私の園では、3,4,5歳児は朝、登園してくると出欠席をとるまでの時間、自分たちで遊ぶことができるゾーンを選ぶことができるようになっています。ただし、使うことができるゾーンは、中央にあるボードに○のついたゾーンだけです。それは、先生がいろいろな都合で、開設するゾーンを決めているためです。ある日、子どもたちは×がついているゾーンを使いたいと先生に交渉しました。先生と子どもたちはこんなやり取りを始めました。「その場所は今日使うことになっているからごめんね」「だったら、そのゾーンは他の場所より早く片付けるからいいでしょ?」「じゃあ、9時までね?」「うん、いいよ」ということで、ボードのそのゾーンの横に○と「9時」が書かれました。その日以来、どのゾーンを○にするかということを朝、子どもたちと先生で話し合いをして決めることにしました。先生も含めて数人の子たちが、開設するお知らせボードを真ん中に、丸いテーブルを囲んで話し合いをしている姿が見られるようになりました。
ある日、子どもたちはこんなことを言い出しました。「先生、どれを○にするかはもう自分たちだけで決めるから先生はいなくていいよ。」ということで、今は、子どもたちだけでどのゾーンを開設するかを話し合って決めています。ある朝、その横を通ったときにこんなやり取りが見られました。3歳児の子が「ねえ、ここを○にしてよ」「だめ、みんなここはきちんと片づけないから」と5歳児の子ども。「ちゃんと、片付けるよ」「じゃあ、もし片付けられなかったら、明日は×にするよ」
こんなやり取りは、異年齢集団だから行われるのかもしれません。もし、同年齢児集団で同じようなことが起きるとしたら、力関係で命令してしまうことになってしまうでしょう。異年齢集団では、年長児が指示をしてもそこには思いやりが感じられます。
何度かブログで紹介した薩摩の郷中教育では、少・青年期において居住する町内において子どもたちの異年齢集団を形成し、その中での自治的に学び合いを重視した教育方法です。だいたい7歳くらいから10歳までを「小稚児」、11歳から15歳くらいまでを「長稚児」、それ以上の青年を「二才(にせ)」と呼び、それぞれが町内単位で組織を形成し、そしてそのグループごとに「頭」というリーダーを置いて、自主的に勉学します。若き日の西郷隆盛が下加治屋町郷中の「二才頭(にせがしら)」を勤めていたというように、子ども同士で教えあうときに、学びが大きいのは教える側の方であったようです。
かつて何かを知っていることに価値のあった場合は、教わる側のためであったのが、創造する力とか、コミュニケーション能力とか、問題解決能力が重要になってきた時代では教える側に力が備わってきます。そんな学びが大きい立場を先生が占めるのはもったいない気がします。それを子どもにさせるのが学び合いなのです。
このような薩摩藩における「郷中教育」と同じように、年長者が年下の者を教え・訓戒するという教育方法をとっていたのが、会津の「什」や「辺」という教育制度です。今日は、講演で会津に来ています。私は、毎年妻とNHK大河ドラマの舞台を訪れることにしていますが、今年の「天地人」関係の長岡、直江津、米沢、山形を訪ね、最後に会津を明日は歩こうと思います。そして、「什」教育についても考えてみたいと思います。
新宿せいが保育園で始められた「ゾーン保育」の素晴らしさの一端を垣間見た思いです。「コーナー保育」は年齢別保育の弊害を克服することに成功しましたが、コーナーを作るのはあくまでも大人の仕事であり、そこに子どもの意向が直接反映されることはなかった。見方を変えれば、自由保育と言いながら、子どもはコーナーで静かに「遊ばされて」いたと言えば言いすぎでしょうか。その点、「ゾーン保育」は違います。たった一度しか見てない人間が申し上げるのはおこがましいですが、コーナーの時代に比べて、子どもたちがより活発に自分の意見を主張するようになって、保育室が賑やかになったようですね。とうとうゾーンの使い方まで自分たちで相談しながら決めていくようになったのですね。してやったりですね(笑)。ほんとに「ゾーン保育」はこれからどこまで進化していくのでしょう。
子どもたちのやり取りはすごいですね。子どもたちに合わせて保育を変えていく柔軟さもすごいと思います。これは大人がすること、これは子どもがすることという既成概念をなくしてみて、わかる人が教える関係を作ることを目指せば、その先にはまだまだいろんなやり方があるんですね。自分自身が見方を変えなければいけないと思い知らされました。
開けるゾーンは最初は先生が決めて、その次は子どもが先生と開けるゾーンの交渉をして、最終的には先生を抜きで子ども同士で開けるゾーンを相談している姿は、本当に凄いですね。冷静に考えて、遊ぶ場所を子どもだけで決めるというのは、あり得ない光景だと思いますが、その姿が本来、子どもが持っている元々の能力なんですね。新宿せいが保育園の子どもが特別な才能を持っているのでなく、異年齢集団というのと、どの子どもも、そのような力を持っているのだから、大人がいかにその力を引き出すかによるのですね。
ゾーン使用決定方法の変遷がわかりやすく書いてある今回のブログ。最初は先生の都合、次に先生と子どもたちとの話し合い、そしてついに、子どもたち同士で。見事です。改定保育所保育指針の中に「大人との関係を起点として」とありましたが、まさに「保育所保育指針」の当該箇所がめざす保育活動が具現化された好例でしょう。見学者を案内している時「×ゾーン」に侵入したことがありましました。すると4歳の女の子(3歳児クラス)が私のところに寄ってきて「今日はここは開いてないよ!」と注意してくれました。見学者から「開いていないゾーンで子どもたちが遊んでいたらどうするのですか」と時々訊かれますが今回のブログが大いに参考になりますね。子どもの創造力、問題解決能力、コミュニケーション力、そして意欲力を引き出すために大人は「子ども主体」を教育環境を構成していかなければなりませんね。さもなければ、将来、大人は年金も受け取れなくなりますよ。