保育室という空間の問題は、単純に広さだけの問題ではありません。その質が子どもに影響します。その環境の質も評価しなければなりませんが、日本では、昨日のブログだけでもわかるようにどうも収納する場所という意識が強いようです。今回、学習指導要領、幼稚園教育要領、保育所保育指針が改定されました。それは、教育、保育の内容を見直したものですが、それに伴う教室、保育室の室内、屋外環境も見直さないといけないのですが、どうもあまり連動していないようです。
ある幼児教室のパンフレットに韓国の幼児施設が紹介されていました。韓国では、いま国民全員でとても過激な受験戦争に翻弄され、かつての日本における子どもを大人がただコントロールしているイメージがあります。しかし、そのやり方を幼児期から行ってしまうと、学校教育にはスムーズに移行せず、かえって言われたとおりに動くだけの人材になってしまうことに気付き、保育の質を見直す動きが始まっています。子どもを宝だと思う国だからこそ、日本と違ってその変化は速いようです。そんな日本との違いを、このパンフレットの中で名古屋市立大学教授の丹羽さんと韓国慶南大学校教授の朴さんが話をしています。
「韓国の幼児教育が日本と一番違う点は、コーナー保育をとてもきちんと実施しているところですね。コーナー保育とは、各教室や、園全体をコーナー的な発想で区切って、子どもたちに好きなコーナーに行って遊ばせること。科学、言語、ままごと遊び、音律活動コンピュータコーナーなど、6から10コーナーくらいに区切られていて、コーナーには、いろいろな遊びの教材が置いてあります」
この中で、このコーナー保育は日本にもアメリカから入ってきたけれどあまりうまく機能していないといいます。それは、空間はその環境を用意するだけでなく、その次のその使い方にあることを示唆しています。
「日本では登園してきた子どもたちをまず1時間くらい自由に遊ばせる自由遊びの時間がありますが、その時間を韓国では“自由選択遊び”として運営しています。それは先生がその日のテーマに合わせていろいろな教材をコーナーに置いておくと、そこへ子どもたちが入ってきて、教材を選んで遊ぶやり方のこと」
韓国では1980年以前は日本と同じような教育を行っていましたが、1982年制定の幼稚園教育課程から、コーナー保育を取り入れてきました。韓国も日本も、アメリカの教育の影響は受けていますが、コーナー保育が根付かなかった日本に比べ、なぜ韓国ではここまで定着した背景に、幼稚園、保育園の施設環境が影響しているといいます。その分析を、私は面白く感じました。なぜかというと、そこには保育室の広さが影響しているというからです。日本で、基準の保育室が子どもにとって狭いと言われ、それは狭いと子どもは走りまわれないからだと思っている人が多いような気がします。そうでないところでは、狭いといろいろなコーナーが作れず、また作っても食事の時や午睡の時には片付けざるを得ないから常設のコーナーは無理だと思っています。どちらにしても、日本の保育室は狭く、全く貧弱であるということはだれでも思うことです。しかし、韓国の人はそう思っていないようです。(続く)
昨年告示された新しい保育指針を読んだとき、ずいぶん藤森先生のお考えが反映されたなあと思ったものです。保育の環境についても、『子ども自らが環境に関わり、自発的に活動し、様々な経験を積んでいくことができるように配慮すること』とあるのを見て、これで少しはコーナー保育を取り入れる園が増えるかと思ったのですが、現実はどうなんでしょうか。もともと日本の保育園の建物は、子どもが主体的な活動をすることを企図して造られてはいません。言葉は悪いですが、保育に欠ける子を「収容」する福祉目的の施設という位置づけが、施設の狭さと大人主導型の保育を生んでいると思います。今回の指針で、保育所がこれまで以上に教育的機能を要求されたのにあわせて、保育環境をせめて諸外国並みに充実していくことが不可欠です。
保育室は広ければいいというものではなく、また狭ければ何もできないというわけでもないと思っています。何を大切にするか、その考え方ひとつだと思います。今の基準で十分だとは思いませんが、何をするかを抜きにして単に広さを求めるのではいけないんでしょうね。
保育室という空間は広くても狭くても、環境を設定する側によって、大きく左右されると思います。日本は狭いと子どもが走り回るスペースがない、午睡が出来ない、コーナーが作れないという理由で無理だと思っているようですが、韓国はそう思っていないのですね。次回のブログが楽しみです。保育室という空間を韓国はどのように考えて環境を設定しているのか気になります。
おそらく「保育制度」のことを言っているのだろうと思うのですが「日本の保育は優れている」「先進的だ」と仰る保育園の園長さんたちにお会いすることがあります。まぁ、どう思うかはその方の価値観でしょうから致し方がないと諦めながらも、どうして客観性を伴わない増長慢的発言が平気できるのか不思議でなりません。自分たちを卑下して欧米を高くみろ、ということではありません。制度的には優れているところもあるのでしょうが、子どもたちを取り巻く保育環境はどうか、ということです。昨年フランスの保育施設の視察に行きました。先生主導のその保育方法には疑問が沸き起こりましたが、遊ぶ・寝る・食べるは完全に分離しており、しかも遊食寝の担当の先生が異なっていたことも私たちが検証する対象だと思いました。「遊びのミュージアム」ということをもっと真剣に考えないと日本の乳幼児教育現場は学校同様「教育」の意味を取り違えてしまいます。