ドイツのある園を訪れたときに、園庭の中央に,マイバウムが立てられていました。そのポールの色は、バイエルン地方の旗の色と同じ、青と白で交互に塗られています。その青は、空の色で、白はアルプスの雪の色を表しています。マイバウムというのは、英語ではメイポールというように「五月の樹」という意味で、ドイツでは春の訪れを祝い、5月になると町や村の広場に立てられる一本の高い柱です。昔は真っ直ぐで高い松の木を森から切り出して立てていました。冬でも枯れない常緑樹には強い聖霊が宿っていると考えられていたからです。柱のてっぺんには新緑の枝を輪にしたものを飾り、そこから沢山のリボンをたらして、手に手にリボンの端を持ちながら、木の回りで踊ったり、歌ったりして春の到来を祝います。
園を訪れたのは6月でしたが、園庭には一つの文化を子どもたちに伝えるということで1年中飾られているようです。ドイツ研修のときの待ち合わせの場所であるマリエン広場や、数年前に訪れたノイシュヴァンシュタイン城のあるシュヴァンガウでも、飾り付けされたマイバウムが一年中立てられています。
このマイバウムの習俗はミュンヘンだけではなく、バイエルン地方の各地域、そしてバイエルン以外にも南ドイツ、チロル、スイス、アルザスなど、ライン 河の沿岸一帯に広く見られるようですが、これを町の中心に立てるのはその町のギルドの人たちで、柱にはギルドに加盟している各職業団体を表したシンボルが取り付けられます。それは、この町の中には、このような手工業の店がありますよという一つの看板なのです。
この看板が当てられたのは、その町に入るときにそこには何があるかを知らせる役目と、町の中の看板をなくす意図があったと聞いたことがあります。そういえば、ミュンヘンの町の中には、看板がほとんどありません。それは、何かの景観条例で規制されているからでしょう。日本では高度成長期は、何でもかんでも無秩序に箱ものを作ってきました。日本の伝統や、その地域の街並みや自然との調和を無視して、無秩序にいろいろな色の建物や、高い建物や、構造物が作られました。それは、「美」という人の気持ちをいやす役目よりも「経済」を優先していた時代でもありました。気がつくと、ヨーロッパでは大切に残してきたような長い年月をかけて作られてきた伝統と風格と調和のある街並みが日本からは姿を消していきました。
そんな時代に対して、各地で高層マンションの建設などの反対運動や屋外広告の氾濫のような秩序な開発に対して、見直すべきだという声が上がり始めました。それに対して、国土交通省では「美しい国づくり政策大綱」を策定し、景観法が2004年6月に公布され、翌年から全面施行されています。
しかし、まだまだ海外の町と比べると日本ではあちらこちらに立っている看板が随分と町の景観を壊している気がします。ミュンヘンの町はさっぱりしていますね。
その写真を見て他に気がつくことは、自動販売機と電線がありません。日本では、この二つも景観を壊しています。特に夜のネオンサインの看板のほか、自動販売機の明るさは夜を壊すだけでなく、昼間の照度を持つためにその前に夜立つ子どもの体に変調をきたすようです。私の園を建てた時も、新宿の景観条例と高さ制限がとてもうるさかったのですが、私から見ると、何よりも景観を壊しているのは電線のような気がします。
経済優先の社会を人間優先の社会に戻すのは大変ですが、やっていかなければならないでしょう。
園のしおり等に使うために園舎の写真を写しても、藤森先生の言われるとおり電線がたくさん写っていてすっきりした写真にはなりません。プロの方は電線を編集して消すそうです。電線の埋設工事は費用もかかって、遅々として進まないのが現状です。
ドイツに行くときにドイツに着いたと感じるのは、飛行機の窓から見える教会を中心にしたオレンジ色の屋根の家々の集落が見えたときです。日本では町並みもばらばら、色もばらばら、高さもばらばらですよね。まことちゃんハウスではないですが自己主張はわかりますが、一人ひとりが自己主張するだけではなく、その調和が大切だということをドイツに行くと考えさせられます。
テーマパークのように、看板もない、自動販売機も電線もない、商業主義的で俗っぽいものはすべて排除して、歴史的な建造物と景観を守ることは並大抵のことではないですね。ゲルマン民族の血と、ドイツ人としてのアイデンティティーは何物にも代えがたい価値と捉えているからでしょう。それに比べてわが日本人は…。世界最先端の技術を持ちながら、電線の地中化すらできない。それ以前に、景観を守ることへの意識が低すぎる。まあ、それにしても、新宿せいが保育園の前の無粋な電線…。スタイリッシュモダンな園舎とは不釣り合いこの上ないですね。
ここにこの看板がなければきれいなのにと思うことが田舎でもあります。暗闇の中の自動販売機の灯りに違和感を感じたりすることもあります。「美しい国づくり政策大綱」を読んでみましたが、これが実現されるのは一体いつのことだろうと思います。景観に限らず、よいものを長く使うという意識も大事だと思うのですが、国の考え方は経済優先で反対に向かっている気がします。そんな現状だとしても、少しずつでもやっていかなければいけないことですね。
ドイツの街並みと新宿せいが保育園の外観の写真を比べると、電線があるか、無いかで、全く印象が違いますね。今まで電線なんて気にした事がなかったので、電線が無い街並みというのはイメージが湧きませんが、写真のドイツを見て、とてもすっきりして、さもない街並みでも、とても美しく見えてしまいます。また「メイポール」というもので、町の看板を無くすなど、ドイツが街並みにかける思いが強く感じます。しかし日本もドイツみたいに、東京の電線を全て地中に埋めろと言っても、とても時間のかかる事だと本当に思います。ただ、時間がかかっても実行することで得られるものは、とても大きいものだと思います。
私はかつて東南アジア・南アジアの諸都市を訪ねました。首都及び大都市の街には日本の諸都市同様電線が頭上にありました。その後カナダ、ドイツ、フランスの各都市を訪問する機会に恵まれました。ほぼ電線は地中に埋設されているようですっきりとした都市景観を見ることができました。日本は「経済」一流「政治」は五流と言われます。しかし一流「経済」の割には頭上に張り巡らされた電線は残念ながらみすぼらしく見えます。「経済優先」とは一体どういうことか考えを巡らさざるを得ません。完成した園舎の外観を始めて目にした時「素晴らしい」と思いました。その思いが強い分園舎前の頭上電線は目障り以外の何物でもありませんでした。園はオール電化にしていますから電力会社の方に電線の地中埋設をお願いしたこともありまりしたが、開園3年目の今なお「地中埋設」の話する耳にしません。残念。