お手玉

 ドイツなどの海外に行くときに何をお土産にしようかと思うことがあります。一番に思うことは「日本の物」を持っていこうと思うことがあります。また、帰国するときに、日本へのお土産を何にしようかと思うときに、その国のものと思います。しかし、ドイツから持って帰るときに、maid in inndonesiaという文字を裏に見たときにがっかりします。逆に、お土産の持ってい行っても、それがその国では広く行きわたっていることを知るとがっかりします。というより、なんだか恥ずかしくなります。しかし、今はもう情報はボーダレスですし、産地もいろいろな国で作っているのでしかないかもしれません。
そんなときに、外国の子どもたちへの土産として、日本の伝承おもちゃを持っていくことがあります。しかし、昨日のブログの「折り紙」は、そのものではドイツのフレーベル教育でも行われていますし、なにも日本独特のものではないのですが、どんなものを折るかには日本独特のものがありますし、折り紙が和紙の物や日本の柄の物は日本独特のものです。
他にも、同じようなものがあります。それは「お手玉」です。お手玉は、実は世界的な伝承遊びのひとつなのです。黒海周辺の遊牧民が袋に粒状の物を入れて遊んでいたのが始まりと言われています。日本では、奈良時代に中国から伝わり、当時は手ごろな大きさの小石や水晶を利用したことから石名取玉と呼ばれていました。実際に聖徳太子が遊んだとされる水晶も発見されているそうです。そして、平安時代から主に女の子の遊びとして好まれました。その後日本各地に広まり、結果現在では「おじゃみ」や「てんちゃん」など300を超える呼び名が各地に存在します。現代のお手玉は江戸時代から、明治初期にかけて多く作られたものです。、
同時に、世界では違うように発展していきます。日本のお手玉は、布で作った小袋の中に、小豆や大豆、数珠玉などを入れて完成します。他にも、はぶ茶、そば米、しじみの貝殻、米、コーンなどの粒玉を入れて閉じたものを使いますが、世界中では、動物の骨、木の実、金属、プラスティック……などなどいろいろな物をお手玉にしています。
遊び方も少し違うようです。日本のお手玉では片手で投げ上げ、一方の手で受け止めて、初めの手に落とす「シャワー式」の投げ方が多いですが、両手で投げて両手で受け止める「ジャグリング式」の投げ方が世界的におおいようです。また、お手玉の数も、日本では一般的に2個が多く、上級者になると、3つ以上の玉を用いたり、片手で複数個を投げることをすることもあります。ジャグリングとはもともと動力のない道具を、肉体のみをもって操作することで、数の物を空中に投げ続ける技を意味していました。しかし現在では、大道芸、曲芸ないしはパフォーミングアートだと思っている人もいますが、海外では、保育の教材としてその玉を売っていることがあります。最近、その手先の細やかな動きが前頭葉を発達させるとして見直され、学校教材としてや老人の認知症予防に繋がるとして注目されています。
折り紙にしても、お手玉にしても、人が手を使い、指を使う生き物である限り、どこの場所でも同じような遊びが生まれるのは当然かもしれません。しかし、それがどのように発展してくるかは、その国の風土なり、産業なり、生産物によって変わってくるのでしょう。そういう意味でも、伝承遊びは子どもに伝えていかなければならないものかもしれません。

お手玉” への4件のコメント

  1. 折り紙だけでなくお手玉も日本だけのものではなかったんですね。そうしたことを知っておくことから、そのものの持つ意味が少し分かってくるのでおもしろいです。
    昨年から園では伝承遊びがずいぶん盛んになりました。できなくて悔しい思いをしたり、できる子の技を盗もうとじっと観察していたり、地域の方に技を披露してもらったりと、様々な広がりを見せています。昔と今、そして未来をつなぐものでもあるでしょうし、子どもたちと地域をつなぐことにも一役買っています。たてにも横にも広がっていく伝承遊びの奥の深さに驚かされています。

  2. 「お手玉」も世界的な遊び道具なのですね。わたしたちが「伝承遊び」として次世代に伝えようとしている遊びもそのルーツを辿って行くと「固有」というより「世界共通」といったほうが良いようですね。そうした意味で、私たちは「日本の伝承遊び」を伝えているというより「人類共通の遊び」を「伝承」していることになるのでしょう。「折り紙」といい「お手玉」といい、実に奥が深い。驚かされます。ところで、この「お手玉」もあまり遊んだことがありません。お手玉に「シャワー式」とか「ジャグリング式」とか投げ方に違いあることを知り「ヘェ?」です。そしてこのお手玉が「前頭葉」の発達、「認知症」の予防とあります。これは「お手玉」、やらなければなりませんね、特に後者のために。

  3. 昔の女の子は、次のような数え唄を歌いながら、お手玉を遊びました。
       ?一かけ二かけて三かけて 四かけて五かけて橋を架け
        橋の欄干手を腰に 遥か向こうを眺めれば
        十七、八の姉さまが 姉さん姉さんどこ行くの
        私は九州鹿児島の 切腹なされた父親の
        お墓まいりに参ります お墓の中から幽霊が
        ふわりふわりとジャンケンポン
       ?一番初めが一宮 二また日光東照宮 
        三また讃岐の金毘羅さん 四また信濃の善光寺
        五つ出雲の大社(おおやしろ) 六つ村々鎮守様
        七つ成田の不動様 八つ八幡の八幡宮
        九つ高野の弘法様 十で東京浅草寺
        あれほど心願懸けたのに 浪子の病は治らない
        ピーピーピーと行く汽車は 武男と浪子の生き別れ
        二度と逢われぬ汽車の窓 泣いて血を吐くホトトギス
    歌の内容からして、明治時代に歌われたもののようですが、徳富蘆花の「不如帰(ホトトギス)」を基にしているということですから、ずいぶん大人びた数え唄ですね。伝承遊びが廃れてくると、こんな歌も忘れられていくんですね。

  4. 昨日のブログもそうですが、折り紙もお手玉も今では世界中で遊ばれているのですね。二つとも日本独自の遊びと思っていましたし、もちろん世界中で遊ばれているなんて思ってもいませんでした。折り紙にしても、お手玉も、遊び方は国や文化によって異なるかもしれませんが、今も世界中で遊ばれているのだから、そう意味で伝承遊びは伝えていく必要があると思いました。さらに、ブログにも書かれていますが、折り紙もお手玉も、けん玉も伝承遊びは手先の細かい動きが多いです。結果それが前頭葉を発達させたり、認知症予防に役立っていると結果として出ているのですね。それも含めて伝承遊びは、伝えていくことが重要ですね。

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