三間

 今の子どもたちは「三間」がないと言われています。それは、「仲間」「時間」「空間」です。では、子どもにとって仲間は何人いればよいのでしょうか。どのくらいの時間があればいいのでしょうか。どのくらいの広さがあればいいのでしょうか。少し前に、保護者会である保護者に「家庭で気をつけることは何でしょうか?」と聞かれたので、「今、キャンペーンを張っているものに“早寝、早起き、朝ごはん”というのがあります。子どもはなるべく早く寝かせてあげてください」と言ったら、ある父親から「何時に寝れば、早寝になるのでしょうか?」と聞かれました。そこで私は、「幼児であれば、8時くらいに寝かせればいいのではないですか」と答えたら、「園が8時半までやっているので、それは無理ではないですか?」と言われてしまいました。「早く寝ましょう」と言っても、いったい何時なら早いのか迷うかもしれません。
 そういう意味では、最近の子どもは、仲間がいないと言われても、何人であれば仲間なのでしょう。2人であれば確かに複数になりますが、なんだか仲間ではない数です。また、何で仲間がいるのかというと、一緒に遊ぶからです。ということは、遊ぶために必要な子どもの数となると、その遊びの種類によります。野球の試合をやろうとして、仲間を集めるとすると、18人必要になります。ゲームでも、人生ゲームなどは4人必要ですが、将棋をやろうとすれば2人で間に合います。簡単に、「今の子は、仲間がいない」とは言えないかもしれません。
 時間にしても、「今の子どもは時間が足りない」と言われても、では、10分あればいいのか、1時間必要なのかよくわかりません。何で時間がないかというと、遊ぶ時間がないということとすると、仲間と同様、何の遊びをするために時間なのか、何をするために時間なのかによって違ってきます。しかも、時間がないといってもみんな公平に1日24時間使える時間があります。子どもだけが、時間が少ないわけではありません。
 こうして考えると、仲間や時間がないというのは、絶対的な量ではなく、子どもが主体的に遊べる仲間がいないことと、子どもが主体的に遊べる時間がないということなのでしょう。そうであるとしたら、子どもから「仲間」「時間」をなくしているのは、大人のせいなのではないでしょうか。子どもの世界に大人が干渉し、仲間を本人の意思に関係なく大人が構成し、子どもの時間を大人がすべてコントロールしているということになります。
 このように大人が子どもの世界に干渉するというのは、少子社会であることも影響しているでしょう。子どもの数が少ないと、子どもの行動が目につくからです。また、その行動に口を出すことができるからです。
 そんな中で、「空間」が今の子どもにないということはどういうことでしょうか。小学校や幼稚園、保育園などの子どもの施設には、子どもに必要な最低の空間の広さが決められています。その広さは、子ども一人当たりどのくらいの広さが必要かということです。たとえば、保育園については、現在は、2歳から6歳時には一人当たり1.98㎡と決められています。では、どうしてその広さが決められているのでしょうか。また、何をするために必要な広さなのでしょうか。ちょっと、考えてみたいと思います。(続く)

三間” への4件のコメント

  1. 昔の子供たちは、いい意味で適当にほったらかしにされていたように思います。学校から家に帰ってしばらくすると、近所の友達がやって来て、「○○君、あ~そぼ!」と声をかけてきます。ちょっと用事があると、「また、あ~と~で」と返します。今は、そんなのどかな光景を見ることもありません。家の周りには、ちょっとした空地があって、なぜか土管があったりして…。その上にのったガキ大将が、子分に命令する、なんて昔のマンガのような風景はどこでも見られたものでしたが。夕日も落ちる時間になると「そろそろ晩御飯だよ」と母親が迎えに来る。僕らは本当にいい時代に育ったものです。

  2. 仲間はその遊びに必要な人数という考え方は、なるほどと思います。時間についても同じで、何をするための仲間や時間なのかをはっきりさせて考えることも大切ですね。そうしたことで今の社会を考えると、子どもたちに三間を保障することは難しくなっていると思います。だからこそ保育園に求められる役割は大きいですね。

  3.  ブログを読んでいて私が幼い頃の事を思い出しました。
    当時、幼稚園~小学校の低学年まで、毎日決まった「時間」に「仲間」と公園という「空間」で遊んでいたと思います。人数や場所は、その日によって変わっていましたが、少なくとも5,6人は集まっていたと思います。当時はテレビゲームもあったので家の中で遊んでいた時もありましたが、ほとんど外で鬼ごっこや、かくれんぼ、砂遊びなどをして、その日の人数に応じて遊びを考えていました。だからと言って休みの日以外は親が一緒にその場にいることは無かったと思います。そんな日常的だった事が今では少子化のせいもあり、難しいのですね。そんな時代の中の保育園という空間はとても重要な役割だと思いました。

  4. 今の子どもたちに仲間がいないわけでもなければ、時間がないわけでもない、ということには首肯できます。そして「空間」がない、わけでもありません。「三間」の中の「空間」が今の子どもたちに保障されていないという議論の「空間」とは一体どこを指しているいるのでしょうか。おそらく今回以降のブログで展開されるのかもしれませんね。とても楽しみです。私は休みになると息子とよく出かけます。電車やバスに乗ってあちらこちらと出かけるわけですが私は私なりに息子は息子なりに「空間」をエンジョイしているような気がします。もちろん「空間」構成を伴う場所にはいろいろな制約があります。しかし狭くても広さを感じる空間があります。それはその場所の意味が考え抜かれた空間です。意味があまり考えられていない空間は尺度的に広くてもとても狭く感じられます。

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