乳母

 いろいろな職種ではその質の向上が課題です。そのときに大きな要素として、そこで働く職員の質の向上が課題になります。たとえば、園では、保育者の質が問題になり、その質を向上させようと研修なども行います。しかし、以前のブログに書いたように、その職種の方向性が、たとえば利益を得ることというように明確である場合は、質もわかりやすいのですが、保育者のように人を相手にする場合は、質の判断は難しくなります。
 また、保育者の場合は、保護者から見ていい先生と、子どもから見ていい先生が違うことがあるのでなおさら難しくなります。どんな先生がいいか、かなり昔の映画ですが、チム・チム・チェリーの歌でおなじみのミュージカル「メリーポピンズ」の中で、こんな場面がありました。メリーポピンズが乳母として子どもの家庭に来ることになったきっかけの場面で、親からみた子どもに対する接し方の理想像と、子どもからみた理想像とのギャップが描かれていて、とても興味深いものがあります。せりふの訳から見直してみましょう。
 「乳母を選ぶのは大仕事だ。洞察力と人を見る目が必要だ。」と両親は思い、新聞広告で募集をすることになりました。その条件は、「募集 乳母・しっかり者でまじめな女性。イギリスの乳母は将軍。国の未来は彼女ら次第。頼もしい若者を育てるのは、乳母のきびしい手。イギリスの銀行は精密機械。家庭もそうあるべきだ。伝統、規律、そして規則が大切だ。でないと、混乱、破滅、すべてがめちゃくちゃだ。」今でも、保育者に対してこのように希望する人もいるかもしれません。
 この広告を見て、子どもたちは、新聞広告の募集要項を書き変えてしまいます。そこには、「かわいい二人の子の乳母を求む。申し込む資格は、気立てが明るく、ゲームができて、親切で、気がきいて、やさしく、きれい。散歩の時はいつも、歌とお菓子。いじわるしないで。ひまし油なんか飲ませない。ママほどかわいがって。あんまりしからなければ、私たちもおとなしくします。」と書かれてあります。この紙が空に舞っていき、メリーポピンズの手に渡り、この子どもたちのところに降りてくるのです。
世界で始めて幼児教育を論じたといわれている貝原益軒の「和俗童子訓」にも、とても興味深いことが書かれてあります。
「凡そ小児を育つるには、初めて生れたる時、乳母を求むるに、必ず温和にして慎み、まめやかに、言葉すくなき者を選ぶべし。乳母の外、つき従ふ者を選ぶも、大やうかくの如くなるべし。初めて飯をくひ、ものをいひ、人のおもてを見て、よろこび、いかる色を知る時より、常に其の事に従ひて、時々教ゆれば、ややおとなしくなりて、戒むる事やすし。」
(大方は、子どもを育てるためには、初めて生まれたときに、乳母を捜す時には、必ず温和で、慎み深く、こまめで、言葉が少ない人を選ぶべきです。乳母のほかにも、世話をしたり面倒を見てくれる人を選ぶ時にも、だいたいはそのような人がいいです。初めて食事をしたり、話し始め、ひとの表情を見て、喜んだり、怒っている表情を知るときに、常にそのことを守って、時々おしえてやれば、次第に大人しくなり、自律をしていきます。)
保育園を選ぶときにも、同じような考え方でいいかもしれません。