拒否され、3年間を直島に滞在したときに、島民の純朴さ、素直さを称賛してつけられたとされる「直島」という名前に恥じない、素朴でありながら、自然に純粋に向き合った作品として完成されていました。

難しいことはよく判らないのですが、島根の特に石見部はこんな中小一貫校???(ただ過疎なのでかもしれませんが?)
http://www.youtube.com/watch?v=zU8lzIPuP0k
もあり、そこは15歳から6歳、場合によっては隣にへき地保育所などもあり・・・
少子化でも、子供集団があるのではありますが・・・どのように屋内・屋外の空間のお手伝いをすればいいかよく判りません。
小さな島シリーズを食い入るように読んでいます。
どうして直島という名前なのか気になっていましたが、島民の純朴さや素直さからきているんですね。またひとつ疑問が解消されました。「直島アートプロジェクト」のような取り組みがどのように始まりどのように進んでいったのかという疑問もありましたが、それも解決しました。やはり人の思いから始まり、その思いや情熱が人を結び付けていき、形になっていったんですね。何かことを起こすときには人の心を動かさなければいけないとよく聞きます。そのためには思いや情熱が欠かせないと思います。そうしたモデルを知ることができ、力をもらった気がします。
直島アートプロジェクトのおかげで、それまでの精錬所の島が文化芸術の一大聖地へと変貌を遂げました。今、日本中から直島の魅力にひかれて大勢の観光客が押し寄せているようです。県もこれに気を良くしたのか、来年7月19日から10月31日までの100日間、直島を中心に豊島、小豆島などの周辺の島々を会場にして、『瀬戸内国際芸術祭』を開催する予定です。古来、様々な交通の大動脈として重要な役割を果たしてきた瀬戸内海。様々な地域の文化や芸能が行き交う船によって伝えられたといいます。今に伝わる民俗、祭り、風土記という通時性と現代美術、建築、演劇という共時性を交錯させ、瀬戸内海の魅力を世界に発信させるプロジェクトです。ぜひ、また直島へおいで下さい。
「地中美術館」まず名前を聞いた瞬間に「地中」という言葉に疑問が浮かびました。まさか言葉のまんまで、地面の下に美術館があるとは思ってもいませんでした。しかし、写真を見ると、ただ地中の中にあるだけでなく、所々地上に吹き抜けのような物が見えますが、これも作品の一部なんでしょうか。また一度に入れる人数を制限するなど、作品を見る事に本当に徹底しているのですね。ただ、このような美術館が東京のような大都会にあると、なんだか雰囲気も違ような気がします。少し都会から離れた地方の小さな島のだからこそ、雰囲気も最高で、また貴重価値があると感じました。
耳にしたり目にしたりしていても、受け取るこちら側の準備が整っていないとそのことは記憶に残らず、意識化されることもありません。前回今回と紹介されている「直島」もその一つですね。文章を読みながら以前にも伺ったことがあるとはわかっていてもブログで伝えられる内容はとても新鮮で驚きです。「直島アートプロジェクト」の中身を知れば知るほど気圧されるばかり。安藤忠雄のマスタープランで「直島国際キャンプ場」、現代アートの美術館とホテルが一体化した「ベネッセハウス」、アーティストに直島で作品を作ってもらう「サイトスペシフィック・ワークス」、民家を利用した「家プロジェクト」、そして「地中美術館」。一つの島にこれだけのプロジェクト。訪ねたい土地ウイッシュリストに一項目増えました。いつか行ってみたいものです。