科学

 最近、幼児教育における「科学する目」が重要視されていますが、何が科学かというと、なかなかわかりにくいことがあります。ドイツでは、水と油による実験を見せてもらいました。それは、ある科学体験をしたことになります。それは、驚きであり、発見でした。科学という英語は「science」ですが、その語はラテン語の「scire」を語源としていますが、それは「知ること」という意味です。ということは、幼児に対して「科学する目」を養おうとすることは、「知る」という人間の自然な能力を育んでいるということになるのでしょう。しかも、子どもは本来、いろいろなものを知りたがるということは、科学する心を持ち合わせているということになるのです。それが、好奇心という言葉なのでしょう。
 好奇心は、もともと人間が持ち合わせているものですが、それが促されるか、そがれるかは子どもたちの体験が影響するようです。それは古典的な心理学研究でもわかっていることですが、情緒的な愛着が育っている乳児では、母親がいると安心して自発的な好奇心を示したり、探索行動を行ったりします。しかし、反対に不安や強い恐れがあると、探索をやめたり、好奇心がそがれると言われています。
 最近、子どもの評価として「sics」という概念が注目されています。それは、「Well-Being」=安心度(らしさ・安心・心地よさの度合い)と「Involvement」=夢中度(ひと、もの、ことに心はずませてかかわる度合い)から子どもを見ていくというものですが、この二つの子どもの心は科学するうえでも大切なものです。そして、その情緒的な経験がその子にとって長期的な価値を持つための大切なことをレイチェル・カーソンが「センス・オブ・ワンダー」という自然研究における有名な本の中で次のように書いています。「ひとたび、美しいという感覚、新しく未知なるものへの興奮、共感、同情、感嘆や愛などの感情がわき起こると、感情をゆり動かしたものへの知識を渇望するようになる。そして、その知識が見出されると、永続的な意味を持つのだ」
 知識は、子ども自らの渇望がなければなりません。知識とは、教え込まれ、叩き込まれるものではなく、知りたいという好奇心がなければならないのです。そのために、まず、感情がゆり動かされるような体験が必要になります。
 そのように得られた知識とはどのようなものなのでしょうか。それを、今までは例えば数学の公式であるとか、歴史の年号であるとか、漢字書き取りであるとかでしたが、ハーバードの教育学者のハワード・ガードナーは、知能というものは、いろいろな場面での「問題解決」「問題創造」「問題発見」であるとしました。そして、それはだれでも多かれ少なかれ持っているもので、8つの異なった知能が組み合わさっていると考えました。
 それは、論理、数学的知能(数学的、論理的、科学的な概念を理解したり使用したりする能力)、言語的知能(考えを表現するために言葉を使う能力)、音楽的知能(音楽で考える能力や、パターンを聞いたり、認識したり、記憶したりする能力)、空間的知能(空間的な世界を心の中で思い描く能力)、身体、運動的知能(身体を使って問題を解決したり何かを作り出す能力)、対人的知能(他の人々を理解する能力)、内省的知能(自分の感情について考えたり、自分自身を理解する能力)、博物的知能(生き物を見分けて分類することなど、自然界でパターンを見出す能力)の8つです。
 このような考え方が、以前にドイツ報告でも書いたような最近の世界での幼児教育の取り組みに影響をしていて、あのPISAの学力調査の問題に影響していることがよくわかります。

科学” への4件のコメント

  1. ちょうど今、幼稚園や保育所の評価に関する指導書を販売していますので、その評価項目を目にするのですが、これはほとんどが施設運営上の最低基準であって、保育に対する子供の側からの評価とは異なります。昨年のドイツリポートの中に、向こうの保育園では子どもたちのアンケートが園の玄関に掲示されているというお話がありました。ドイツの子ども達がしっかり自立しているから出来るんでしょうね。日本ではまだ無理ですか。第三者評価では、保護者アンケートが必要ですが、親は保育所の選択者ではあるけども、保育の真の利用者は子供たちであることをもう一度認識する必要があると思います。その意味で、「SICS」や「保育環境スケール」など子どもと保育環境の関係を科学的に評価する研究が始められているのは、とても注目に値することだと思います。

  2. 科学と言うと難しく感じますが、「知ること」と考えるとわりとすっきりイメージできます。子ども自らが知りたいと思えるような、好奇心を促せるような、人を含めた環境との出会いをいかに作っていくかが、私たちの大きな役目かもしれません。以前のブログに書かれていましたが、どんなことを「もっと知りたい」と思うかは、一人ひとりがそれぞれ違います。だからこそ私たちは広い視野を持ち、変化にも柔軟に対応できるように構えておくことが大切なんでしょう。

  3. 子どもの好奇心は、大人以上あると思います。普段当たり前のことでも、子どもにとっては不思議でしかたがなく、すぐに知りたがります。以前は、どうして、そんな事を知りたがるのだろ?と疑問に思いつつ、子どもの問いに適当に受け流していた自分がましたが、今は逆に自分自身とても勉強になります。先日、ある子どもに「先生、どうしてみかんは皮を食べないのに、きんかんは皮ごと食べるの?」と聞かれました。急いで、その子が読んでいた図鑑を見て読み回しましたが、結論は出ませんでした。「美味しいからだよ」と適当に答えてしまいました。私自身、もっと身の回りの物に興味を持ち、好奇心という心を一生大事していこうと、子どもと接する度に感じます。

  4. 「知識とは、知りたいという好奇心がなければならないのです。そのために、まず、感情がゆり動かされるような体験が必要になります。」という部分、まさにその通りだと思います。「好奇心」の大切さや「感情がゆり動かされるような体験」の重要性を熟知している大人は子どもの育ちをじょうずにサポートできると思っています。そして常に知的欲求をもち、その欲求の充足を求めて日々研鑽している大人と一緒にいる子どもはもっともっと育ち行くと思っています。学校や乳幼児施設で「先生」と呼ばれる大人の中にも自ら「好奇心」を抱き「感情を揺り動か」し、そして子どもたちにも自らの「好奇心」と「感動」を共有しようと日々「環境」構築に余念がない人たちがいます。しかし残念なことにその数は決して多くはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">