抜け殻

 先日訪れた万象園では、急いで夏を取り戻そうと蝉が盛んに鳴いていました。たぶん、ほとんどはクマゼミだったと思います。大型で、翅は透き通っていて、日差しが強くなる時間帯に腹をふるわせながら「シャンシャンシャンシャン…」と大声で鳴いていました。また、私の園の周りでは、アブラゼミが大きな声を立てています。「ジジジジジ…」という鳴き声は、じりじり照りつける太陽の暑さをより増幅させているようです。
 そんな日、園の裏の公園に散歩に行って、木の下にこんなものを見つけました。
utusemi.jpg
「空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」
 空蝉です。いわゆる蝉の抜け殻です。地上に出ると短期間で死んでいくセミは 日本では古来より感動と無常観を呼び起こさせ「もののあはれ」の代表で、その蝉の抜け殻を空蝉と呼びました。もともと、「現(うつ)し臣(おみ)」から「この世の人」というのことを「うつせみ」というようになったという説があります。その音を漢字に当てはめて、万葉集では、空蝉と表記されます。それは、まさにこの世の中は、蝉のぬけがらのように仮のもので、はかないものだというイメージが重なったのでしょう。
 先ほどの短歌は、「源氏物語」五十四帖の巻の一つで、第3帖「空蝉」の中で歌われています。17歳のころの源氏が、どうしても忘れられない女性を慕うのですが、女性は身分の違いなどから源氏を避けます。避けられるとますます燃え上っていくのが恋で、なんとか会おうと忍び込みますが、彼女は薄絹1枚を残して逃げ去ってしまいます。そこで、源氏は、その衣を持って帰って大事にして、蝉の抜け殻になぞって歌を贈るのです。「空蝉が抜け殻だけを残して去っていくように、衣1枚を残して去ったあなたを 木の下であなたをお慕いして、懐かしく思い返しています。」と詠むのです。これに対して空蝉は、「空蝉の羽におく露の木がくれて しのびしのびに ぬるる袖かな」(空蝉の羽に降りる露のように、木の陰に人目をはばかって隠れて、私もあなた様を思って密かに袖を涙で濡らしています)
セミは、不完全変態をする虫です。しかも、儚さの代表として言われてきましたが、実は飼育が困難であるために成虫期間は1~2週間ほどと言われていたのですが、自然界では1か月ほど生きるようです。また、以前のブログでも書きましたが、人間から見ると地上に出てから自由になれて、それまでの地中にいる間はじっと耐えている期間だと勝手な思い込みがありますが、どちらが生きているあかしかわかりません。そんなことからすると、幼虫として地下生活する期間は3~17年(アブラゼミは6年)もあるので、決して儚いわけではなく、ずいぶんと長生きをする昆虫です。
しかも、このセミの抜け殻はとても貴重なものです。中国で古くから蝉蛻(蝉退とも書きます)という漢方薬として使われているのです。この漢方薬は、止痒、解熱作用などがあるとされており、日本でも、蝉退を配合することとによって消風散という漢方薬がつくられ、保険適用処方でも服用できます。消風散は、湿疹などの皮膚病の治療に使われています。臨床応用としても、解熱、鎮静薬、風邪などの発熱、悪寒に解熱薬として用いたり、蕁麻疹などの皮膚掻痒症に止め痒的効果や咽喉炎、結膜炎などの症状に消炎作用、化膿症や中耳炎に粉末にして塗布したりするそうで、決して蝉の抜け殻は空蝉ではなさそうです。

抜け殻” への4件のコメント

  1. 抜けがらで思い出したんですが、長渕剛の若いころの歌で「good-bye青春」というのがあります。
           good-bye青春 
           いい事なんかなかった季節に
           夢だけ置き去りに
           白い手紙を破り捨てれば ひらひらこぼれて
           ジグソーパズルのようさ
           good-bye青春
           答えを探して
           あてのない風にふかれて 立ち止まる
           夜明けの間近に ひざをかかえて
           ざんげのウォッカじゃ
           なんだ酔えないみたい
           誰のせいでもなく 背中がとても寒くて
           俺のぬけがらだけが宙に舞う
           LIE LIE LIE LIE
           ああ このまま 悲しみよ雨になれ
    久しぶりに長渕の絶唱をYou Tubeで見て、不覚にも涙してしまいました。
    「俺のぬけがらだけが宙に舞う」ーああ、昔、自分にもそんな時代があった。
    時々、若いころの日記帳を開いてみると、あの頃の心の叫びを見つけて恥ずかしくなる。
    日記帳は「青春のぬけがら」みたいなものですね。

  2. 私たちが見ているセミの生態はまさに氷山の一角ですね。セミの抜け殻が薬になったりすることもそうです。目に見えることや知っていることが全てではなく、見えないことや知らないことにも思いをやることが、本質を捉えるためには必要だと教えてくれているように思います。1ヶ月間地上で生活するために、何故地中に3~17年もいるのか。そこにセミの秘密があったりするんでしょうね。

  3. お知りになってか、はたまたお知りにならずか・・・2007年の今日8月3日のブログはなんと「素数ゼミ」!藤森先生、狙いましたね。共に蝉の話題。もしかすると8月3日は当臥竜塾ブログにおける「蝉」の特異日か。さて、帰りに職員室にほぼ毎日立ち寄る3歳児がおります。お母さんと一緒です。その3歳児のお子さん、手のひらに蝉の抜け殻を置いて私に見せてくれます。そのお母さん「晩御飯のおかずです」といつもの笑うに笑えぬジョークをのたまいます。そして当のお母さんの右手には小さなビニール袋。中には数個の「空蝉」。私は、やはり晩御飯のおかずか、と内心思いました。「漢方薬」になるほどですから食べても害があるどころかむしろ薬?おとめ山に行って空蝉拾いでもしましょうか。そうそう、道端には蝉の抜け殻が落ちていましたね。頭上ではセミの鳴き声がけたたましい。夏本番です。

  4.  校庭のグラウンドや公園によくセミの抜け殻が落ちていましたが、夕方に一度だけセミが脱皮する前の状態を見つけた時がありました。その時はとても感動したのを覚えています。早速、自宅に持ち帰って、植物にくっつけて、ずっと見ていたのを覚えています。そして脱皮をして、成虫になり、空に飛び立っていった時は、見つけたとき以上の感動がありました。夏になり、セミの抜け殻を見つけるたびに、その時の経験が今でも鮮明に思い出します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">