ツツジ

 今は、東京では街路のわきでオオムラツツジが満開です。
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先日のブログに、ソメイヨシノの発祥の地の「染井」に住んでいた植木職人の伊東伊兵衛のことを書きましたが、実は、彼は桜というよりもツツジについての専門家でした。彼は、元禄5年(1692年)に「錦繍枕」を刊行していますが、この書籍は、世界最古のツツジとサツキ専門書です。また、彼は、同時代に江戸で活躍した音楽家佐山検校とともに「躑躅(つつじ)」という長歌もの地歌曲を作っていますが、この歌詞の中には、ツツジが22品種詠み込まれています。
 染井の伊東伊兵衛は、「花屋の伊兵衛といふ, つつじを植しおびたゝし,」と言われるほど、たくさんのツツジを植えたようです。なぜ、そんなにたくさんのツツジを所有するようになったかというと、享保4 年 (1719) の自序がある辻雪洞著「東都紀行」にこのように書かれてあります。「杜鵑花(サツキ)今さかりの家有、是なん躑躅(ツツジ)や猪兵衛とて、江北の木商なり、其初めは、藤堂大学頭高久の露除(つゆよけ)の男成しに、大学頭、
草花の類当座に移し持たせ、花過れば悉くぬき捨させけるをば、此伊兵衛植ためけるより、次第次第に、きり島つゝじ、百椿、牡、芍、さしぬ花の木、百竹、百楓、百梅、百桜などゝ、すけばあつまる所成べし。」
伊藤伊兵衛という名は、代々襲名された名前ですが、三代目は、伊藤伊兵衛三之丞といいます。彼は、藤堂大学頭その下屋敷で露除といういわば庭師のような下男のような仕事をしていました。その屋敷でいらなくなった花などを藤堂が彼に持たせ、彼はそれを自分の庭に移植しました。そこで、彼の庭にはたくさんの花や樹木が植えられたのです。その中で「霧島ツツジ」は見事で、彼は自分のことを「きり嶋屋伊兵衛」と名乗ったほどでした。その環境の中で育ち、日本で一番の植木職人になったのがその子、4代目の伊藤伊兵衛政武です。その墓に行ったときのことを書いたのが前回のブログです。
この伊兵衛が活躍する場が多くあったのは、江戸時代の将軍、「家康」「秀忠」「家光」はとても花好きだったそうですし、参勤交代が、全国各地から様々な花卉や草木を江戸にもたらしたことも影響しています。また、江戸の大火と言われる火事が何度か江戸を襲います。そのためい、江戸屋敷は、庭を広くとり、数々の花や樹木を庭園に植えたので、植木職人の需要が多かったようです。それから、徳川の世になり、各地での戦いがなくなり、時代的に安定し、生活にゆとりが生まれたことも影響したでしょう。
伊兵衛父子の著作である「錦繍枕」は、父は自分の最も得意とするツツジ、サツキに関して書かれ、全体的なものとして「花壇地錦抄」をあらわします。この本がベストセラーになり、幕末になって同じ装丁で「長生花林抄」というタイトルで出版されました。その巻頭言には、こう書かれてあります。
「古にいはく 肘をまげて枕とす 楽 其中にありと 僕がたのしみハ花なり 紅の色々ある中に一花数品の変化あるものハ 躑躅きりしまさつきなり 其かたちを委く 画き接木またハ土かひ養ふことまでを書あつめ一巻の草紙となし錦繍枕といふ…」
確かに、花を眺めることは、どの季節でも楽しみです。しかし、その中でも特にツツジが伊兵衛は好きだったようです。そう思って改めてツツジを眺めると、そんな気がしてきます。

ツツジ” への4件のコメント

  1. 桜が散ってしまったと思ったら、今度はツツジがきれいに咲いています。季節の変化に合わせていろんな花が咲いていくのを見るのは本当に気持ちがいいです。先日ツツジのそばで作業をしていると、粘着性の葉が服やズボンのいたるところにくっついてしまい、取るのに一苦労でした。そんなこともあって少し腹が立ちましたが、ツツジの花がきれいなことには変わりありません。こちらの心のあり方ひとつです。

  2. ソメイヨシノやツツジのルーツをたどると、徳川将軍や参勤交代まで歴史をさかのぼることができるんですね。花の世界に興味を向けるといろんな発見があるものです。ツツジと言えば、山のツツジもそろそろ満開の時期になってきました。九州では、ミヤマキリシマが有名ですが、主に火山が噴火した後に他の植物に先駆けて生息するそうです。そういえば、四国のツツジで最もポピュラーなアケボノツツジも、急峻な崖地を好んで花を咲かせます。新居浜市の西赤石山などは、山肌全体がピンク色に染まるほどきれいです。明日から待望のGWの登山です。春の山の花の競演を楽しんできます。

  3.  写真のツツジはとても綺麗に咲いていますね。ツツジは普段道路の脇などで、よく見かける花ですが、正直言いますと、まじまじとは見ない花です。そんなツツジも古くから伝わる列記とした花の一つなんですね。いま、色々なところでつつじの花が咲いていますが、それは伊東伊兵衛がツツジの専門書を作り、それが代々伝わってきている結果かもしれませんね。

  4. ツツジは私たちの住まいの隣の清掃センター前にたくさん植えられていて花満開の頃はツツジ花の絨毯が敷き詰められたような見事な景観を提供してくれます。街路にもツツジの植え込みがあります。時期になるとピンク色の花を咲かせ美しい。それにしても「躑躅」という地謡があるのも驚きですが、ツツジに22の品種がある、というのも驚きです。私たちは一言「ツツジ」で済ませてしまいます。江戸時代に22品種ですから現在ででは何種類くらいあるのでしょうか。相当ありそうな気がします。無論「つつじ園」があったり「つつじ祭り」が開催されたりしているのでしょう。そう言えば平泉中尊寺の北上川向こうにある束稲山は西行法師が「吉野のほかにかかるべしとは」と和歌に詠んだ桜の名所でしたが、現在はツツジの名所、となっていることを何かで読んだ記憶があります。ツツジの季節に彼の地を訪ねてみたいものです。

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