鷺と烏

 岡山の帰りに姫路に寄ったのは、一つは安藤氏設計の姫路文学館見学ですが、もう一つの目的は、世界遺産の姫路城の見学です。それは、今年から姫路城大天守の保存修理工事が行われるからです。これは、昭和39年に完了した解体復元工事から45年が過ぎ、白漆喰壁をはじめ上層部の軒やひさしに傷みや汚れが激しくなってきたため、本格的な修理を行うようです。修理期間中は、大天守を完全に覆うように素屋根を掛けて作業を実施し、21年から丸5年間は、外部の姿を見ることができなくなるようなので、それまでに見ておこうという目的で訪れたのです。しかし、大天守内部の公開は続けられるそうで、今回時間の関係で内部は見ずに、外観をしっかりと見てきました。
姫路城は法隆寺とともに1993年12月11日、世界遺産リストにその名が登録されました。そして2001年には、国宝指定70周年、築城400周年を迎えました。5重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓でつながり、幾重にも重なる屋根、千鳥破風や唐破風が、白漆喰総塗籠造の外装と相まって、華やかな構成美をつくっています。その白漆喰総塗籠された姿は、まさに、天を舞う白鷺のように見えるということで別名白鷺城(はくろじょう)ともいわれます。それに対して、その前日に見た岡山城は、櫓35棟、門21棟があり、天守が下見板張りの黒造りであったため烏城(うじょう)といわれています。
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ただ、姫路城にはいくつか説があって、城のある丘が「鷺山」とも呼ばれたからという説や、城が白鷺の飛ぶ姿に見えるためとか、昔からゴイサギが多くすんでいたから、などといわれています。
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姫路城の話になると深入りしそうなので、今回は、それぞれの城の別名について考えてみます。岡山城が、烏城(うじょう)といわれていますが、同じ字を書いて「からすじょう」といわれているのが、やはり国宝になっている長野県松本城です。現在は天守群などの建物が現存し、城跡は国の史跡に指定されています。松本城と呼ばれる以前は深志城といって言いましたが、通称として烏城(からすじょう)と呼ばれています。天守の外壁は各層とも上部は白漆くいですが、下部は黒漆塗りの下見板が覆っていることからこう呼ばれているのです。
 城で国宝に指定されているのが「姫路城」「松本城」のほかに、「犬山城」と「彦根城」があります。その中の犬山城は、木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城で、その佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで「白帝城」と荻生徂徠が命名したと伝えられています。その近くにある温泉に泊まることがありますが、「白帝の湯」と言います。
 また、「彦根城」は、江戸時代に滋賀県彦根市金亀町にある彦根山に、鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城で、その彦根山は別名「金亀山」とも呼ばれるために城は金亀城(こんきじょう)ともいわれています。
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 このように、城の別名はその姿からつけられたり、その地形から、その地名から言われたりします。その名称は、その由来からして、いかにも民衆が分かりやすいようにそう呼んでいたというようなことは、今でもいろいろなものに、役所がつけた名前よりも普段分かりやすくつけられる愛称で呼ばれるのと同じですね。