牽牛

明日の7月7日は新暦の七夕です。七夕とは年に一度、おり姫星と、ひこ星が天の川をわたって会うことを許された特別な日とされています。このおり姫星とは織女星として知られ、こと座のベガです。一方、ひこ星とは牽牛星で、わし座のアルタイルという星です。このベガとアルタイルは、はくちょう座のデネブとで夏の大三角を形作り、夏の星の中で王座です。
このひこ星が牽牛星と言われているのは、彼は牛の世話をすることが毎日の仕事でした。また、こんな逸話もあります。「彼は牛小屋の藁を寝床にしました。彼は毎日牛の世話をして、兄夫婦の生活を助けました。彼には名前が付けられなかったので、近所の人達は彼を「牽牛」(牛引き)と呼びました。」というように牽牛の牽とは牽引すると使うように引っ張るという意味です。古代中国では、牛はとても貴重な動物で、その世話をすることが大切な仕事だったのです。ですから、ひこ星は織姫をあまりに愛したために牛を追わなくなったために2人の仲を裂かれてしまうのです。
古代中国で大切にされた牛と取引されたと薬という説と、中国の古医書「名医別録」では、牛を牽いて行き交換の謝礼にした薬がありました。その高価な生薬はその由来から「牽牛子」(けんごし)と呼ばれるようになりました。この薬は、下剤や利尿剤や幻覚剤として使用されました。この薬とは、朝顔の種を粉末にしたものです。朝顔の種は、煮ても焼いても炒っても効能があります。
もともと朝顔は、今から千百年以上も前の奈良時代に中国から遣唐使によって我が国に伝来したと言われています。当時はこの朝顔の種子と言うものが大変貴重な漢方薬として珍重され下剤用として使われていました。また薬として入って来た朝顔が今のような鑑賞用として栽培されるようになったのは江戸時代に入ってからの事です。奈良時代初に薬用として中国より導入されました。その時は花の色は青色だけでした。その花色も、赤・白などが表れ、文化・文政の頃から観賞用植物として盛んに栽培されるようになりました。そして、明治中期ころ、「入谷の朝顔」と世に宣伝されるようになりました。今日から三日間、入谷の鬼子母神での朝顔市です。そこに行って、朝顔を買ってきました。
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実は、明治中期から始まったのですが、昭和20年終戦の時には、このあたりは一面の焼け野原になってしまい、江戸以来の情緒も、下町の人情も消えうせてしまいました。このころは、情緒などというより先に、今日は食べ物にありつけるかというように食料の確保や様々な物資の確保の方が身に迫っていたのです。しかし、昭和 22年になって、商店街の再建と共に人心の荒廃を療そうと「入谷の朝顔」を復活させようという動きが起こり、焼けた街路樹の跡や、空地に種を捲き、人々に配ったのです。こうして、「入谷の朝顔」が復活しました。 翌年、朝顔を中心とした植木の市(現在は朝顔のみを売る朝顔市)が牽牛星と織姫が1年に一度会う七夕にちなみ、7月6・7・8 日に決められました。それは、朝顔の種子を牽牛子ともいうからです。
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しかし、この時期に開催するとなると、本当に朝顔が咲くようになる時期よりはだいぶ早いので、当初は大変苦労をしたそうです。現在では、ビニールハウスの利用や栽培技術の発展により、朝顔市の日には、立派な花を咲かせた朝顔が所狭しと並べられています。この情景はとても情緒があります。

牽牛” への4件のコメント

  1. 江戸時代の狂歌に、『恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺、どうで有馬の水天宮、志やれの内のお祖師様、うそを築地の御門跡』(大田蜀山人)という粋な歌があるそうです。「地口」(じぐち)という駄洒落を使った言葉遊びですね。今でいう「おやじギャグ」ですか。有名なのでは、「驚き桃の木山椒の木」。「結構毛だらけ猫灰だらけ」とか「見上げたもんだよ屋根屋のふんどし」は寅さんの名文句。関西方面では、「あたり前田のクラッカー」「その手は桑名の焼き蛤」なんてのがあります。
         朝顔につるべ取られてもらい水(加賀千代)
         本格的な夏はもうすぐそこですね。

  2. 牽牛というタイトルで何故朝顔?と思いましたが、読んで納得です。朝顔といえば学校の観察と夏の花というイメージしかなかったのですが、そんな呼び方があったり薬として大事にされていたんですね。戦後に朝顔市の復活を目指したとのことですが、写真を見ていると、地域の人たちが実現に向けて動いた姿か浮かんでくるようです。こうした風景を残すことは、生活をする上で大切なことでもあるんでしょうね。七夕から考えることの幅が少し広がりました。学びは尽きることがないですね。

  3. 恐れ「入谷」の朝顔市、そして「浅草のほうずき市」は東京にいる間に訪れたい市場です。江戸の風情を感じることができるでしょう。朝に咲くから「朝顔」、昼に咲くから「昼顔」、夕方に咲くから「夕顔」。こう並べるだけで素敵な感じがします。昨年は息子の夏休みの課題「朝顔を育てる」を手伝いました。息子が岩手に行っている間、朝顔への水遣りと朝顔の花の数の確認と観察。そして種ができた時の採取。こうした経験をしたのは自分が小学生の時以来。毎朝起きるのが楽しみになるのです。しかも朝顔の花の美しさ。息子より私のほうが喜んでいました。さて、今年も夏の大三角形を探して楽しむ季節となりました。今年は息子に「夏の大三角形」を教えてあげようと思います。

  4.  写真の朝顔市は、とても情緒あふれる下町の祭りという感じがします。ただ朝顔と聞くと、小学生の夏休みの宿題を思い出します。それだけ、育てるのも容易な印象です。しかし、朝顔市が始まる時期が早いこともあり、今は技術やハウス栽培などが、とても進化し簡単になったかもしれませんが、当初はとても苦労したのですね。いくら朝顔でも、時期が違うだけで、育てるのは難しいのですね。

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