移行2

 OECD加盟20カ国で乳幼児期政策に影響する社会、経済、考え方や研究の諸要因を叙述した「乳幼児期の教育と養護」(ECEC)での成功例は、私が考えていたことと同じ内容であることは、私が今迄経験したことと関係があるようです。
 特に小学校への移行では、「学校準備」方法ではなく、社会教育伝統を内在する国々背実践されているような、就園年齢は人生に対する幅広い準備と生涯学習の基礎段階とみなした取り組みを推奨しています。私は、振り返ってみると、大学では建築を学びました。それは、人の生活に与える空間の持つ力を感じたからでした。そして、特に環境としての空間が与える影響が大きく、しかし、あまり変えようとしていない学校建築に興味を持ちました。そこで、そのテーマを卒業論文にしたのです。空の上からの飛行機から下を眺めると、点々とある、すぐにわかるような空間が学校です。そこで、子どもに与える影響が大きい環境としての建物を考えたのです。
 しかし、実際に使うのは子どもであり、教師です。その利用者としてはどのような空間が必要なのだろうかということを知るために、今度は小学校教師になりました。幸いというか、偶然に1年生の担任になり、その後も低学年を中心に担任をやるうちに、どのようにして小学校に送り出してくれると小学校ではやりやすいかということを肌で知ることになります。しかし、同時に教師としての限界を感じ始めます。それが、学校での担任王国とかクラス王国と言われるような学習形態、また、低学年では、学びは連続的であるにもかかわらず、時間系列に組まれた時間割、カリキュラム、その中で、社会教育に関心を持ち始めます。そのころ、第1期と言われた校内暴力が代表するような学校での「荒れ」が問題になり、その荒れた中学生の面倒を見るにつれて、やはり地域という環境に関心を持ちます。そこで、ブログで書いたような子ども会を作り、社会教育に取り組みます。
 そんな経緯の中から、今回のECECで提案されている「学校準備」方式ではなく、「社会教育」を基盤にした考え方の幼児教育は、まさに私が求めてきたことだったのです。そのおもな目的は、「子どもたちすべては、あらかじめ特定された知識や習熟度を達成することよりもむしろ、学習に対する意欲と好奇心、学習における自信を高めていくべきである」ということになるのです。
 日本では、OECDの学力調査では次第に下降傾向を呈しています。そのために、国では「ゆとり教育」を見直し、「総合的学習」が縮小されました。しかし、低下の傾向は、かなり前から予兆がありました。先の主目的である「学習に対する意欲」が調査国中、最低でした。また、「自信」がないのも日本の子どもたちの傾向であると言われています。それに比べて、特定された知識を多く持ち、物事の習熟度はかなり高いでしょう。また、それが今の日本での主目的になっています。
 また、学習形態も、ECECで推奨されている方法は、学習は大人によって指導されるだけでなく、子ども同士、グループプロジェクト、能動的な教育方法です。しかし、この方法は、教育者が必ずしも子どもたちの遊びにかかわっていないのではないか、子どもの現在の発達に適合する重要な学習経験をさせていないのではないか、という批判を受けました。しかし、その批判は、一時期に当てはまっていたかもしれませんが、実際には、少しずつの修正を加え、継続的に改善されてきています。その取り組み例として、イタリアのレジョエミリア市によるプロジェクトに触発されているところが多いとしています。
 どこまで日本は遅れているのでしょうか。

移行2” への4件のコメント

  1. 以前日本は2週遅れているという話を聞きました。その後、進むべき道を社会全体で決めて少しずつ前に進んでいる外国の動きを見ていると、日本は2週遅れどころか遅れを取り戻すべく進むことすらできていないのではないかと思ってしまうことさえあります。地域の方からもそのような声が聞かれるようになりました。幸いにも今の教育のあり方に疑問を持つことができたので、それを取り組みにつなげていかなければいけません。視野を狭くせず、「心を常に曇らさずに保っておくと、物事がよく見える。」の言葉を忘れてはいけないと思っています。

  2. 「三つ子の魂百まで」。この言葉で言いあらわしているように、幼児教育は入学準備のためではなく、人として終生幸せに生きることの出来る人格を身につけさせるためにあると思います。時々、幼稚園や保育園の先生とお話をしていて、気になるのは幼児教育イコール「就学前教育」という狭い概念から脱皮できていない方が多いことです。小学校にあがって、おとなしく先生の授業を聞ける子にするだけが幼児教育ではない。もっと人間の内面の骨格をしっかり創りあげること、「学校準備」でなく「人生準備」方式のあり方が求められますね。政治の世界では、一国の総理が「幼保の一元化」を言ったとか言わなかったとか論議を呼んでいますが、そんなことより「学校準備」方式の教育をどうにかして欲しいですね。

  3. 「学校での担任王国とかクラス王国」「時間系列に組まれた時間割、カリキュラム」・・・これらは、極端な物言いかもしれませんが、かつてわが国に「徴兵制度」が存在しある一定の年齢に達するまで各学年齢別の子どもたちを一斉にある一定のレベルにまでもって行く方法として機能していたのでしょう。あるいはわが国が貧しく子沢山で一部のエリートを除いたその他大勢のためのペタゴジーだったような気がします。我が子は公立の小学校のお世話になっています。学校が楽しいかといえば我が子は沈黙を守り、担任から伝えられることは漢字の止めはねを気をつけるように、そして他の保護者から聞こえる声は不満、あきらめ、・・・。小学校はアレコレ工夫して実に素晴らしい、と思えることが一つもなく、・・・転校を考えても他所も同じのようで、・・・しかし外国に移り住む余裕もなく・・・。学校以外での学びを息子共々大切にしていきたいと考える今日この頃です。

  4.  藤森先生のブログで海外が具体的に就学前教育の政策の話しを聞くと、日本はどこまで遅れていくのだろうと常々感じてしまいます。日本の経済政策も、変えるべき所を捉えられず、目先の事しか考えず、給付金など配って景気を良くするなど、正直あまり意味の無いように思います。最近の日本の経済や悲しいニュースなどを聞くたびに、ブログの小学校への移行の方法、乳幼児教育が、いかに重要かと思う反面、日本はどこまで世界から置いていかれるのだろう…と本当に思ってしまいます。
    コメントがブログの内容と少し離れていてすみませんでした。

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