先週の土曜日は、園の遠足でした。遠足というと、動物園とか公園とか自然の中に行くことが多いようです。小学校学習指導要領には、「見聞を広め,自然や文化などに親しむとともに,人間関係などの集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積むことができるような活動を行うこと」と書かれてあります。これを読むと、どうもよくある遠足は自然に親しむことが強調されすぎている気がします。
私の園は新宿にあり、あまり自然が多くありません。遠足で自然を求めるとなると、かなり遠くまで行かなくてはなりません。そこで、遠足の目的を見直して、「人間関係などの集団生活の在り方や公衆道徳についての望ましい体験」を積むことを企画しました。私の園のある新宿は、同じ新宿といっても歌舞伎町のような繁華街ではなく、下町と高級住宅が同居し、商店街が大通りをはさんであるような町です。そのような人たちが住んでいる町を知り、その人を知り、その人たちの仕事を知ることで社会を知ろうというものです。
商店街の中の数店をポイントとして、そのポイントで問題を解いてもらったり、 製作をしたり、店の人と会話をしたりして親子で手形を持って裏にスタンプを押してもらいながら歩くというものです。その企画を商店街の人たちに相談したところ、みんな喜んで協力をしてくれました。
魚屋さんでのポイントの問題は、「カレイとヒラメの違い」です。その問題の為に、魚屋のご主人は、りっぱなカレイとヒラメを仕入れてくれて、子どもたちが訪れると、本物を前に説明してくれます。「腹を下にしておくと、顔が左にあるのがヒラメで、右にあるのがカレイ」というのが実感できます。
駐在所では、駐在さんが子どもたちを待ち受け、にこやかに相手をしてくれます。お巡りさんがやさしいことを実感したことでしょう。同じように地域消防団小屋では、シャッターを開け、制服を着た消防団の方々が、消防自動車を見せてくれました。ここでは、意外と父親たちが興味を持ち、その前で写真のシャッターを押していました。

目白聖公会は1929(昭和4)年に建立されたロマネスク様式の聖堂を持っています。そして、当日は結婚式があるのにもかかわらず、ぎりぎりの時間まで、15年ほど前に英国トゥルロー教区にあるエピファニー修道院から寄贈された百年余り前に造られた美しいステンドグラスを、中に入れてくれて見せてくれます。
畳屋さんは、職人が数人で子どもたちに畳表の切れはしの周りを和紙で縁取り、コースターを作るのを指導してくれました。子どもたちは、畳の快いにおいを嗅ぎながら、一生懸命に自分ながらのコースターを作っていました。

洋菓子屋では、無添加、無農薬、国産の材料にこだわったクッキーを子どもたちに配りました。普段、たぶん素通りしてしまう製作所では、「ここでは何を作っているでしょう?」という問題にこたえるために、休みの工場内に入れてくれて、業務用加湿器を見せながら説明をしてくれました。そのほかに、徳川黎明会では、徳川の家紋を知り、建具屋さんでは今はあまり見なくなったふすまなどの建具を座敷に上がって見せてもらったり、子どもたちは、いろいろな職業の人で町が成り立っていることを何となく感じてくれたようでした。
お礼に、夕涼み会に招待したり、イモ掘りの芋を持っていったりと、イベントだけの付き合いではなく、日常的に地域の人に子どもたちを見守ってもらおうと思っています。このような取り組みが、最近注目されているイタリアのレッジォでの保育につながる気がします。
遠足のあり方を見直すいいきっかけをいただきました。町をこういう形でつなぐこともできるんですね。保育園ならではの活動だと思います。以前レッジォ・エミリアの活動が取り上げられたとき、競争するより協力、一度よい方向に引っ張る力が必要と書かれていました。そんなことを思い出しながら、保育園の役割を考えるきっかけまでいただきました。
このような取組が、「イタリアのレッジォでの保育につながる気がします」と言う一節に刺激を受けて、以前にもご紹介いただいたレッジォチルドレン監修の「子ども・空間・関係性」を読んでみました。『町との浸透性。学校は反世界であってはならず、社会の本質であり、凝縮したものでなければならない。現代の現実は、皮膜とインターフェースによって代行する解釈の文化的プロジェクトによって濾過され、学校に浸透することができるし、しなければなりません。』とても難解な表現ですが、要するに、保育の活動とは子どもと子どもとの関係性のみならず、プロジェクトアプローチによる子どもと大人(外の社会)との有機的なつながりの中から、子どもの社会性を育んでいくということでしょうか。もう少し、藤森先生の解説をお願いしたいところです。
「町探し遠足」はとても良いアイディアですね。確かに遠足と聞くと、バスに乗って自然のたくさんある場所へ行ったり、動物園、などに行くイメージですし、私が経験した遠足も、バスに乗って遠くの場所へ行く遠足ばかりでした。それが楽しくなかったという訳ではありませんが、こうして今回のブログを読んで思い返してみると、なんだか複雑な感じがしてしまいました。実際、遠出をした遠足も色々学べて、面白いかもしれませんが、「町探し遠足」の方が、自分の地域を知れて、なおかつ地域の人とのつながりも出来ます。今回のブログを読んで、改めて本来の遠足の形を見直してみる必要があるような気がしました。
地域子育て支援の観点から、「保育所」は地域の児童福祉の要と位置づけられました。そのため地域の子どもたちを一時的に保育する「一時保育」や「地域子育て支援センター」を事業として展開してきました。地域の老人を招き交流会を催したり地域の公民館に保育所の子どもたちが出向いたり、という活動をしている保育所も少なくないはずです。しかし「親子遠足」を「町探し遠足」と位置づけ、『小学校学習指導要領』の「人間関係などの集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積む」ことを拠り所としたことは高く評価されるべきでしょう。ドイツ人の保護者は今年で3度目になる園の「親子遠足」を大絶賛していました。またご近所に住む保護者のご家庭からは職員に「差し入れ」がありました。そして何よりも企画・実施の段階で積極的に協力して頂きました町内会の役員さんたちに対しましてはこの縁により共に住む町、互いに貢献できる人間関係の構築を祈念して止まないところです。