保育所における保育室の広さの最低基準が国によって定められていますが、この決め方を見ると、日本の空間に対する考え方がわかります。日本では、「保育室又は遊戯室の面積」ということで、幼児一人あたりの面積が決められていますが、この保育室は何をする部屋であるかというと、もちろん子どもが遊ぶところという言い方になりますが、実際は、この部屋で遊ぶだけでなく、食事をし、休息、昼寝をしたりします。その大きさが、一人当たり1.98㎡ということは、寝食遊のために別々の空間を用意することはできず、遊んだ後でそこを片付けて食事にし、それを片付けて昼寝をします。ですから、外国の人に驚かれるのですが、日本の机は足がたためるようになっているのです。また、イスは積み重ねられるようになっています。こんな生活を見ると、私は子どもの頃に食事をした後で、ちゃぶ台を片付けて布団を敷いた戦後間もなくのころの生活を思い出します。
こんなことを考慮してフランスなどでは広さを決めています。パリでは、子ども一人あたり知育室のみで3.1㎡、知育室と午睡室兼用の場合5.5㎡と決めたり、ロワール県では、遊戯室として3㎡、休息室として3㎡というように分けています。イヴリン県では、子供専用区画として6~8㎡、知育室3~4㎡、食事コーナー0.8㎡、午睡室1㎡、トイレ0.6㎡というように細かく分けて基準が設定されています。また、イングランドでは「子どもが使用できる純空間」として2歳未満3.5㎡、2歳児2.5㎡、3歳以上児2.3㎡と決まられています。ニュージーランドでも、「子どもの遊びに供せない区域は含まない」という表現も用いられています。
それにしても日本における生活の貧困さを感じます。そうでなくとも、単純に2歳一人あたりの面積を比較しただけでも、フランス、アメリカ、ドイツ、ニュージーランド、イングランドの州、県、市における基準の中で日本は最も小さい広さです。こ日本における子どもの生活の貧困さは、フランスの県レベルで保育所施設推奨基準を見ても感じます。「施設入り口」の条件に「一番大きな子どもが、着替えのために寝転んだり、座れたりするスペースを確保することが必要である」とあります。日本では、入り口には、靴を収納するだけのシューズボックスが並んであるだけのところが多く、座る場所や、ましてや寝転ぶ場所として確保することは想定されていません。また、「事務室」の内容に「最低でも、両親と2人の子どもを受け入れられる広さの面積が必要である」とあり、事務所とは、単に事務をするところということだけではなく、家族との面談の場所として捉えており、そのような役割を園は担っていることが理解できます。
そのほかにも、「調理室」を、「このスペースは、遊戯室(保育室)から離すことによって、子どもが食事やその他の活動の時間を静かに過ごすことができるようにすること」と決めてあり、日本で多く見られるような保育室のように元気よく活動する場所で食事をすることは考えていないようです。また、「衛生室」として、オムツ交換台やトイレの基準が決められており、トイレのところに「小さなサイズのトイレ」ということと、「子どものプライバシーを尊重し、お互い離れた場所に配置すること。子どもが水を流す装置を作動させることができるようにする」とあります。この基準は、2歳までの保育所ですが、お互いのトイレを、水を流す音があまり聞こえないように離すようにというような細かい配慮もされています。
ここまで見てくると、生活の貧困さだけでなく、子どもに対して、その人権への配慮や一人の人間としての尊厳を大切にしていることがわかります。
何年か前、時の総理大臣が「子どもは国の宝」という発言をして物議を醸したことがありました。確かに少子化は、将来の日本の労働力の不足や年金財政の破綻を招く可能性があることを思えば、国として子供を大切にしないといけないという発想は分からないではありませんが、では、子どもは国家を存続させるために生まれてくるのかというと、そうではないと思います。大人にも人権があるように、子どもは子どもとして幸せに生きる権利がある。フランスの保育室の広さの基準が、日本に比べて優れて広いのは、人権国家としてのフランスの成熟度を表すものですね。日本がフランスに追い付くのはいつのことでしょうか。
「機能面に着目した保育所の環境・空間に係る研究事業」の報告書を毎日眺めています。
今日のブログの内容も活用させてもらいます。
トイレでのプライバシーの話はちょっとドキッとしました。子どもの人権を大切にしようと思いながらも、大人のそれとは同じに考えていないことに気づかされます。子どもの環境を考えるとき、大人と同様に一人の人間として考えなければ、幼児教育のあり方も変わっていかないのかもしれませんね。
外国と日本の面積の基準を比べると、広さは違いますが入り口や事務室、調理室、トイレにしても各スペースが一つ一つがちゃんとした意味があることが日本と考え方が全く違うと思いました。子どもの目線で見ることも大切ですが、一人の人間としてのプライバシーや尊厳を大切にしていることが分かりました。
保育園勤めを始めた時、子どもたちが一つのお部屋の中で遊ぶ、食べる、寝るを行っていました。私が子どもの頃は遊ぶと寝るは同じ部屋でしたが「食べる」は別の部屋でした。大学院の学生であった時、友人の家が下宿屋を営んでいたので六畳一間で暮らしたことがありました。それでも食堂は別にありました。私自身の経験からしても「食べる」「寝る」が同じ部屋で行われていることには感覚的に馴染めません。東南アジアのスラムでは致し方なく一つの部屋で「食べる」「寝る」を共同している現場に出くわしました。さて、面積基準の調査、極めて画期的とは思いますが、もしできれば、全国にある認可保育園のうち一つの部屋で遊・食・寝が行われている園がどれほどの割り合いなのかを経年調査してもらいたいと思います。園舎構造に関する意識の変化を読み取り今後の施策に反映できるのではないでしょうか。