白と黒

 鹿児島黒牛黒豚銘柄販売促進協議会は、1998(平成10)年に9月6日「クロの日」を記念日に定め、「黒の日まつり」としてセールや試食喧伝を行って普及に努めています。
 少し前に職員と鹿児島に行ったときに、鹿児島といえば黒豚だということで、黒豚とんかつでも食べようかということになりました。昨年暮れには妻と鹿児島に行ったときには、昼には鹿児島の駅で黒豚とんかつ、夕食には黒豚しゃぶしゃぶを食べたのですが、若い人にはとんかつがいいかと思って店を探したのですが、天文館辺りにはどこにもありません。何度もぐるぐる歩き回ったのですが、どこにもありません。その代わりに何軒も「白熊くん」という看板があります。最初は何かと思ったのですが、どうも練乳がけのかき氷のようです。なんでこんなにどの店にもあるのかというと、テレビの「県民ショー」で鹿児島名物として取り上げられたからのようです。そこで、とんかつはあきらめて、白熊を食べることにしました。私は、ブログでも取り上げたようにかき氷マニアです。しかも、練乳がけと、ふわっとした氷が好みですから、白熊はとてもおいしかったです。
もともと、白熊は、昭和22年白蜜、赤蜜をかけたみぞれ、蜜かけのようなシンプルなかき氷でした。イチゴにミルクをかけて食べるとおいしかったのにヒントを得て、氷に練乳をかけてみたそうです。しかし、それでは甘すぎるということで、改良を重ね、独特のさっぱりした味に仕立てていったのです。それだけではさびしいということで、洋菓子の感覚で中にさいころ型の果物や、16寸豆を入れ、外側に、アンゼリカ、チェリー、レーズンをトッピングしてみたら、その姿が真っ白い体に目がある白クマに似ていることから、「白熊」というかき氷になったのです。今は、マンゴープリンやマンゴー汁がかかった「黄熊」などがあります。私はオリジナルの白熊を食べたのですが、正直、量が多すぎることと、ちょっと甘すぎるところが少し難点でしたが。
 それにしても、なんで鹿児島が黒豚なのでしょう。実は、戦国時代から薩摩の国では豚肉を、歩く野菜と呼んで食べられていたようです。鹿児島県国分市の国分史記には、1609年島津家が琉球侵攻をした際に、琉球の豚を多数連れて帰ってきて、薩摩の豚と改良をしたと記載されています。そのころから鹿児島の豚のおいしさは、全国的に有名だったようです。幕末、彦根藩主井伊直弼が大老になりますが、この時に直弼は彦根藩が代々牛肉を将軍家に献上していた事を中止し、代わりに薩摩の黒豚が献上されました。また、水戸藩主斎昭公は、「いかにも珍味、滋味あり。コクあり、なによりも精がつく」といったそうですし、徳川慶喜は後に「豚一様」と呼ばれるほどに薩摩の黒豚を気に入ったといわれています。また、西郷隆盛も豚肉をこよなく愛したといわれており、豚骨と呼ばれる郷土料理と、肉入り野菜炒めの黒豚料理を愛していたと、鹿児島の郷土料理で書かれています。
その後、明治以降に、肉質が優れているとされる英国バークシャー種に改良を重ねて鹿児島黒豚が出来上がったようです。英国より導入された強健なバークシャー種と交配することで、黒豚のよいところを引き出しながらそのおいしさに改良を加え、歯切れがよく、柔らかく、水っぽくなく、うまみがあり、しかも、さっぱりしているなどの特色の鹿児島黒豚が出来上がってきました。そして、この黒豚のもう一つの特徴は、カンショを飼料として与えることです。こうすることにより、脂肪の融点が上昇し、不飽和脂肪酸含量が減少します。そして、赤肉脂肪中に抗酸化作用のあるビタミンEが増加することもわかっています。
白熊にしても、黒豚にしても改良を重ねていって、今の味があるのですね。