西洋音楽

西洋音楽が日本にもたらされてから、西洋楽器の演奏も盛んになり、子どもたちも様々な楽器を習うことが盛んになりました。その代表的なものにピアノがあります。最近はあまり聞かなくなりましたが、一時期はピアノ教室がたくさんありました。また、しかし、私の園では、ギターを弾く職員が多くなりましたが、かつては保育園や幼稚園の先生になるためには、ピアノが必修でした。
ピアノを習うときには、まず指の練習をします。その時に必ず使われていた楽譜が「バイエル」と言われる教則本です。しかし、昨日の朝日新聞に「ピアノ入門バイエル離れ」という記事が掲載されていました。ある書店の話では、現在は、バイエルのシェアは教材全体の約15%だそうです。この教材を出版している全音楽譜出版社によると、最盛期には年間40万冊売れているのが、現在ではその10分の1、音楽之友社でも5分の1に激減しているそうです。
「バイエル」は、フェルディナント・バイエルというドイツ人作曲家が書いたもので、ベートーベンと同時代の人で、彼の弟子にはツェルニーがいるそうです。このツェルニーも、教材によく使われていました。バイエルやツェルニーは、欧州では、ほとんど使われなくなていた教材が、なぜ日本で教材としてポピュラーになったかということが新聞に書かれています。
音楽取調掛(のちの東京芸大)が1880年にメーソンという人物をアメリカから招きます。それは、担当官がたまたま留学先がアメリカだったからです。メーソンは、唱歌から弦楽器まで音楽を幅広く日本で教えますが、その時にピアノと一緒に日本の洋学教育のためといって持ち込んだのがバイエルだそうです。そのころ、手探りでクラシックを追い求めていた日本人にとって他には指針がなかったということもあって、高度成長期にピアノが一般家庭に広がったと同時にバイエルが教材として一般化したのです。
しかし、1970年代に他の教材が欧米から入ってくるようになると、バイエル信奉に会議の目が向くようになります。バイエルは、あまりにも指の技術的な訓練に比重が置かれすぎていること、ハ長調ばかりで他の調への対応が遅れる、ドイツ古典派の狭い様式しか学べないなどという理由です。それでも、まだまだバイエルにこだわっている人もいるようですが、「今や選択肢の一つにすぎなくなった」と記事では結んでいます。
私もピアノを習ったことがありますが、どのくらい弾けるかという目安に「バイエル何番です」という言い方をしていましたし、教員の資格をとるときにも、1年生はオルガンを弾いて音楽を教えないといけませんでしたから、バイエル100番くらいまで弾けることというのがありました。しかし、途中でやはりただ指の訓練だけではつまらなくなります。その時に使った教材は、「ブリュグミュラー25の練習曲」です。この教材の当時、ほとんどの人が使っていたと思います。その教材は、1曲ごとにきちんとタイトルがつけられていて、なんだか名曲が弾けるようになった気分がしました。そして、その曲が耳について、このレコードを買ったほどです。私がよく覚えているのは、最初に載っている曲、「素直な心」で、その次の「アラベスク」は今でも耳についています。和音から始まる「狩猟」や最後の曲「貴婦人の乗馬」も懐かしいですね。
私は、その程度しか弾けませんが、そのあと「ソナチネ」「チェルニー30番」「ソナタ」など、誰もが練習した教材です。

西洋音楽” への4件のコメント

  1. 「もしもピアノが弾けたなら」ではありませんが、僕が若い頃女の子にもてなかったのは、ピアノはおろかギターすら弾けなかったせいと思いこんでいます(笑)。へたくそなラブレターを100通書くより、心のこもった愛の曲をピアノで弾けたら…。学生の頃、東小金井の住宅街に住む友人の家に行ったとき、応接間に通されピアノが置いてあるので、弾けるのかと聞くと、彼はさりげなく「月光」や「エリーゼのために」を聞かしてくれました。柔道一直線の結城真吾、そう近藤正臣なら鍵盤の上を歩きながら「猫ふんじゃった」を弾くところですが(笑)。あの頃は、都会の中流階級の家には必ずピアノが置いてあるものと信じていました。

  2. 子どものころに少しはピアノに興味を持って習ったのですが、練習に楽しさを感じることが出来なかったのを覚えています。最終的には打楽器や弦楽器の方に興味が移っていきました。自分もバイエルから始めたんでしょうが、記憶にありません。音楽にしても向き不向きはあるんでしょうね。

  3.  自宅にピアノがあるので、小さいころに、よく遊んでいたのを覚えています。だからと言って、私のではなく、母のピアノですし、私自身ピアノを習っていなかったので上手に弾けません。頑張って「ネコふんじゃった」くらいでしょうか。また、歌を歌ったり聞いたりするのはとても好きなのですが、どうも楽譜読む事が苦手で、音楽の授業やテストはどちらかと言うと苦手な分野でした。ですからブログの内容で有名な曲も、知らないものばかりです。また時々、同僚に教えてもらいながら練習もしてみますが、どうも両手で弾くと同じ動きになってしまい、すぐに妥協してしまいます。小学校の頃に、音楽の授業が、もっと面白ければ、楽譜も読めるようになったり、ピアノに興味を持ったりしたかな?と少し思いました。

  4. 前回ブログのコメントにも書きましたが、「西洋音楽」をこよなく愛する1人として今回のブログ内容のピアノについても一言。残念ながらピアノを習ったことがなく、従って弾けません。「ないものねだり」はしても仕方がありませんが「ピアノを習っていたら・・・」と思うことが時折あります。それで我が子にピアノを、と思っても当の本人は全く関心を示しませんから無理強いもできません。今はピアノを習う余裕がありませんが、いつか必ずピアノを習いたいと思っています。ところで昨日はNHKーFMでベートーベンのピアノソナタを聴きました。「月光」「ワルトシュタイン」「悲愴」そして「熱情」。とても素晴らしい演奏でした。鳥肌が立ちましたね。ピアノが弾けるようになったら是非「悲愴」の出だしにチャレンジしてみたいと思っています。

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