先日の記事で世界遺産の地ではごみ問題が深刻化していることが問題になっていました。また、富士山のようにごみの問題で世界遺産に登録できないところもあります。人は生活をする上でごみが出ることは仕方ないことがあります。しかし、そのごみがどうなるかは人任せのところがあります。誰かが、どこかで何とかしてくれるだろうとか、自然と消滅するだろうと思ってしまうのです。しかし、消滅せずに残ってしまう素材もありますし、いくら自然素材を使っても、消滅をするのには時間がかかります。そこで、それまでどこかに置いておかなければなりません。それぞれが、好きな所に捨てていたら、すぐに町はごみだらけになってしまいます。縄文時代の青森の三内丸山遺跡跡では、ごみがきちんと燃えるゴミと燃えないごみとに分別され、ごみ収集所に集められている遺跡が発掘されています。
このように、ある大きさの集落を形成するようになると、やたらなところには捨てるわけにはいかなくなるのです。
人口が密集していた江戸時代の江戸の町では、最初は、自分が住んでいる近くの川や堀や空き地にごみを捨てていました。人口が増えてくると、それではごみが腐り異臭を放ったり、川が汚れたり、大変なことになってきました。そこで、困った江戸幕府は、1655年11月、「ごみは永代島に捨てるように」と、ごみを捨てる場所を決めました。しかし、そこまでみんなが常に捨てに行くことはできません。そこで、地域には、一時ためておく場所を決め、そこから定期的に永代島に捨てに行くようになったのです。その一時ためておく場所として、町ごとに空き地に穴をほって仕切り板で囲った共同のごみためを作り、ごみを上からそこに投げ入れて捨てます。たいていのごみためは井戸やトイレのそばの、そのごみを船に積むのにべんりなところに作られました。それは、このごみを永代島に運ぶのには、船を使ったからでした。そして、大きなごみためから船にごみを移すのは、船を動かす人の仕事でした。そうやって永代島に運ばれたごみは、永代浦あたりに埋め立てられていきました。今の夢の島のように、海岸線に埋立地がこうやって作られていったのです。
現代、ごみは、捨てられるものと、再利用されるものと、再使用するものに分けられて捨てられます。そのときに、それぞれの家庭でいらなくなったものは、とりあえず「ごみ箱」に捨てられます。たまに大切なもの、あとから使えるものをごみ箱から急いで探すこともあります。しかし、ごみ箱をごみ収集所に持っていかれてしまったら、いくら後で使いたいと持っても、大切なものを捨ててしまったと思っても取り返しがつきません。逆に、大切な情報などは、不用意に捨てると誰かに使われたり、悪用されかねません。ですから、最近は家庭用シュレッダーがはやっていて、細かく割いて捨てるようにもなりました。
パソコンを使っている時、便利なのは、そこで作ったデータなりを後で再利用したり、再使用することができます。しかし、何でもかんでもとっておくと、いっぱいになってしまうので、いらなくなったもの、もう使わないであろうデータは「ごみ箱」に捨てます。そのときに、大切なものを捨ててしまった時、ごみ箱をひっくり返して中身を全部出して、その中から使えるものを探し出すことがあります。そのときに、まだごみ箱の中に残っている場合はいいのですが、ごみ箱をからにした後で思い出して困ることがあります。
しかし、パソコンは私にはよくわからないところがあって、実は、ごみ箱をからにするだけではデータは完全に消去できないようです。市販のデータ消去ソフトを何回も使わないといけないようです。いまや、ごみの処理はパソコン上でも厄介ですね。
昨日のニュースで、NASAがスペースシャトル「アトランティス」が打ち上げたことが報じられていました。ハッブル宇宙望遠鏡を修理するのが今回のミッション。あのISSよりも高い軌道にあって、宇宙ゴミ(スペースデブリ)が非常に多くて危険なので、万が一の時には「エンデバー」が救助に飛び立てるように待機しているそうです。なんだか、サンダーバードのようなお話ですが、この宇宙ゴミは時速3万6000キロという猛スピードで回っているので、船外で修理する宇宙飛行士は命がけです。これまで、衛星の残骸が大気圏で燃え尽きないで地上に落下したこともあって、大きな問題になっています。人類は、地球だけでなく、宇宙空間にもゴミをまき散らしているのです。
生活の中ではゴミは必ず出てくるので仕方ないですが、問題はそれとどうつきあうかですね。毎日多くのゴミを出しながら生きている存在だということを忘れないことが大切なんでしょうね。自覚が無いことほど怖いものはないと思います。
今の時代、確かにゴミの処理に関しては人任せの部分はあるような気がします。私もひとの事は大きな声で言えませんが…。実際にはゴミのポイ捨てなんかは、まさに人任せですね。それが縄文時代では、可燃と不燃とでしっかりと分けていたとは驚きました。また江戸時代でもゴミの分別はもちろんのこと、再利用や再使用していたのですね。それに比べて、今の時代は、物はたくさんあるし、すぐに新しいものを買えるせいか、何でもかんでもすぐに捨てています。それはもちろん食べ物もです。最近テレビのCMなどで日本の食物廃棄率の数値を知りましたが、何秒ごとに膨大な量の食物が捨てられているそうです。
ゴミの歴史の古さを今回のブログを読みながら感じました。なんと言っても「三内丸山」時代からゴミの分別集積が行われていたという事実には驚かされました。そして江戸のゴミ集積運搬堆積にも驚かされます。1655年といえば江戸に幕府が開かれてからさほど経っていない頃です。既に江戸がゴミ処理問題に直面。確かに当時の世界第一の都市ということが頷けますね。最近はゴミの分別やゴミの意識化が図られ、若者を中心に定着してきているような気がします。小学2年生になる我が子も「燃えるゴミ」「資源ごみ」等々の区別をしながらゴミをダストボックスに入れます。むしろ、大人の男性にマナーのなっていない人をよく見かけます。私の園のまわりにもゴミがポイ捨てされることがあります。ほぼ100%「大人の男性!」の仕業と思われます。禁止されている歩行喫煙も堂々とまかり通っています。この国の「大人」は「小人」より始末に負えません。