団欒

一家団欒で食事をするというのはみんなで一緒だから楽しいというだけでなく、机を囲んで、みんなで輪になるからということもあるでしょう。いわゆる車座になって食事をするということです。でも、一家団欒という字の「欒」という感じは難しい字ですね。どういう意味かよくわかりませんが、同じような字で恋という字の旧漢字は「戀」と書きます。下が木の代わりに心と書くのですが、どういう関係なのでしょうか。たぶん、団欒の「欒」は、木を囲んでお互いに顔を見たり、思いを打ち明けたり、話をしていることを表しているのかもしれません。心で恋をするのに対して、木を挟んで恋するのかもしれません。また、「欒」の上の部分は,糸,言,糸 で、糸がもつれている様子を表します。ですから、「欒」は,もつれた木という意味もあります。ということで、家で,もつれた糸をおしゃべりしながら,ほどいてまき直すという意味かもしれません。そうではなくて、糸がもつれるように,おしゃべりをしているという意味からかもしれません。他には、欒は小さな集まりと云う意味もあるようです。
また、大学生などの集まりのことを「サークル」ということがあります。同じ趣味を持った人が集まり、その仲間で活動することをいいますが、語源は円座を組んで臨んだことからくると言われています。アメリカでは、このブログでも取り上げましたが、小学校では低学年では子どもたちは丸くなって座っていろいろなことを話し合います。また、丸くなって座ることによっての効果が中野民夫氏の「ワークショップ」(岩波新書)の前書きに書かれてあります。
「20年ほど前でも小学校だけでなく、大学院のクラス、様々なミーティングやワークショップ、そして創造的なビジネスのミーティングも椅子を使うことがあるにしろだいたい輪の形になって座ります。輪になって座ると、お互いの顔がよく見えます。話す人は語りかける相手の表情や反応を見ながら話せるし、聞く人は話す人の表情や身振りを見ながら話を聞けるので、お互いに適切な反応がしやすく、インタラクティブな場になります。普通の教室スタイルで人の背中越しに発言者の話を一方的に聞くことになれていると、一重の輪になって座ることはなんだか全体をむき出しになった感じで、初めは居心地がよくありません。でも、その場の雰囲気を作るのは、ひとりひとりなのです。誰が上でも下でもなく、よくも悪くもその場を作る責任と権利はひとりひとりに等しくあります。今、自分がこの輪の一部を担っているという自覚が促されるのです。」
オランダのイエナプラン教育における教室での学習活動では、車座になって話し合う「サークル対話」という形式が、繰り返し使われます。しかも、サークルの持ち方でもいろいろなあるようです。日本では、今回の小学校学習指導要領では、様々な授業形態が示されています。「個別指導」「グループ別指導」「繰り返し指導」ほな何種類か示されていますが、その形は指導の仕方です。イエナプランでの様々な形は学習形態です。先生主導か、子ども主体かの違いがよくわかります。オランダのサークル学習には、特定のテーマを決めずに自由に話合う「オープン・サークル」、前もってグループリーダーや一定の子どもが話題を準備した「準備サークル」、グループリーダーが何かをみなに伝えるためのサークル、何かを一緒に見たりそれについて話し合ったりするサークル、観察サークル、報告サークル、自由作文の朗読サークル、テーマ学習サークルなどがあります。
 一家団欒の形が日本らしい関わりとしたら、もう少し授業形態に「団欒形式」を考えたらいいと思うのですが。

団欒” への5件のコメント

  1. 「団欒」は確かにテーブルあるいは空間を囲んで座ります。テレビがついていたりしますが、テレビが映し出す諸諸が実は「団欒」の話題のネタになることもありますから、メディアの存在を否定する必要はありませんね。ひとりの人が何かを伝えたい場合はレクチャー形式でいいわけですが、みんなで話し合うディスカッションの場合は当然「サークル」ですね。「インタラクティブな場」に確かになります。しかし、この車座座談会のルールがあると思います。たとえば、それぞれの意見が出ると思うのですが、ある人の意見に対して異見を表明したとしてもそれは決して「個人攻撃」や「非難」ではない、というルールです。日本人はディスカッションしても互いの見解の相違をネガティブに捉え、まるでバトル試合のごとく解釈され人間関係の気まずさに発展しかねない場合が多い。個々の人格を認め合わなければ「団欒」「サークル」は成立しません。家族間の「団欒」が成立しないケースが昨今多いと聞きます。残念なことです。

  2. 学習指導要領に書かれている授業形態は、あくまでも指導の方法のことだったんですね。ずいぶん変わったと思っていたんですが、学習形態と指導形態では全く違ってきます。ちょっとがっかりしました。学びあいが大切だとすれば、そこにはコミュニケーションが欠かせません。コミュニケーションは考えの違いを認め合える対等の関係でこそすすむものだと思うので、常に教える側と教わる側という関係であることはあまりいいとは思えません。考え方はそれぞれ違っていて、そこをスタート地点にして一つの目的に進んで行く方法を探るような授業があってもいいと思います。勝手なイメージですが、一つの考え方に染まるのではなく、違ったままでまとまる「団欒形式」なら、授業の中身がずいぶん変わっていきそうです。

  3. 園庭には常時、椅子を円形に並べてあります。今夜はお泊り保育なので、夕食後庭で花火をしました。その後、円形椅子の中央に小さなキャンプファイアーを灯し、隣の“お友達のいいところを見つけよう”をして1人ひとりが意見をいいました。ちょっとの時間しか取れなかったのですが、満月の下でとても心があたたまった団欒でした。

  4. 今はあまり見かけなくなりましたが、「かごめかごめ」は子ども達が輪になって遊びます。中学生の頃のキャンプファイアーで篝火を囲んで楽しんだレクレーションゲームは友情のあかし。高校野球の円陣は、団結を生んで、家庭での一家団欒の輪は、家族の絆を深めてくれます。「輪になる」ということは、人と人とのつながりを自然に強くしてくれる形ですね。どうせなら、世界中の対立する国の人々が、一堂に集まって輪になって話し合ったらどうでしょう。それこそ、↑のコメントにある「お友達のいいところを見つけようゲーム」をするんです(笑)。サークルは「平和のかたち」でもあると思う。

  5.  「団欒」という言葉はとても良い言葉ですね。聞いただけでも、なんだか心が温かくなる気がします。友達と海や川原にキャンプやBBQなど遊びにいったときに、みんなで火を囲んで輪になって、色々な話をしたことを思い出しました。普段なかなか言えない悩みを相談できたり、面白い話をみんなで聞いて、盛り上がったり、なぜか日常では出す事ができない雰囲気を作り出します。これが「団欒」の力なのですね。一人ひとりがその場を作る責任と権利がある分、普段なかなか話す機会がない人と話す事ができたり、その人の意見を聞く事ができたりなど、輪になって話す事で、様々な効果をもたらすのですね。

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