音頭

 今週末は園の夕涼み会です。「地域文化の伝承」と「親子のふれあい」と「保育を厚くする」いう目的で行います。「親子のふれあい」では、今年のテーマ「世界」を親子でパスポートを片手に様々な体験しながら回ります。世界の衣装を着てみたり、世界の料理を食べてみたり、世界の楽器を鳴らしてみたりです。「保育を厚くする」という点では、この行事が単にイベントで終わるのではなく、日々の保育につなげていく工夫をします。世界の衣装は、3,4,5歳児の「ごっこゾーン」の変身コーナーに置かれます。世界の食事では、毎月国を決めて、その国の料理を味わっています。楽器は、製作ゾーンにその材料が置かれ、子どもたちは今後もいろいろとつくることができるようになります。
 もうひとつも目的である「地域の文化の伝承」のおもなものは、「盆踊り」があります。今、夕方になると希望の子が集まって練習する曲が全園に流れてきます。その曲を聴きながら、夕涼み会が近付いてきたことを感じます。私が子どものころに、近くの神社から盆踊りの練習している曲が流れてくるのを聞きながら、祭りが近付いてきたことを感じ、わくわくしたものです。その曲に一つが「落四音頭」という近くの小学校の音頭です。その踊りを隣の公立幼稚園の年長さんと私の園の年長さんが合同で、小学6年生から習ったものです。一緒に、小学校に入学してから躍る音頭です。
 もう一つの曲は、つい一緒に口ずさんでしまいます。「ハァ 踊り踊るなら チョイト  東京音頭 ヨイヨイ 花の都の 花の都の真中で サテ ヤットナ ソレ ヨイヨイヨイ  ヤットナ ソレ ヨイヨイヨイ」言わずと知れた「東京音頭」です。作詞西條八十、作曲中山晋平というコンビは、「東京行進曲」と同じコンビですので、東京を描くのにぴったりです。当時と少し歌詞は変わっていますが、まさに東京の名所、特徴を表しています。「よせて返して 返して寄せる東京繁昌の人の波」「昔や武蔵野 芒の都 今はネオンの灯の都」「花は上野よ 柳は銀座 月は隅田の屋形船」「おさななじみの観音様は 屋根の月さえなつかしや」「西に富士の嶺 東に筑波 音頭とる子はまん中に」
音頭というのは「なになにするときに音頭をとる」というように「先に立ってすること」という意味もありますが、「大勢が歌にあわせて踊ることやその踊り」のことをいいます。作詞の西條は「どうせ書くなら、ひとつ東京全市を賑やかに踊り狂わせる」ような音頭を書こうと意図したとおり、当時の東京市民は、空き地に組まれたやぐらを真ん中に、スピーカーから割れんばかりのこの曲に合わせて浴衣がけの人々が踊り狂いました。中山の作曲も、誰もが思わず口ずさんでしまうような日本的風土にぴったりと合って、まさに晋平節の真髄です。
もともとは「丸の内音頭」という曲名で1932年(昭和7年)に制作され、日比谷公園での盆踊り大会で披露されたそうです。それを1933年(昭和8年)、当時の東京市民すべてが歌えるように改題・改詞され、小唄勝太郎と三島一声の歌唱でレコード化され、爆発的に流行しました。そして、このレコードは、なんと当時の文部省推薦に選ばれています。レコードの売り上げは発売当時だけで120万枚に達したといいます。その後も時代を越えたロングヒットとなり、総売上枚数は正確には不明だそうですが、1971年の時点で2000万枚以上を売り上げているともいわれています。
最近は、どの年代でも、誰でも思わず口ずさむような共通な歌はなくなってきた気がします。

音頭” への4件のコメント

  1. 東の盆踊りが東京音頭なら西の代表格は大阪の河内音頭ですね。『エーエンさぁあては?、一ぃ座ぁあのみなさまぁへ?。』というおなじみのフレーズで、夏の間、関西各地で櫓を囲んで昔ながらの盆踊り大会が開かれます。古くは鉄砲光三郎の鉄砲節が大ヒットしました。最近は、新聞詠みをやめて正調河内音頭の継承者としての活動を始めた河内家菊水丸さんが有名です。(この人のファンで最近まで帯のラジオ番組を愛聴していました。)私どもの地元でも各地で夏祭りが開かれますが、若者が鳴子片手に激しく踊るジャズダンスのような踊りが流行で、どうも中高年にはついていけません。ここらで、一度盆踊りの原点に立ち返って、老若男女が歌い踊れる参加型のお祭りの復活を願うばかりです。

  2. どの年代にも共通の歌は確かにないのかもしれません。今はないことも気になりますが、それ以上に、なぜ昔はそれがあったのか気になります。みんなが目指す社会が明確にあって、その思いが東京音頭のような歌という別の形の表現とマッチしたんでしょうか。よく分かりませんが、なんとなくそんな感じのことが背景にはあったのではないかと、勝手に推測しています。だとすれば今何が必要か。そんなことを考えることも必要な気がします。

  3.  私の町内でも、近所のお寺で盆踊り大会が毎年開催されます。屋台のお店も、かき氷、わたがし、焼き鳥、ジュース、缶ビールと数は少ないのですが、町内の人達が販売するので、とても和やかな雰囲気です。ただ、当時の自分は盆踊りをするというより、町内の友人達と、かき氷などを食べたり、走り回って遊んでいたので、その時は一度も踊りませんでした。私の小学校でも今は「○○音頭」みたいなものがあるようですが、私が通っていた時はまだ、無かったので、盆踊りに親しむ機会が、なかなかありませんでした。ですから、盆踊りは本当に今まで一度も踊った事がないので、私の園の盆踊り大会では、ぜひ踊ってみようと思います。

  4. 「落四音頭」・・・わが愚息の通う小学校オリジナル音頭です。運動会などの時に小学生が踊ります。今年で2年生になった息子はその振り付けの一端見せてくれたことはありますが、それ以上は恥ずかしくて見せられないようです。園の夕涼み会の盆踊り職員最終練習に私も加わり、この「落四音頭」を職員の振りを見ながら踊ってみました。振り付けは割りとシンプル、しかし踊っている私がなんだか恥ずかしく思うほどですから息子はなおさらだろうと思いました。私にとって「音頭」と言ってすぐに思いつくのは「炭坑節」です。「月が?出た出~た」で始まりますね。田舎の盆踊り等で大人がよく踊っていました。作詞西條八十、作曲中山晋平、とあるだけ名曲です。従って「東京音頭」も名曲です。

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