私は、今ある雑誌で映画批評を書いています。その欄で、来月は児童文学の中でも全世界で親から子どもへと70年も読み継がれてきたドイツのケストナーの作品の映画を紹介しました。その作品の中で私が紹介したかった作品は「点子ちゃんとアントン」ですが、残念ながらDVDは廃盤になっていて普通では手に入らないので断念しました。ちなみに私は中古で手に入れたのですが。そこで、「エーミールと探偵たち」と「飛ぶ教室」を紹介しました。「エーミールと探偵たち」の私が子どもころに映画化された作品については、このブログでも書いた気がしますので、本では「飛ぶ教室」を中心に紹介しました。
この作品の中でケストナーの多くの作品のテーマである「友情」について描いています。映画の中で、子どもたちが歌うラップの歌詞にその考えが表れています。それは、真実を見つめることを恐れずによく見つめること。正しいことは勇気を出してぶつかることで世界は広がり、きっと、進むべき道が見つかるはずなので、自分をもっと信じてくよくよするなと歌います。そして、時間がかかるかもしれないけれど、敵対しているグループも、いつも権威をかざしている先輩も、男女の間でも心が一つになることを子どもたちは実感します。そして、その友情の「飛ぶ教室」は、信頼できる先生がいることで飛ぶことができるのだと歌うのです。
友情について歌ったもう一つの歌詞があります。「僕たち二人は、もう友達を捜さなくてもいいね。僕たちはもう見つけたから。お互いに友達と呼べる人がいるから、もうけっして独りじゃないね」この喜びをこう表わしています。「I used to say I and me Now it’s us, now it’s we」(いつも「I(僕は)」や「me(僕の)」という言葉を使っていたのが、これからは「us(僕たちの)」「we(僕たちは)」と言えるようになった)
この友達関係は、心臓手術を受けたばかりで、幼な心に死の危機を予知し、孤独だったダニー少年と多くの仲間と人間を襲い、多くの人を殺し、警察から追われている「ベン」という一匹の黒いネズミです。1切れのパンで知り合った少年とねずみの交遊は、少年はねずみに全てを話せる友を求め、ねずみは純粋な少年に裏切ることのない信頼を見いだしたのです。ですから、少年はねずみの名前があの悪名高いベンと知ってもなお暖かい愛情を贈り、友情の証にこの歌詞のような「ベンの歌」を作って捧げたのです。
「ベン、みんなは君を邪険に扱うけれど、僕はみんなの言うことなんか聞かないよ みんなは君の良さがまったく分からないから。君をきちんと見てみたら、考えが変わるだろうって思うよ ベンみたいな友達がいれば、人の価値がちゃんと分かると思うけど。」という歌詞は、その映画主題歌を子どもの頃に歌っていた、一昨日亡くなった歌手マイケル・ジャクソンの心境のような気がします。
この映画「ベン」の主題歌「ベンのテーマ」をマイケル・ジャクソンが歌ったドーナツ盤のレコードを私は持っています。映画を見て、その歌に感動したからです。そのジャケットの子どものころのジャクソンの写真は、とても愛くるしく映っています。
 映画の最後に、人間たちによって仲間の群れたちとベンは火炎放射を浴び、焼かれてしまいます。少年の部屋へ焼け焦げて息も絶え絶えになったベンがやってきて、少年に抱きしめられながら息を引き取ります。歌詞の最後は、「これだけは覚えて置いて。君には僕という帰る場所があるんだ」マイケルは、帰る場所があったのでしょうか?

” への4件のコメント

  1. 「ベンのテーマ」を歌う少年時代のマイケル・ジャクソン。歌う喜びに満ち溢れています。この頃が一番幸せだったのかなあ。どうしても彼の作品と言うと、「スリラー」や「バッド」のような激しいダンスミュージックが取り上げられますが、私はスローバラードの方が好きです。エチオピアの飢餓を救うためにスーパースター45人が集結して作った「We are the World」や9.11同時多発テロの頃よく流れた「Heal the World」なんか、今でも涙なしでは聴けません。私生活のスキャンダラスなことばかり取り上げられますが、彼の心の奥には、大人たちが引き起こした戦争や環境破壊への怒りと貧困や飢餓で苦しむ世界中の子どもたちを救いたいとの思いが消えることはなかったのだと思います。
         世界を癒そう 素晴らしい場所にしよう
         君にとって 僕にとって そして 人類すべてにとって
         死んでいく人たちもいるんだ もし君が生きていこうとするのなら
         もっと素晴らしいものにするんだ 君と僕のために
         君と僕のために
                   (「ヒール・ザ・ワールド」)

  2. とても大きなテーマです。帰る場所ともいえる友だちの存在があることは、人として幸せなことなんでしょうね。生きるということは人と関わることと言ってもいいと思います。いろんな人と出会って、いろんな人と様々な人間関係を築いて、そんなことを素直に喜べる生き方をしたいものです。

  3. 今や大人になると「友」や「友人」あるいは「友情」ということをまともに考えなくなりました。子どもの頃や青年期には「友」「友人」とはどの程度の関係の相手のことを指していうのだろうか、とかそもそも「友情」とは何ぞや、という疑問の答えを求めて思想家や哲学者と言われる人々のエッセイを読んだ記憶があります。それでも一向にわからず「大人」になってしまいました。「飛ぶ教室」は読んだと思うのですがほとんど覚えていません。「ベン」についても同様です。家にはおねだりして買ってもらった「世界少年少女文学全集」がありましたが熟読せずに思春期を迎えてしまったことが残念です。

  4. 私は犬や猫などを飼った事がないので、人間と動物の信頼関係というのを、とても憧れていました。悲しい時や辛い時に語りかけたり、寂しいときには隣に寄り添ってきたり、一緒に寝たりする、と聞きます。言葉は通じないのに相手の気持ちが分かるというのは、共感する力を持っているのでしょうか。でも、やっぱり人間が一番いいですね。悲しい事や辛い事があったことを話すと、返事が来ますし、逆に楽しい事もみんなで一緒にできます。動物と深い信頼関係も築きたいですが、やはり友達が動物だけというのは・・・やはり寂しいですね。

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