缶とタライ

 今の若い人は、吉本新喜劇の島木譲二のカンカンヘッドで行われような、お笑いなどでよく見かける空の「一斗缶」もしくは、その蓋を頭にぶつける場面がありますが、この一斗缶を知っている人は少ないでしょうね。また、ザ・ドリフターズのコントで使用され、その後よく頭の上に落とすものとしてよく使われるようになった「金ダライ」も、本来の使い方を知っている人は少なくなっているでしょう。
 私の子どものころは、この一斗缶は家庭でもよく使われていただけでなく、使い終わった容器も主にコンロなどいろいろなものに使われていました。一斗缶とは、尺貫法の単位で定められた一斗の容量を持つ缶のことです。よく、ご飯を食べる時に「10合炊く」といいますが、これが1升です。そして、その10倍である10升が1斗という量です。ご飯を一人1号食べるとしたら、1斗は、100人分です。そして、この10倍の量が戦国時代の大名の石高に使われる1石となります。ちなみに、お米の量でよく使われる1俵とは、4斗です。
日本では、明治時代になって、1升が1.8039リットルと定められたので、その10倍である1斗は、18.039リットルとなりました。この約1斗の容積を持つ直方体形のブリキ缶が、「一斗缶」です。そして、1959年(昭和34年)のメ-トル法の実施にともない、日本工業規格(JIS)が改訂され、缶の名称が「18リットル缶」と決まりました。
現在、家庭などでは、灯油などを入れるプラスチック製の容器である通称ポリタンクと呼ばれるものに変わっていきますが、業界では、このスチールの18リットル缶がさまざまな物を入れる包装容器としての優秀性が認められ、消防法、船舶安全法、毒物及び劇物取締法などの規制に適合した容器として認定されています。また、この一時期、5ガロン缶(1ガロン = 3.7854118リットル)とも呼ばれていたこともありました。そこで、5ガロンと18リットルを掛け合わせて、昨日の5月18日が18リットル缶の日となっています。
ブリキ缶の日本における歴史は意外と古く、江戸時代末期の文化年間(1861~1863年)に「京都の竜門堂安之助という人が、当時輸入した品物の容器であった、ブリキ函を再利用して茶筒などを制作した」と言われています。それが、18リットル缶としての容器は、明治維新により欧米文化が文明開化と同時にイギリスのサミエル商会が18リットル缶に詰めた灯火石油の販売を始めたのが始まりだと言われています。
一方、天井から突然落ちてきて出演者の頭部を直撃する「金ダライ」も、一般家庭で洗い桶として使われていました。たらいとしては、最初は、木製のものを使っていました。よく浮世絵にあるように、洗濯だけでなく、行水や、すいかを冷やすのに使ったり、出産時の産湯に使われていました。また、テレビなどの時代劇では、旅籠で客人が足を洗うのにも使っていたように、昔は水道の水を出しっぱなしで使わずにためて使っていたので、ためるために容器として使われていました。それが、第二次世界大戦後、アルミニウムやメッキ鋼板で作られるようになり、その後、トタンを用いた金だらい(かなだらい)中心となり、そして、プラスチック製のものへ変わっていきます。使い方も、洗濯用途もなくなり、行水は風呂場でシャワーを浴びるようになり、小さい洗面器になりました。この「金ダライ」の面白い使い方を最近見かけました。有名な建築家が設計した幼稚園の園庭にある流しです。その流しの水を受けるのに、この金ダライを使っていたのです。面白い発想ですね。
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缶とタライ” への4件のコメント

  1. 島木譲二は、関西では知らない人のいないくらい有名芸人ですが、知らない方のために豆知識をー。まず、持ちネタ。その一。『大阪名物パチパチパンチ』上半身裸になり、2、3回手を前に突き出してから胸を平手で叩く。彼の十八番のネタである。その二。『ポコポコヘッド』アルミの金色の灰皿を2枚重ねて頭を叩く。その三。『カンカンヘッドは、男のロマン』一斗缶を頭に何度も叩きつける。その後『どうやどうや』と言って、客に無理やり拍手を要求する。大体、この三つはセットで行われます。セリフネタでは、「頭の中がチンチラポッポ」「困った困ったこまどり姉妹」「う~ん、譲治ショック」「愛をこめて、チューイングボーン」等々どれも意味不明。ドリフの段取りを踏んだお笑いよりも、アドリブ芸の関西のお笑いのほうが好きですね。

  2. 一斗缶や金ダライの変わりにプラスチックのものを見ることが多くなりました。それに限らずプラスチック製のものが本当に多くなりました。写真のような風景は新鮮に感じてしまいます。この幼稚園は素材だけでなく水の使い方がおもしろいですね。湧き水や地下水、雨水など、水道水以外の水を利用した環境を実現したいと思います。

  3. かろうじて島木譲二のギャクはテレビで見た事がありますし、ドリフターズの頭上に金ダライを落とすコントも見たことがあります。基本的に「一斗缶」も「金ダライ」もそういう風な使い方しか見た事が無いので、実際の生活で、どの場面で使っていたのかは知りませんでした。ただ一斗缶に関しては工事現場などでペンキなどが入っているのをよく見かけます。そんな二つも、時代が進むにつれて一斗缶もポリタンクに変化し、金ダライもプラスチック製の物へ変化し、用途も少なくなってきました。そんな中、写真のように使っているのを見ると、個人的に風情を感じます。また空の金ダライの中に水が入る音も心地が良いです。今度、機会があれば、保育園に一つくらい置いてみようと思います。

  4. 今回のブログも極めてためになりました。一合の10倍が一升、一升の10倍が一斗、そして一斗の10倍が一石。すなわち、人が一合ご飯を食べるとして、そういう御仁1000人を賄える量が一石。すると日に3回ご飯を頂いたとして3石の消費。一年賄うとすると1080石(年360日として)。なるほどなるほど。日本史の勉強には実に有用な知識です。一合→一升→一斗→一石。忘れたくないですね。さって「一斗缶」です。私の実家では母の代まで「お豆腐屋」でした。そのためでしょう、中に何が入っていたかは忘れましたが、やたらと一斗缶はありました。しかも田舎なものですから「一斗樽」もありました。その「一斗樽」、太鼓の代わりにも用いられていました。

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