移行

 以前のブログで、品川区で行われる幼少連携で、幼児期から足し算などを教えるという取り組みについての考え方を書きましたが、幼児教育から小学校教育への移行については、世界でも課題のようです。OECD加盟20カ国の乳幼児期の教育と養護(ECEC)という書籍の中では、乳幼児期政策に影響する社会、経済、考え方や研究の諸要因が記述されています。(園の副園長である中山さんの訳)
2006年に出された「スターティング・ストロング?」では、2001年に出された「スターティング・ストロング」で概説されたECECの成功政策の主要な側面に対する参加各国による対応進展状況が概観されています。そして、結論として執筆者たちによって各国政府が今後重点的に注意を払っていくための政策領域が10項目にまとめられています。その3章が「学校教育との強力かつ平等な連携」です。
 ここでは、乳幼児教育及び小学校システムの両者において、より統一された学習方法が採用されるべきであり、就学児童が直面する移行課題に注目すべきであると提案しています。その中で、大きく二つの異なった政策選択をもたらしていることを紹介しています。
 フランスや英語圏では「学校準備」方式を採用しています。この方法は、乳幼児年齢での認知発達訓練と、広範囲な知識・技術・気質の獲得に焦点を当てています。しかし、この方法に内在する欠点は、児童の心理と自然学習方策にあまりにふさわしくないプログラムを使っていることとしています。一方、社会教育が伝統的に考えられてきた国々である北部・中部ヨーロッパ諸国では、就園年齢は人生に対する幅広い準備と生涯学習の基礎段階とみなされています。
このように、二通りの考え方がありますが、現在、どの国でも子どもの移行をどうしたらスムーズに行うことができるのか、就学前教育の在り方を考えることは政策課題となっているようです。それは、その移行は、一般的に成長発達への刺激となりますが、なにもせずに突然小学校教育にあげたり、あまり深くがんが絵図に安易に扱われたりすると、とくに児童にとっては退行や失敗の危険性を帯びることになると警告しています。
パート?の中で、就学への移行での成功例が示されています。それは、社会教育の伝統を継承している国々での取り組みです。そこには、養護、陶冶、教育を結合させた子どもの教育方法である「ペタゴジー」という概念のようです。そして、乳幼児施設の学校化ではなく、むしろ、乳幼児教育の方法を小学校低学年まで広げるべきであるという強い信念が必要であると提案しています。
この「ペタゴジー」という概念は、毎年訪れているドイツの19世紀にその起源をもつ社会教育での理論、実践のようです。社会教育は、本質的に総合的なものであり、その時の教育者は子どもの全存在、すなわち身体、心情、情緒、創造性、歴史、社会的アイデンティティに働きかけようと試みるものです。
 私が、以前ドイツのフランクフルトの教育委員会の人の話を聞いた時に、ドイツでは、乳幼児教育は、「教育」と「陶冶」と「養護」を結合させたものだという話を聞きました。その時に、ブログで「陶冶」について書いた覚えがありますが、日本ではこの言葉は最近聞きませんね。それは、人格形成という概念に含まれるものとしたからです。
 もう少し、小学校教育への移行についてわかりやすく解説してみようと思います。

移行” への4件のコメント

  1. PISAでフィンランドが世界一になってから、北欧の幼児教育や学校教育の在り方に強い関心を持っています。知れば知るほど、日本とどうしてこんなに違うのかわからなったのですが、幼児教育を「学校準備」とする日本と違い、向こうは「人生に対する準備と生涯学習の基礎」という長いスパンでの位置づけができているというお話で、少し納得しました。足し算を早く習うことよりも、しっかりとした人格の基礎をつくること。「勉強」というより「あそび学び」は、一生続きます。そのスタートに立つ子どもたちに、何事にも好奇心を持って夢中になる楽しさを知ってほしいですね。「ペタジーニ」じゃなくって(笑)、「ペタコジー」ー養護と教育と陶冶の結合した教育実践を日本では藤森先生の保育の中にしっかりと見出すことができます。

  2. 「学校準備方式」と「人生に対する幅広い準備と生涯学習の基礎段階」、日本は一体どちらに当てはまるんでしょうか。中途半端にどちらもやろうとすると、余計におかしなことになりそうですが、どっちに進んでいこうとしているんでしょうか。生涯学習の基礎としての取り組みの大切さを、実践を通して訴えていければと考えています。

  3. OECD「スターティング・ストロング?」の情報は示唆に富んでいます。昨年フランスの幼児教育施設や小学校を訪問し同書における記述を確認することができました。また、先年藤森先生に同行し訪問したドイツの幼児教育施設の視察を反芻する時やはり同書における報告に首肯することができます。とりあえず英仏型か独及び北欧型かと問われれば私として後者が望ましいと思っています。「子どもたち自らが働きかけられる」保育教育環境を後者が用意していることを自分の目で確かめその後に渉猟した文献等から証左を得たからです。さらに自分の学習体験を振り返った時いわゆる「教師」の過干渉=指導にウンザリさせられたことがしばしばあり、挙句の果てには「なりたくない職業」の一つに「学校の先生」が挙げられるようになりました。「先生」と呼称される人々の中には何か勘違いされている方が多いような気がします。それゆえ「先生主導」の教育には懸念を抱いています。

  4.  今回のブログの内容は私にとっては、少々難しい内容です。小学校へ行く為にはそれなりの準備は必要だと思います。だからと言って子どもに無理やり文字や数字などを覚えさせたり、すると反動で嫌いになる可能性があるかと思います。
    海外でも就学前教育は政策課題というのは驚きました。日本より進んでいるヨーロッパでも課題となると、日本では、もっともっと先の事なのかな?と感じました。

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