おもと

 大分県の宇佐に行ってきました。この地のブログは以前に書きましたが、宇佐神宮で有名なところです。この宇佐神宮の神様が降り立った山として崇められ、現在でも本当の頂上は神域として立ち入り禁止区域になっている「御許山」(おもとやま)が、宇佐神宮の奥の院としてそびえています。たいして高い山ではありませんが、宇佐平野のどこからでも見えます。この「御許山」は、「大元山」と表記されている地図もあるようですが、宇治神宮の神が降り立つというと、たぶん、「御許山」でしょう。
 地図を見ていると、この山が、「万年青(おもと)」の発祥の地と書かれてありました。この名前の由来は、万年青の根茎が太く大きいことから「大本・大元(おおもと)」といわれ、それが「おもと」になったという説がありますが、ここ「御許山」で500年位前に自生していた珍しい品種を採取して育てたのが始まりで、この地から良質の万年青が産出されたことから「おもと」になったという説が有力です。そして、寒い冬にも緑の葉の色を変えないところから「万年青」の文字があてられたといわれています。
 この「万年青」は、知る人ぞ知る植物で、昔からめでたい植物、縁起の良い植物と言われ、慶長11年に徳川家康公がおもとを床の間に飾って江戸城に入城したことでも有名な「伝統園芸植物」で、春蘭、富貴蘭等同様の人気があります。その魅力は葉姿や色彩、葉芸の変化だと言われ、茶道の「詫び、寂び」の境地にも通じており、その色彩と葉姿の中に自然の織り成す芸は千変万化で貴品があるといわれています。
 私が若いころにある地域のお父さんたちと子ども会を作り、その顧問をしていた時のことです。その地域に、「おもとのおじいさん」と呼ばれている万年青をたくさん育てているお年寄りがいました。そのお年寄りに万年青の話をすると、喜んで、得意げに万年青の話をしてくれます。また、「クモの博士」と呼ばれているお年寄りがいました。その家には、玄関先から奥の部屋まで、クモの飼育箱が並んでいて、世界中のクモを飼っていました。そこで、子ども会のお父さんたちと「地域にはいろいろな特技や趣味をもったお年寄りがいるね」「せっかくだから、この人材を子どもたちに使えないだろうか」という話になり、子ども会のリーダーの子どもたちに「地域に、どんな特技を持ったお年寄りがいるか、調べてみない?」と持ちかけました。そこで、「地域お年寄り地図」を作ろうということになりました。子どもたちは、子ども会の日、地域センターに集まり、グループに分かれて、地域のお年寄りを訪ねて、いろいろな話を聞いて回り、そのあとセンターに集まって、地域の地図の中に、どの場所に、どんなお年寄りがいるかを書き込んでいきます。そして、みんなが調べ終わった後で、各グループのリーダーが、調べた結果を発表します。
 この活動が評価されて、社会教育の映画化されることになりました。今でも社会教育関連の貸し出し16ミリフィルムの中に、確か「輝け!子どもたち」というタイトルで所蔵されているところがあると思います。
 その映画は、1日の活動を追ったものでしたが、実際は二日間かけて撮影されました。子どもたちは、とても自然にふるまってくれましたが、私を含めて大人たちは、なんだか頬がひきつっているようです。万年青から連想した懐かしい思う出です。

バリア

 最近、東京では建築物や公共施設、公共交通機関のバリアフリー化が進んでいます。それは、平成6年に制定された「ハートビル法」で「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」が定められていることと、平成12年に制定された「交通バリアフリー法」で「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」が定められていることで、段差の解消や視覚障害者誘導用ブロックの設置など、着実に整備が進んできているのです。
バリアフリーという言葉は、もともとは住宅建築用語で、障害のある人が社会生活をしていく上で障壁(バリア)となるものを除去するという意味です。ここでいう、バリアである障壁は何かというと、「バリアフリーにしてあります」ということに代表されるのは、段差がないことをいうことが多いようです。しかし、本来は、そういった物理的な障壁だけでなく、障害者の社会参加を困難にしている社会的、制度的、心理的なすべての障壁の除去という意味なのです。ですから、英語では、設備やシステムが広く障害者や高齢者などに対応可能であることを指して「アクセシビリティ」(accessibility)という用語がよく使われるようです。
また、ユニバーサルデザインという言葉がありますが、これも、障害者や高齢者が使いやすいようなデザインというわけではなく、ユニバーサルですから、他にも、文化、言語の違い、老若男女といった差異、人種、能力の如何を問わず多様な人々が利用しやすいよう都市や生活環境である施設・製品・情報をデザインするということなのです。
ずいぶん前になりますが、北欧を訪れた時の経験です。その時に、あらゆる店舗の階段のところに細いレールのようなものが付いていました。そのころ、まだバリアフリーという概念が浸透していませんでしたので、なぜかと思いましたら、そのレールは乳母車の車輪を通すためにものでした。勿論、車いすも通ることができるのでしょうが、その時にバリアとは、必ずしも障害者のための障壁ではなく、バギーや乳母車を押していることもハンデにしないという考え方を知りました。また、電車に乗ったときに、「犬可」とか「自転車可」という車両を見たときに、犬を連れていることでも、自転車に乗っていることでもそのこと自体をバリアにしないという考え方を知りました。
また、その時に感じたのは、今はどうかわかりませんが、たとえば、「犬可」という車両に乗ったときに、当然、私は犬を連れていませんでしたが、その車両では、犬を連れていない人は乗れないのではなく、犬を連れている人が優先されるということで、通路に寝ている犬をみんな避けて通っていましたし、座席は、犬が乗ってくると譲っていました。段差も、すべてスロープにするのではなく、レールを使って登れますが、そうでない人は階段を使います。
最近、園がバリアフリーといって、すべての場所から段差がなくなり、敷居のようにまたぐ場所がなくなっていますが、一番良く使う子どもたちから、段差を越える力や、敷居をまたいで歩く力を奪ってしまっていて、子どもたちは、地域の中や、自然の中は歩けなくなってしまいそうです。自然の道は、段差だらけです。
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缶とタライ

 今の若い人は、吉本新喜劇の島木譲二のカンカンヘッドで行われような、お笑いなどでよく見かける空の「一斗缶」もしくは、その蓋を頭にぶつける場面がありますが、この一斗缶を知っている人は少ないでしょうね。また、ザ・ドリフターズのコントで使用され、その後よく頭の上に落とすものとしてよく使われるようになった「金ダライ」も、本来の使い方を知っている人は少なくなっているでしょう。
 私の子どものころは、この一斗缶は家庭でもよく使われていただけでなく、使い終わった容器も主にコンロなどいろいろなものに使われていました。一斗缶とは、尺貫法の単位で定められた一斗の容量を持つ缶のことです。よく、ご飯を食べる時に「10合炊く」といいますが、これが1升です。そして、その10倍である10升が1斗という量です。ご飯を一人1号食べるとしたら、1斗は、100人分です。そして、この10倍の量が戦国時代の大名の石高に使われる1石となります。ちなみに、お米の量でよく使われる1俵とは、4斗です。
日本では、明治時代になって、1升が1.8039リットルと定められたので、その10倍である1斗は、18.039リットルとなりました。この約1斗の容積を持つ直方体形のブリキ缶が、「一斗缶」です。そして、1959年(昭和34年)のメ?トル法の実施にともない、日本工業規格(JIS)が改訂され、缶の名称が「18リットル缶」と決まりました。
現在、家庭などでは、灯油などを入れるプラスチック製の容器である通称ポリタンクと呼ばれるものに変わっていきますが、業界では、このスチールの18リットル缶がさまざまな物を入れる包装容器としての優秀性が認められ、消防法、船舶安全法、毒物及び劇物取締法などの規制に適合した容器として認定されています。また、この一時期、5ガロン缶(1ガロン = 3.7854118リットル)とも呼ばれていたこともありました。そこで、5ガロンと18リットルを掛け合わせて、昨日の5月18日が18リットル缶の日となっています。
ブリキ缶の日本における歴史は意外と古く、江戸時代末期の文化年間(1861?1863年)に「京都の竜門堂安之助という人が、当時輸入した品物の容器であった、ブリキ函を再利用して茶筒などを制作した」と言われています。それが、18リットル缶としての容器は、明治維新により欧米文化が文明開化と同時にイギリスのサミエル商会が18リットル缶に詰めた灯火石油の販売を始めたのが始まりだと言われています。
一方、天井から突然落ちてきて出演者の頭部を直撃する「金ダライ」も、一般家庭で洗い桶として使われていました。たらいとしては、最初は、木製のものを使っていました。よく浮世絵にあるように、洗濯だけでなく、行水や、すいかを冷やすのに使ったり、出産時の産湯に使われていました。また、テレビなどの時代劇では、旅籠で客人が足を洗うのにも使っていたように、昔は水道の水を出しっぱなしで使わずにためて使っていたので、ためるために容器として使われていました。それが、第二次世界大戦後、アルミニウムやメッキ鋼板で作られるようになり、その後、トタンを用いた金だらい(かなだらい)中心となり、そして、プラスチック製のものへ変わっていきます。使い方も、洗濯用途もなくなり、行水は風呂場でシャワーを浴びるようになり、小さい洗面器になりました。この「金ダライ」の面白い使い方を最近見かけました。有名な建築家が設計した幼稚園の園庭にある流しです。その流しの水を受けるのに、この金ダライを使っていたのです。面白い発想ですね。
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空間の質2

韓国の分析では、韓国でコーナー保育が機能しているのは、「日本ではプレイルームもたくさんあるので教室を細かくコーナーで区切らなくても、子どもたちがもめずに、自分の居場所を見つけて遊べる。しかし、韓国は日本と比べてグラウンドも施設も狭いので、狭いスペースで遊ばせて、子どもたちをそのままにしておくともめるばかり。だから環境的な面からみても、韓国ではコーナー保育が役立った」としています。しかし、私が委託された研究での調査ではとても面白いことがわかりました。保育園においてコーナーの設置に影響するものに違う理由が現場では起きていたのです。
保育室の活用は、国で定められている最低基準に関係なく、その使い方は各園で工夫をしています。特に生活の場面が多い保育園では、どのように保育室を使うかは大きな課題です。実際に調査をした結果を見ると、その中で、食事、午睡、遊びの行為の切り替えが課題であるということがわかりました。住宅でも、かつてのそこで遊び、食事をし、寝るといった日本の茶の間から、3LDKというようにそれぞれの機能別に部屋が分かれてきました。さいきん、学校ではランチルームのように、教室で食事をとらないで、別室でとるところが増えています。また、同様に幼稚園や保育園でもランチルームがあるところが多くなりました。
調査では、0歳児、1・2歳児では、食事や午睡を行う場所は約9割の保育所で保育室を使用していたのに対し、3歳以上児になると、一つの行為に対して、保育室だけでなく、遊戯室や食事室など、さまざまな場所が使用されています。それぞれの機能でそれぞれの部屋が分かれているのは理想ですが、実際はそんな贅沢なことはできませんので、その使用の工夫を、実際はどのように行っているかの調査でみると、食事、午睡ともに保育室で行う割合で53.7%、食事が保育室、午睡が遊戯室など別な部屋というパターンが27.5%、食事室で食事をとる場合は10%程度ですが、そのあと、食事室から保育室へ戻り午睡をするパターンは6.4%でした。
すると、食事を食事室でとる場合と、食事室を設置していないが食事と午睡が別の部屋の場合と、食事と午睡を同じ場所で行っている場合を調査してみると、この関係が意外と保育内容や遊びコーナーに影響していたのです。食事室を設置することで保育内容に影響しているものは、食について学ぶミニキッチンの設置について、有意差が見られました。
しかし、食事室の有無よりも、食事と午睡の場が別であるかどうかの方が影響していました。特に、最近問題になっている保育園における午睡をするかしないかでは、「午睡をしない子どもが過ごせる場所がある」について大きく影響していました。
また、保育室に常時設置されている遊びコーナーの中で、ままごとコーナー、絵本コーナーなどは割とどんな条件の中でも比較的設置しやすいコーナーのようですが、造形コーナーやブロックコーナーなどは、食事室があることや食事と午睡の場を分けることが影響していました。分けることで、保育室内に空間的な余裕ができ、その結果、子どもたちが常時、造形遊びやブロック遊びができる空間ができるようです。
保育園の生活の中で大きな時間を占める食べることと寝ることを、もう少し人間らしく保障することが結局は大切であるということですね。

空間の質

 日本の保育室は狭いので、コーナーなどは設置できないと思っていますが、コーナー保育が充実している韓国では、その理由をこう考えているようです。
「日本では外で遊べるオープンスペースが広く、プレイルームもたくさんあります。だから、教室を細かくコーナーで区切らなくても、子どもたちがもめずに、自分の居場所を見つけて遊べるのです。でも、韓国は日本と比べてグラウンドも施設も狭いので、狭いスペースで遊ばせて、子どもたちをそのままにしておくともめるばかり。だから環境的な面からみても、韓国ではコーナー保育が役立ったんですね」
子どもがもめるので、コーナーを作ったというのは面白いですね。というのは、普通であれば、このコーナーを使う時間帯は「自由選択遊び」と位置付けているように、先生が一斉に何かやらせるのではなく、子どもたちがやりたいことを自由に選択できるための環境のためだと思いますし、日本では、広いので自分の居場所を見つけやすいけれど、狭い韓国では見つけにくいので、コーナーで区切ったといいます。日本のように、ただ広い空間の方が、自分の居場所を見つけにくいと思うのですが。
 もう一つ、環境の質として、その空間にどのようなものの環境を用意するかを考えないといけないと思います。たとえば、あるコーナーには、テレビが置いてあって、いつでもお笑いが見れるとか、あるコーナーには漫画が置いてあるとか、テレビゲームを一日中やることができるとかいうことで自分の居場所を見つけてはおかしなことになります。韓国では、どんなものを用意しているかというと、まず、教材の量は日本の比ではないくらい多いようです。これは、ドイツやフランスに行っても感じることですが、棚いっぱいに積まれてあります。日本では、目移りするからとか、散らかすだけだからと言って、ほとんどない状態です。ですから、子どもが遊ぶものを選ぶというよりも、先生が出して遊ばせるような保育になってしまうのでしょう。さすが、教育にかけるお金が対GNP比で7.1%もあり、世界第2位のわけです。
 そんな教材の中で、最近「21世紀に向けての創造性開発としてのアイデンティティ定着のための伝承遊び教育」が意識的に取り組まれているようです。私の園でも、「伝承遊びゾーン」が用意されています。
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その意図を私は、「所属観をきちんと持つことにより、自尊感情を持ち、世界に貢献できる人材となる」と思っています。
 その他、すごろくなどのような社会領域を学ばせる目的のものや、発想を刺激するものも多いようです。たとえば、コンピュータにしても、それを使って自分の遊び道具を作ったり、お話をインターネットで調べたりするときなどに使うようです。
 「こどもにとって良い環境とは?」ということはとても難しいことです。それは、生きることの意味を問うているようなものだからです。しかし、少なくとも、「こうしてあげよう」「このようにさせよう」ということではなく、レッジョ・エミリアの教育方法の創設者のひとりであるローリス・マラグッツィさんが言っているように「子どもは教えさえすれば受動的に学ぶのではなく、子どもが何か自ら主体的に行為する中に学びは存在している」ということを再度確認すべきだと思います。

保育室という空間

 保育室という空間の問題は、単純に広さだけの問題ではありません。その質が子どもに影響します。その環境の質も評価しなければなりませんが、日本では、昨日のブログだけでもわかるようにどうも収納する場所という意識が強いようです。今回、学習指導要領、幼稚園教育要領、保育所保育指針が改定されました。それは、教育、保育の内容を見直したものですが、それに伴う教室、保育室の室内、屋外環境も見直さないといけないのですが、どうもあまり連動していないようです。
 ある幼児教室のパンフレットに韓国の幼児施設が紹介されていました。韓国では、いま国民全員でとても過激な受験戦争に翻弄され、かつての日本における子どもを大人がただコントロールしているイメージがあります。しかし、そのやり方を幼児期から行ってしまうと、学校教育にはスムーズに移行せず、かえって言われたとおりに動くだけの人材になってしまうことに気付き、保育の質を見直す動きが始まっています。子どもを宝だと思う国だからこそ、日本と違ってその変化は速いようです。そんな日本との違いを、このパンフレットの中で名古屋市立大学教授の丹羽さんと韓国慶南大学校教授の朴さんが話をしています。
「韓国の幼児教育が日本と一番違う点は、コーナー保育をとてもきちんと実施しているところですね。コーナー保育とは、各教室や、園全体をコーナー的な発想で区切って、子どもたちに好きなコーナーに行って遊ばせること。科学、言語、ままごと遊び、音律活動コンピュータコーナーなど、6から10コーナーくらいに区切られていて、コーナーには、いろいろな遊びの教材が置いてあります」
 この中で、このコーナー保育は日本にもアメリカから入ってきたけれどあまりうまく機能していないといいます。それは、空間はその環境を用意するだけでなく、その次のその使い方にあることを示唆しています。
「日本では登園してきた子どもたちをまず1時間くらい自由に遊ばせる自由遊びの時間がありますが、その時間を韓国では“自由選択遊び”として運営しています。それは先生がその日のテーマに合わせていろいろな教材をコーナーに置いておくと、そこへ子どもたちが入ってきて、教材を選んで遊ぶやり方のこと」
 韓国では1980年以前は日本と同じような教育を行っていましたが、1982年制定の幼稚園教育課程から、コーナー保育を取り入れてきました。韓国も日本も、アメリカの教育の影響は受けていますが、コーナー保育が根付かなかった日本に比べ、なぜ韓国ではここまで定着した背景に、幼稚園、保育園の施設環境が影響しているといいます。その分析を、私は面白く感じました。なぜかというと、そこには保育室の広さが影響しているというからです。日本で、基準の保育室が子どもにとって狭いと言われ、それは狭いと子どもは走りまわれないからだと思っている人が多いような気がします。そうでないところでは、狭いといろいろなコーナーが作れず、また作っても食事の時や午睡の時には片付けざるを得ないから常設のコーナーは無理だと思っています。どちらにしても、日本の保育室は狭く、全く貧弱であるということはだれでも思うことです。しかし、韓国の人はそう思っていないようです。(続く)

空間2

 保育所における保育室の広さの最低基準が国によって定められていますが、この決め方を見ると、日本の空間に対する考え方がわかります。日本では、「保育室又は遊戯室の面積」ということで、幼児一人あたりの面積が決められていますが、この保育室は何をする部屋であるかというと、もちろん子どもが遊ぶところという言い方になりますが、実際は、この部屋で遊ぶだけでなく、食事をし、休息、昼寝をしたりします。その大きさが、一人当たり1.98?ということは、寝食遊のために別々の空間を用意することはできず、遊んだ後でそこを片付けて食事にし、それを片付けて昼寝をします。ですから、外国の人に驚かれるのですが、日本の机は足がたためるようになっているのです。また、イスは積み重ねられるようになっています。こんな生活を見ると、私は子どもの頃に食事をした後で、ちゃぶ台を片付けて布団を敷いた戦後間もなくのころの生活を思い出します。
 こんなことを考慮してフランスなどでは広さを決めています。パリでは、子ども一人あたり知育室のみで3.1?、知育室と午睡室兼用の場合5.5?と決めたり、ロワール県では、遊戯室として3?、休息室として3?というように分けています。イヴリン県では、子供専用区画として6?8?、知育室3?4?、食事コーナー0.8?、午睡室1?、トイレ0.6?というように細かく分けて基準が設定されています。また、イングランドでは「子どもが使用できる純空間」として2歳未満3.5?、2歳児2.5?、3歳以上児2.3?と決まられています。ニュージーランドでも、「子どもの遊びに供せない区域は含まない」という表現も用いられています。
 それにしても日本における生活の貧困さを感じます。そうでなくとも、単純に2歳一人あたりの面積を比較しただけでも、フランス、アメリカ、ドイツ、ニュージーランド、イングランドの州、県、市における基準の中で日本は最も小さい広さです。こ日本における子どもの生活の貧困さは、フランスの県レベルで保育所施設推奨基準を見ても感じます。「施設入り口」の条件に「一番大きな子どもが、着替えのために寝転んだり、座れたりするスペースを確保することが必要である」とあります。日本では、入り口には、靴を収納するだけのシューズボックスが並んであるだけのところが多く、座る場所や、ましてや寝転ぶ場所として確保することは想定されていません。また、「事務室」の内容に「最低でも、両親と2人の子どもを受け入れられる広さの面積が必要である」とあり、事務所とは、単に事務をするところということだけではなく、家族との面談の場所として捉えており、そのような役割を園は担っていることが理解できます。
そのほかにも、「調理室」を、「このスペースは、遊戯室(保育室)から離すことによって、子どもが食事やその他の活動の時間を静かに過ごすことができるようにすること」と決めてあり、日本で多く見られるような保育室のように元気よく活動する場所で食事をすることは考えていないようです。また、「衛生室」として、オムツ交換台やトイレの基準が決められており、トイレのところに「小さなサイズのトイレ」ということと、「子どものプライバシーを尊重し、お互い離れた場所に配置すること。子どもが水を流す装置を作動させることができるようにする」とあります。この基準は、2歳までの保育所ですが、お互いのトイレを、水を流す音があまり聞こえないように離すようにというような細かい配慮もされています。
ここまで見てくると、生活の貧困さだけでなく、子どもに対して、その人権への配慮や一人の人間としての尊厳を大切にしていることがわかります。

空間

子どもにとって生活するうえでの空間は必要です。それは、最近の子どにかけている三間と言われる「仲間」「時間」と「空間」は少し違います。昨日のブログのように「仲間」や「時間」は子どもが主体的に過ごす仲間や時間がなくなってきたということですが、「空間」は必ずしもそうではありません。たとえば、食事をする場所が必要だかといっても、なにも主体的に食事をしようが、給食のように与えられて食事をしようが空間的な広さにはそう関係ありません。しかし、空間のしつらえである子どもの発達に影響するような環境としての「空間」は、変わってきます。
問題は、まず、空間が広さとしてどの程度子どもにとって必要であるかということです。そのときに、まずその空間でどのようなことをするかによって広さが決まります。たとえば、多くの保育所では、0?6歳までの子どもを11時間以上保育しており、そこでは養護と教育の一体提供としての保育、食事やお昼寝、排泄等、さまざまな営みが行われています。そのなかで食事をする場合は、どのくらいの広さが必要であるかということはほぼわかっています。平均的スケールは、「建築資料集成」という本に載っていますし、実際に子どもが食べている場面で計ってみればわかります。しかし、そのときに、子どもがひとりで食事をするときと、数人で食事をするときの一人あたりの面積は若干違いますし、子どもの食事を大人が介助する場合の広さも違いますし、食事の前に配膳したり、終わって片づけをしたりする場合も違ってきます。ですから、食事をするときに必要面積は、決まってくるといっても、どのように食べさせるかということで違ってきます。
お昼寝に必要な面積もほぼ決まってきます。しかし、一斉に同じ時間に寝かせるときと、個々によって眠くなる時間に合わせて寝に行くようにしたり、自分で起きてきたりする場合はベッドの間に通路を作らないといけないので、必要な広さは若干違ってきます。ですから、子どもの生活に必要な広さは、子どもの体位や動作に必要な空間の大きさ等に違いがあるだけでなく、本来は子どもの活動と保育内容に必要な環境・空間として、面積に加え環境の質で規定していくことが必要になってきます。
そんな子どもにとって必要な空間について難しいのは、子どもにとって最も重要な「遊び」の空間です。子どもの遊びにとって、どのくらいの広さが必要であるかという議論はとても難しいです。しかし、保育室では、その使用はほとんど子どもの「遊び」ですから、厄介です。それは、園庭の広さも同様です。子どもの遊びは、単純に「広いからいいね」といって、いつも学校の校庭で遊ばせればいいわけではありません。私の園で、押入れを改装して、子どもの遊び空間を作りましたが、その狭い中に入って、子どもが遊ぶことも子どもにとっては興味深いようです。
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保育園では、年齢によって、保育室の広さの最低基準が決められています。いちばん小さくていいのは、もちろん、まだ寝返りがやっとの赤ちゃんです。「乳児室の面積は、乳児又は前号の幼児一人につき一・六五平方メートル以上であること」と決められています。赤ちゃんは次第にハイハイをするようになります。すると、這う距離が必要になります。ですから、「 ほふく室の面積は、乳児又は第一号の幼児一人につき三・三平方メートル以上であること」となり、少し大きくなります。しかし、じっと座れるようになると、また、必要面積は小さくなります。そのかわり、園庭が必要になります。「保育室又は遊戯室の面積は、前号の幼児一人につき一・九八平方メートル以上、屋外遊戯場の面積は、前号の幼児一人につき三・三平方メートル以上であること」この広さを見ると、国は乳幼児にはどのようなことをすればよいかがわかります。では、外国ではどのように考えるのでしょうか。以前に少しブログでも書きましたが、もう一度整理してみたいと思います。(続く)

三間

 今の子どもたちは「三間」がないと言われています。それは、「仲間」「時間」「空間」です。では、子どもにとって仲間は何人いればよいのでしょうか。どのくらいの時間があればいいのでしょうか。どのくらいの広さがあればいいのでしょうか。少し前に、保護者会である保護者に「家庭で気をつけることは何でしょうか?」と聞かれたので、「今、キャンペーンを張っているものに“早寝、早起き、朝ごはん”というのがあります。子どもはなるべく早く寝かせてあげてください」と言ったら、ある父親から「何時に寝れば、早寝になるのでしょうか?」と聞かれました。そこで私は、「幼児であれば、8時くらいに寝かせればいいのではないですか」と答えたら、「園が8時半までやっているので、それは無理ではないですか?」と言われてしまいました。「早く寝ましょう」と言っても、いったい何時なら早いのか迷うかもしれません。
 そういう意味では、最近の子どもは、仲間がいないと言われても、何人であれば仲間なのでしょう。2人であれば確かに複数になりますが、なんだか仲間ではない数です。また、何で仲間がいるのかというと、一緒に遊ぶからです。ということは、遊ぶために必要な子どもの数となると、その遊びの種類によります。野球の試合をやろうとして、仲間を集めるとすると、18人必要になります。ゲームでも、人生ゲームなどは4人必要ですが、将棋をやろうとすれば2人で間に合います。簡単に、「今の子は、仲間がいない」とは言えないかもしれません。
 時間にしても、「今の子どもは時間が足りない」と言われても、では、10分あればいいのか、1時間必要なのかよくわかりません。何で時間がないかというと、遊ぶ時間がないということとすると、仲間と同様、何の遊びをするために時間なのか、何をするために時間なのかによって違ってきます。しかも、時間がないといってもみんな公平に1日24時間使える時間があります。子どもだけが、時間が少ないわけではありません。
 こうして考えると、仲間や時間がないというのは、絶対的な量ではなく、子どもが主体的に遊べる仲間がいないことと、子どもが主体的に遊べる時間がないということなのでしょう。そうであるとしたら、子どもから「仲間」「時間」をなくしているのは、大人のせいなのではないでしょうか。子どもの世界に大人が干渉し、仲間を本人の意思に関係なく大人が構成し、子どもの時間を大人がすべてコントロールしているということになります。
 このように大人が子どもの世界に干渉するというのは、少子社会であることも影響しているでしょう。子どもの数が少ないと、子どもの行動が目につくからです。また、その行動に口を出すことができるからです。
 そんな中で、「空間」が今の子どもにないということはどういうことでしょうか。小学校や幼稚園、保育園などの子どもの施設には、子どもに必要な最低の空間の広さが決められています。その広さは、子ども一人当たりどのくらいの広さが必要かということです。たとえば、保育園については、現在は、2歳から6歳時には一人当たり1.98?と決められています。では、どうしてその広さが決められているのでしょうか。また、何をするために必要な広さなのでしょうか。ちょっと、考えてみたいと思います。(続く)

ごみ

 先日の記事で世界遺産の地ではごみ問題が深刻化していることが問題になっていました。また、富士山のようにごみの問題で世界遺産に登録できないところもあります。人は生活をする上でごみが出ることは仕方ないことがあります。しかし、そのごみがどうなるかは人任せのところがあります。誰かが、どこかで何とかしてくれるだろうとか、自然と消滅するだろうと思ってしまうのです。しかし、消滅せずに残ってしまう素材もありますし、いくら自然素材を使っても、消滅をするのには時間がかかります。そこで、それまでどこかに置いておかなければなりません。それぞれが、好きな所に捨てていたら、すぐに町はごみだらけになってしまいます。縄文時代の青森の三内丸山遺跡跡では、ごみがきちんと燃えるゴミと燃えないごみとに分別され、ごみ収集所に集められている遺跡が発掘されています。
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このように、ある大きさの集落を形成するようになると、やたらなところには捨てるわけにはいかなくなるのです。
 人口が密集していた江戸時代の江戸の町では、最初は、自分が住んでいる近くの川や堀や空き地にごみを捨てていました。人口が増えてくると、それではごみが腐り異臭を放ったり、川が汚れたり、大変なことになってきました。そこで、困った江戸幕府は、1655年11月、「ごみは永代島に捨てるように」と、ごみを捨てる場所を決めました。しかし、そこまでみんなが常に捨てに行くことはできません。そこで、地域には、一時ためておく場所を決め、そこから定期的に永代島に捨てに行くようになったのです。その一時ためておく場所として、町ごとに空き地に穴をほって仕切り板で囲った共同のごみためを作り、ごみを上からそこに投げ入れて捨てます。たいていのごみためは井戸やトイレのそばの、そのごみを船に積むのにべんりなところに作られました。それは、このごみを永代島に運ぶのには、船を使ったからでした。そして、大きなごみためから船にごみを移すのは、船を動かす人の仕事でした。そうやって永代島に運ばれたごみは、永代浦あたりに埋め立てられていきました。今の夢の島のように、海岸線に埋立地がこうやって作られていったのです。
 現代、ごみは、捨てられるものと、再利用されるものと、再使用するものに分けられて捨てられます。そのときに、それぞれの家庭でいらなくなったものは、とりあえず「ごみ箱」に捨てられます。たまに大切なもの、あとから使えるものをごみ箱から急いで探すこともあります。しかし、ごみ箱をごみ収集所に持っていかれてしまったら、いくら後で使いたいと持っても、大切なものを捨ててしまったと思っても取り返しがつきません。逆に、大切な情報などは、不用意に捨てると誰かに使われたり、悪用されかねません。ですから、最近は家庭用シュレッダーがはやっていて、細かく割いて捨てるようにもなりました。
 パソコンを使っている時、便利なのは、そこで作ったデータなりを後で再利用したり、再使用することができます。しかし、何でもかんでもとっておくと、いっぱいになってしまうので、いらなくなったもの、もう使わないであろうデータは「ごみ箱」に捨てます。そのときに、大切なものを捨ててしまった時、ごみ箱をひっくり返して中身を全部出して、その中から使えるものを探し出すことがあります。そのときに、まだごみ箱の中に残っている場合はいいのですが、ごみ箱をからにした後で思い出して困ることがあります。
 しかし、パソコンは私にはよくわからないところがあって、実は、ごみ箱をからにするだけではデータは完全に消去できないようです。市販のデータ消去ソフトを何回も使わないといけないようです。いまや、ごみの処理はパソコン上でも厄介ですね。