未明と三重吉

 日本各地にはいろいろな碑がたっています。それがどうしてその場所に建っているかの由来はさまざまです。趣味で建てるとか、人よせのためとかの場合もありますが、何かゆかりがある場合が多いようです。
 連休に、妻と直江津に行ったときに鵜の浜温泉に宿泊しました。温泉の由来は、よくブログで取り上げますが、動物が浸かっているのを見つけたとか、有名な僧が開湯したとか、先日は小野小町が開湯した温泉でしたが、そのようにその温泉の発見にはロマンがあります。しかし、鵜の浜温泉は、そんなロマンはありません。ここは、昭和31年に、帝国石油株式会社が石油天然ガス採取のために採掘した井戸から良質な温泉が湧出したために温泉地になったのです。
ここは、開湯にはロマンがありませんが、昔からこの地に言い伝えられてきた伝説があります。それは「人魚伝説」です。「天明の中期(江戸時代半ば)、毎晩のように雁子の常夜灯を目当てに佐渡島から通う不思議な女がいました。雁子の若者はふとしたことからこの女と知り合い、毎晩、常夜灯を仲立ちにして、逢う瀬を楽しんでいました。しかしある晩、母親に引き止められた若者は常夜灯の明りを休んでしまいました。その翌朝、佐渡の女の死体が上がり、それを聞いた若者は悔やみ佐渡の女を追って、海に身を投げたのです。」この話を読むと、ブログで取り上げた小川未明の童話「赤いろうそくと人魚」を思い出します。実は、本当にこの伝説からこの童話が生まれたそうです。というのは、作者の小川未明は、新潟県高田(現上越市)に生まれています。
その高田には、復元された高田城が美しい姿を見せています。
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その城も見に行ってみました。というのは、この城の城主であった家康の6男松平忠暉は、そのあと諏訪に流され、そこで亡くなるのですが、その墓が諏訪にある私の家の菩提寺にあるので、なんとなく縁を感じたからです。高田の駅やアーケードもとても美しく整備され、城内にある日本画家小林古径の旧邸や美術館も非常に日本の美を表現して美しいものでした。
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未明の父親の澄晴は、かつて修験者でした。そして、上杉謙信の熱烈な崇拝あり、春日山のふもとに上杉神社を創建するため奔走しました。先日、上杉神社を訪れた時、その宝物館の隣に「小川未明文学館」があるのに驚き、どうしてだろうと訝ったものでした。こんな理由があったのですね。
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広島の原爆ドームの前には、日本の童話や童謡、昔話などを「文学」にまで高めた先覚者、鈴木三重吉の文学碑が立っていました。
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左側には、三重吉の胸像が置かれ、台座には雑誌「赤い鳥」の表紙の字型をそのまま取って刻まれています。そして、その右側の碑の台座には三重吉自筆の一文が刻まれています。「私は永久に夢を持つ ただ年少時のごとく ために悩むこと浅きのみ 三重吉」というものです。
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なぜ、ここにこのような碑が建てられているかというと、彼は、広島市猿楽町(現・広島市中区大手町)で生まれています。そこで、碑だけでなく、毎年、広島県内を中心に全国の子どもたちから集まった数千の作文と詩から「鈴木三重吉賞」が選ばれ、また、鈴木三重吉の研究・資料発表を目的とする「鈴木三重吉赤い鳥の会」も広島市を基盤に活動を続けているそうです。
各地にある碑から、どうしてその地にそれが建っているのかを知ることは興味深いものがあります。

未明と三重吉” への4件のコメント

  1. 昨日紹介した直島の東に小豆島があります。昨年の2月に藤森先生も旅されていますが、二十四の瞳の映画化を記念して建てられた「平和の群像」の銅像にはちょっとした秘話があります。昭和31年11月10日の除幕式に原作者の壷井栄は、最後まで出席するのを拒んだそうです。「平和の群像」の題字を揮毫したのが時の総理大臣の鳩山一郎だったからと言われています。彼は、終戦後、戦争責任を問われ一時公職追放に遭っていたことがあります。壷井栄は「二十四の瞳」で反戦平和を訴えようとした自身の信条に反すると思ったのでしょう。原爆ドームの前に鈴木三重吉の文学碑が建っていることにも通じる話ですね。子どもを愛する人は平和を愛する人でもあります。

  2. いろんなところにある碑の意味を知ると、その地の歴史が見えてきますね。遠くに出かけたときなどは意識してみたりしますが、近くにあるものは注意深く見ていないことに気づきます。広島の原爆ドームの碑は、何度も行っていますが注意して見ていませんでした。「心を常に曇らさずに保っておくと、物事がよく見える。学問とは何か。心を澄ませ感応力を鋭敏にする道である。」という言葉を思い出しました。

  3.  地元でも「碑」を見かけることがありますが、その「碑」が誰の物か分からないのもあるせいか、詳しく見ることもありませんでした。そんな「碑」も、詳しく見ることによって新たな発見があるかもしれません。また温泉も今まで、ただお湯に浸かって疲れを癒していただけの物としてか捉えていませんでしたが、その場所の温泉の発見された経緯などを知ることによって、ただ温泉に入るだけでなく、色々と考えながら温泉に浸かるような気がします。温泉に入るにしても、道端にある「碑」を見るにしても、色々なところにアンテナを張り巡らせる事によって、普段の生活に厚味が増すと思いました。

  4. あちらこちらに出かけるといろいろな「碑」や名所旧跡案内板に出くわします。自分の関心分野のそれらは自ずと非常なる興味がそそられます。それほどでなくても頭の片隅に残り、やがて別なきっかけにより日の目を見ることもあります。児童文学についてあまり詳しくない私はこの「臥竜塾」ブログの情報がとても貴重ですね。小川未明さんや鈴木三重吉さんに次何らかのかたちで触れた時今回のブログで頂戴した情報が自分の中に定着するでしょう。今回のブログで私が興味を引かれたのは「小林古径の旧邸や美術館」です。先日も番町の山種美術館で小林古径の作品を鑑賞する機会がありました。私の好きな日本の画家の1人です。上越市を訪ねる重要な動機を頂きました。今のところ具体的な予定はないのですが、古径に引かれて上越参り、となる日もそう遠くはないでしょう。

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