逸話

 歴史上の人物は、「誰が見たんか?」ではありませんが、いろいろな逸話が残されていますが、それが真実かよくわかりません。また、いろいろな物語として伝記や書物で大方の生涯はわかりますが、その本が誰を主人公にしているかによって、いい人か悪者か評価が分かれてしまいます。
 最近映画化された「三国志」でも、私は吉川英治の小説や横山光輝の漫画で知ったので、どうしても劉備玄徳をひいきしてしまいます。また、映画レッドクリフを見ると、周瑜と諸葛亮(孔明)との友情が描かれ、周瑜が格好よく描かれているので、好きになってしまいます。今までだったら、周瑜は、孔明を恐れ、何度か殺そうとし、その作戦の一つが10万本の矢を集めてくる有名なエピソードです。「三国志演義」によると実は周瑜の孔明を殺そうという計画に対して、孔明がひねり出した秘策でしたが、映画「レッドクリフ」では二人の信頼関係を描く要素として描かれています。
 最近、NHK大河ドラマ「天地人」を見ていると、ずいぶんと評価が変わってくる人物に、死後徳川幕府によって悪評を流され、極悪人にされてしまった石田三成がいます。テレビでは、その役を若者に人気がある小栗旬が演じていることもあって、ずいぶんとカッコよく描かれています。しかし、もともと彼は様々な逸話が残り、素晴らしい人物であったことが伝えられています。
 石田三成は、羽柴秀吉が織田信長に仕えて近江長浜城主となった頃から秀吉の小姓として仕えています。有名な逸話の一つが、彼を召抱えるときの逸話「三杯の茶(三献茶)」です。
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ある日、秀吉が近江長浜城主だった頃、鷹狩の途中で領地の観音寺に立ち寄ったときのことです。茶を所望した汗だくの秀吉を見た寺の小姓の三成が、大きな茶碗にぬるいお茶をたっぷり入れて持ってきました。鷹狩でのどが渇ききっていたので、秀吉は一気に飲みきりました。飲み干した秀吉がさらに2杯目を所望すると、三成は2杯目の茶碗は前に比べると小さめで、湯はやや熱めで量は半分くらいでした。それも飲み干し、もう一服を命じました。すると、三成は、今度は熱いお茶を高価な小茶碗で持ってきました。最初から熱いお茶を出すと一気に飲もうとして火傷するので、三成はぬるいものから出したのです。この気配りを秀吉はいたく感心し、三成を長浜城に連れて帰り、召し抱えたと言われています。この逸話は気配りの進めとして、広く語られています。
 また、三成は、「大一大万大吉」、もしくは「大吉大一大万」と記された紋を用いました。「万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば、世に幸福(吉)が訪れる」という意味とされています。そんな三成が最後を迎える時に逸話「三成と柿」が、三献茶のエピソードと並んで、三成の逸話として有名です。
 斬首される前に市中を引き回された際、三成は「水が飲みたい」と言いました。周りの衛兵は「水はない。柿ならあるぞ。食え」と近くの木から柿をとって三成に与えましたが、三成は、「柿は痰の毒であるのでいらない」と答えました。警護の者は「すぐに首を切られるものが、毒断ちして何になる。」と嘲笑すると、三成は「大志を持つものは、最期の時まで命を惜しむものだ。」と泰然としていたといいます。
 三成は、残っている逸話が多い人物です。

逸話” への4件のコメント

  1. 石田三成の人物像と言うと、謹厳実直で計数に強い有能な官吏と言うイメージで、血の匂いのぷんぷんする戦国武将とはとても程遠いですね。秀吉のような「人たらし」とも言われる人間関係術もなく、家康のような虚実取り混ぜた駆け引きもできない。ただひたすら、豊臣恩顧の「義」に命を賭けたまっすぐな人物像が想像できます。「万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば…」とはいい言葉ですね。ケネディやオバマ大統領の就任演説を思い出します。平時なら、偉大な宰相として名を残したでしょうね。

  2. 過去の人物の言動や生き方から多くのことを教わっています。ただ、悪い見本から自分の生き方を見直す力は持っていないので、過去の人物の捉え方が違っていたとしても、自分にとってはそれでもいいかなと思っています。石田三成の逸話は、読んでいてさわやかな気分になります。

  3. 石田三成の「三杯の茶(三献茶)」の逸話は本当に素晴らしい。おそらく本当にあったことだと思います。石田三成は極めて理知的に物事が考えられる人でそれ故豊臣秀吉恩顧の武将からねたみそねみやっかみを受けていたと言われます。何だか友たちもいないさみしい人、人の心情に頓着しない人、というイメージが先行します。しかし関が原の合戦の際徳川家康軍をも凌ぐ大軍勢の棟梁として戦に臨んだということを考えてみると彼の奥深さに共感していた戦国諸将が大勢いたことがわかります。豊臣秀吉に対する御恩と奉公で「西軍」についたとだけでは考えられません。今回のブログで紹介されている石田三成をめぐる逸話がやがて「西軍」の総大将となるに価する石田三成像形成に繋がります。

  4.  石田三成という人物はもちろん知っていますが、豊臣秀吉に仕えていた事や、関が原の戦いで徳川家康と戦った位でしょうか?どういう経緯で秀吉に仕えたか?なんて一つも知りませんでしたので、そんな逸話があったとは感心しました。石田三成のように、お茶を出す行為にしても、接客にしても、私が子どもに接するにしても、まずは相手の気持ちに共感することで、何を欲しているか、して欲しいかが理解できるような気がします。

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