セミの鳴き声

 山寺に登る途中で、「セミの鳴き声」という昔のおもちゃを買いました。このおもちゃは、棒につけられたタコ糸の先にセミをかたどった竹筒がくくられていて、その竹筒を棒を持って振り回すと、セミの鳴き声がするというものです。
semiomotya.JPG
それは、棒の先端に「松やに」がついていて、タコ糸はちょうどこの「松やに」のところにくくられているので、棒を持って回転したときに、「松やに」とタコ糸が摩擦されて音が出て、その音が竹筒の共鳴胴に響く仕組みになっているのです。このようなおもちゃは、日本の伝承おもちゃとして売れていたのですが、実は、同じようなおもちゃがアジアの一部や南米にも見られます。それは、竹筒の両端に油紙を張り、紙の一端の真ん中から丈夫な紐を通して棒に縛りつけて、同じようにぐるぐる回転させることによって、唸り音を出します。そのほかにも、セミの声を出すものとして、歌舞伎などでは、セミに似せた声を出す時に使いますが、竹筒を吹いて「ミンミンセミ」の鳴き声を出すおもちゃがあります。この笛は、細い管の中にリードが入っていて吹き口になり、太い方の管の両端を両掌で押さえて、片方の掌を時どき離しながら吹きます。よく、同じように竹筒の両端を抑えて鳴き声を出すものとして、ウグイス笛もあります。
 買った「セミの鳴き声」をぶんぶん回すと、ここから出てくる音の色はミンミン蝉が少し嗄れたような鳴き声でした。ですから、聞いていた職員は、カエルの鳴き声みたいと言っていました。というのも、このセミと同じ発音方法で蛙の鳴き声を出すおもちゃがあるのです。ただ、蝉よりも形が大きく、紐はプラスチック製で釣り糸を使い、棒の部分には松やには塗りません。たぶん、かえるとセミは、本当は同じような鳴き声かもしれません。それにしても、回して出る音はとてもうるさい音が出ます。実際の鳴き声も、セミにしても、帰るにしてもうるさいくらいの鳴き声です。
 まだ、山寺ではセミは鳴きだしていませんので、森の中はシーンとしています。しかし、夏になるとさぞかしうるさいだろうと思います。しかし、この山寺で、松尾芭蕉は、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と、うるさいセミと相反する「閑さ」を詠んでいるのです。しかも、「しずか」を「静か」という漢字ではなく、「閑か」という漢字を使っています。
yamaderahi.JPG
夏目漱石が始めてこの言葉を用いたとき、彼はそれを、ひらがなで「しん」と表現していました。そこから、「しんしん」という言葉とか、「しーん」という言葉のイメージと重なります。
暑い夏の昼下がり、山寺の山道を歩いていると、どこからか蝉の声が聞こえてきます。そのうるさいセミの声を聞いた芭蕉は、「閑かさや」と感動します。それは、そのうるさい鳴き声は、岩にしみいっていくようで、よりその森の中の静けさを際立たせているようです。
yamaderaiwa.JPG
このように、うるさい声のセミの鳴き声にも趣を感じるのは、日本人だからかもしれません。日本人のセミへの思い入れは深いようで、平安時代から伝わる横笛の名器には、竹の節に枝を少し残したまま切り取って、ちょうど蝉が木に止まっているような形に作った「蝉折」と呼んだ笛もあったそうです。芭蕉の句は、日本人の感性ゆえに詠まれた句かもしれません。
basyozo.JPG

セミの鳴き声” への5件のコメント

  1. 「閑さや岩にしみ入る蝉の声」?現国の時間にこの句の解釈について、さんざん説明を聞かされたのを思い出します。うるさいはずのセミの声に返って静かさを感じるという日本人的感性…。でもこのセミの正体をめぐって、大正14年から2年間、独文学者で文芸評論家の小宮豊隆氏と斎藤茂吉が、このセミがアブラゼミかニイニイゼミかで大論争。小宮は、「閑さやとか、岩にしみ入るといった表現には威勢のいいアブラゼミはふさわしくない。このセミはニイニイゼミだ。」と主張。結局、この句が旧暦5月27日(新暦7月下旬)の作とわかり、この時期に山形ではアブラゼミが鳴かないことが明らかになり、斎藤の負けになったといいます。ちなみに、この句を英訳すると次のようになります。
        ”How still it is here?
         Stinging into the stones,
         The locusts’ trill.”
    英訳もなかなか味わいがあるもんです。
         

  2. 「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は写真を見ながらだと芭蕉の思いがより伝わってくる気がします。「閑さ」や「岩にしみ入る」も、改めてその言葉の意味の深さを感じます。日本人ならではの感性を自分がどれだけ持っているか分かりませんが大切にしたいですし、伝えていかなければいけないことだとも思っています。

  3. 懐かしい風景です。山寺へは何度が行ったことがあります。石の階段を上へ上へと上っていきました。「セミのおもちゃ」以外の写真にはそれぞれ見覚えがあります。私が訪ねた時もセミは鳴いていませんでした。「閑さや」の芭蕉の句はいいですね。セミが鳴いていても全山は閑寂としています。騒々しさは微塵も感じられません。全体の閑けさのあまりセミの鳴き声が岩に「しみいる」ように感じられたのでしょう。途轍もなく風情があります。「セミの鳴き声」という昔のおもちゃはよく考えられたおもちゃですね。「松やに」を使い、しかも「リード」まであるとは。ただ、ぐるぐる回して「カエルの鳴き声」などと評するのは作者に対して申し訳ないことだと思いました。

  4. 竹セミ、水笛、ウグイス笛、でんでん太鼓、バランスとんぼ他竹製伝承玩具入荷いたしました。
    地元の週末夜市で結構売れました。

  5.  まだまだセミの鳴き声は聞こえませんが、雨が続くせいか、最近はとても蒸し暑いです。これにセミの鳴き声が合わさると、暑さが倍増する感じがして嫌ですが、やはりセミの鳴き声がしないと、夏を感じる事ができません。
    ブログにも書いてありますが、ウグイス笛は見たことも、触ったこともありますが、セミの鳴き声がするおもちゃは初めて見ました。そして、個人的に関心したのは「松やに」を使ってあることがいいですね。あくまでも最初から最後まで自然の物を使って作り上げているところが、伝統文化を感じました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です