いろいろな所に旅に出ると、いろいろなことに出会います。その出会いから新しいことを知ることがあります。新しい人に出会うかもしれません。新しい場所、新しい歴史の発見、とても刺激的です。しかし、行くだけではそれらと出会うことはあっても、自分の身になることはできません。それは、乳幼児期の発達の条件と同じで、そこに自ら働きかけないことには意味がないのです。そのことに興味や関心を持たないといけないのです。
私は、休暇を取って旅に出ることは今はなかなかできません。しかし、ありがたいことに、全国に講演なり、仕事で行くことが多いので、その時に少しでも時間を見つけてその地域を歩きまわることにしています。よく仕事で行くと、その時間以外はホテルなどの部屋に閉じこもってどこにも出かけない人がいることを聞きますが、そんな勿体ない事はないと思います。また、確かに仕事で疲れてしまうこともありますが、逆に頭を使う仕事の場合が多いので、体を使うことは休息になります。もうひとつ、自分のタイプなのでしょうが、休日などでも家でゴロゴロしているともったいないと思って、どこかに出かけようとしてしまいます。周りから、疲れているのだから少しは休息をしたらと言われますが、どうも駄目なのです。
そのように何気なく出かけたり、仕事で出かけたりした先で思いがけないことに出会うとうれしくなります。今回出かけた先の仙台では、着いた夜は花火大会でした。
ブログでもちょうど花火のことを書きましたが、私は子どものころから隅田川の花火を見ながら育ったせいか、花火の音がすると、音のするほうに足が向いてしまうのです。人出がたくさんで、歩けないくらい混んでいても進んでしまいます。よく、地方の人は人混みが苦手という人がいますが、私は、人混みはそれほど苦痛ではありません。ただ、最近は、痴漢に間違われてしまうような冤罪があるので、気をつけますが。
そして、次の日の6日から7,8日までは仙台七夕祭りです。
今年はちょうど前日に花火を見に商店街を歩いたので、いつもどのように飾っているかをと不思議に思っていましたが、それを見ることができました。前日の4日の日に早朝各商店街が長さ10m以上の巨大な竹を山から切り出し、小枝を払います。そして、横に渡した棒に基本5本1セットの吹き流しをひもで引き上げていくのです。吹き流しは、一番上には丸い花紙で作ったボンボンがつけられ、その下にはおり姫の飾り糸を象徴した長い紙をたらし、機織りや技芸の上達を願ったのです。
たなばた自体は古くから全国的に行われている風習で、元禄のころの江戸では、短冊や吹き流しを付けた飾りが登場しました。仙台では「たなばたさん」といわれ、伊達政宗の時代には盛んに七夕の行事が取り入れられました。政宗が婦女に対する文化向上の目的でたなばたを奨励したためだと言われています。政宗は七夕に関する和歌を8首も詠んでいるそうです。笹飾りの竹は小枝を落として物干しざおに使い、小枝は飾りがついたまま川に流して水を浴び、洗い物をしたと伝えられているそうです。それが、本来の「みそぎ」をして盆の準備をする日ということでした。それが明治に入って一度衰退しますが、昭和になって仙台商人の有志が七夕飾りを復活させ、今に至っているということです。

仙台での講演の帰りに覗いた七夕飾りの根元には、午前中に各商店街ごとに飾り付け審査で選ばれた賞ごとに、金、銀、銅のプレートが付けられていました。その手の込んだ飾りを見ていると、仙台ではこの七夕祭りが終わると夏が終わった気がするのだろうなと思いました。
「乳幼児期の発達の条件と同じで、そこに自ら働きかけないことには意味がない」ということの意味を、わかったようでわかっていなかったことに気づきました。子どものことだけでなく、大人も一緒なんですね。当たり前のことにようやく気づくことができました。先日は出かけた山口では「山口七夕ちょうちん祭り」を見ることができました。青森ねぶた祭・秋田の竿燈まつりとならんで三大火祭りの一つとされているようです。以前ならホテルにこもっていたでしょうが、こうしたことにずいぶん興味をもつようになりました。自分にとっては大きな変化で、多分臥竜塾の記事から知らないうちに刺激を受けてきたんだろうと思っています。
藤森先生が日本中を旅しながら、名所・旧跡、そして今日のようなその土地ならではの祭りを紹介していただけるおかげで、自分も旅行気分が味わえるのはありがたい。講演会の主催者に感謝です(笑)。仙台といえば、青葉城恋唄、楽天イーグルス、牛たんのおいしい東北の大都会。街の真ん中に広瀬川という大きな川がゆったり流れていて、自然と調和したとても暮らしやすい町というイメージがあります。行ってみたいですね。「まれにあふ こよひはいかに七夕の そらさへはるる あまの川かせ」勇猛果敢な武将であった仙台藩主伊達政宗公は、風流人としての一面も持ち合わせていたようです。
同じ日本でも七夕の時期が、こうも違う地域があるのは本当に不思議に感じます。仙台の七夕祭りは社会の資料集などで写真を見たことはありますが、改めてブログの写真で見ると綺麗ですね。七夕というと竹にお願い事を書いた短冊を飾る形式が普通だと思っていたので、仙台の七夕祭りを知った時は純粋に「へぇ~」と思いました。確かに、藤森先生のように講演先でホテルですっと閉じこもっていては勿体ないですね。せっかくの機会に珍しい物を見たり、体験することは、とても素敵なことだと思いました。私も旅行などで出かけた際には、疲れたからと言ってホテルや旅館でごろごろ寝ているのでなく、自分から働きかけてみようと思います。
仙台はかつて何度か訪れています。一度目は仙台に移り住んだ友人に会うため。二度目は高校の修学旅行。三度目は大学院時代に。その後も訪れていますが、残念ながら、かの有名な「仙台七夕祭り」は拝見したことがありません。一度はこの目で見ておきたいと思っていますが8月はいろいろな意味で不如意。しかし「七夕飾り」は神奈川の平塚で毎年観ていました。彼の地に父の仕事の都合とその後の惰性で15年ほど住んでいました。最初は見事!と感心もしていましたが年を重ねるに連れて七夕飾りの感動よりも人の多さに閉口するようになりました。しかも平塚駅からバスに乗らなければならなかったので最寄のバス停が通常より駅から離れそのバス停にたどり着くまでこれまた一苦労。今では懐かしい思い出となりました。来年にでも行ってみようかな。