籠と手ぬぐい

 先日、山手線に乗ったとき、私が子どもの頃によく見かけた乗客を目にしました。それは、頭に手ぬぐいをまいて、茶色や紺の大きな風呂敷に包んだ大きな荷物を背負ったおばちゃん(おばあちゃん)を数人見かけたのです。普通であれば、席を譲られるであろう年齢の女性が、自分の背丈ほどあろう大きさの、四角に包み込まれたいかにも重そうな(30?から50?を越えると言われています)荷物を背負って、まだラッシュがおさまらない朝早くに電車に乗っているのです。
 彼女らの多くは、常磐線沿線の農家から、都区内に野菜などを売りに行く「行商のあばちゃん」なのです。私は、子どものころは総武線沿いの浅草橋の駅の近くに住んでいて、中学校は神田駅の近くでしたので、浅草橋から総武線で秋葉原までひと駅乗り、山の手か京浜東北線に乗り換え、ひと駅神田駅まで乗って通学していたので、よく見かけたので、家にも売りによく来ていたので、街中でもよく見かけた姿でした。
電車に乗っているときには、彼女らは席には座らず、荷物を席に置き、その前に立ちます。それは、降りるとき背負うのに、座席の高さを利用して、腰をかがめ、背中に背負うのです。背負い縄は、肩が痛くならないようにカラフルなで太く編んだものです。背負っている荷物は、たいていは、何段にも積み重ねた大きな背負い籠をに入れていることが多いのですが、背負子に積んであることもあります。背負子とは、木枠に短い爪をほぼ直角に付け、その水平な爪に荷物を載せ、背負い縄で負う形式の運搬具です。
彼女らの特徴は、どうしてかわかりませんが、背の低いお年寄りが多いことです。これは、たぶん、背が低いほうが腰を痛めないのでしょう。もう一つの特徴は頭に手ぬぐいをかぶっていることです。広げた手ぬぐいの中央を額にあて、左右から後ろに回し、端を折り返して頭上 にのせたり、その三角の先を前に持ってきて、額のところに挟んだりする、いわゆる昔から働く女性の手ぬぐいのかぶり方である「姉さん被り」というものです。
最近、園では季節柄の手ぬぐいを装飾に使っていますが、もともとは、手・顔・体などをぬぐったり、かぶり物にする布でした。そして、ふつう一幅(曲尺の一尺一寸五分、約34.8cm)で、二尺五寸から三尺(約113.6cm)ぐらいの長さですが、古くは六尺や五尺の長手ぬぐいもありました。この長い手ぬぐいは鉢巻・かぶりものや、帯の代わりにも使われました 。
手ぬぐいを被ったというと、こんな花足を思いだします。「笠は 五枚編んだのですが、お地蔵様は六体おられたからです。はて、こまった。このままでは こちらのお地蔵様がお寒かろう・・。そして ふと思いついて、自分の頭にかぶっていた手ぬぐいを 最後のお地蔵様の頭にかぶせ」という「笠地蔵」です。このように、もともと手ぬぐいは、日除け・ほこり除けで頭を保護する以外に、慎みや信仰の表現でもあったので、かぶりものにするのが本来の使い方だそうですが、そうであればどうして「手をぬぐう」という「手ぬぐい」という名前になったのでしょうね。
まだまだ都会でも、手ぬぐいを頭にかぶった姿が見られますが、いつまで見ることができるのでしょうね。

籠と手ぬぐい” への5件のコメント

  1. 東京の行商のおばちゃんは、電車で移動して商売に行くようですが、うちの田舎では、「いただきさん」といって自転車型のサイドカーに魚市場で仕入れた魚を詰めて、街中で売り歩くスタイルが一般的です。消費者の生活スタイルの変化や、高齢化で行商人も少なくなったようですが、歴史もあって、街の風物詩でもある「いただきさん」が観光資源としての価値を見直されています。コンビニやスーパーに行っても、マニュアル通りの応対で、ほとんど顔を合わさないで買い物を済ます時代に、高齢者にとっては、買い物ついでに行商の人と交わす何気ない会話が何よりの楽しみなんでしょうね。そう言えば、北海道では、高齢者相手に車で日用品の移動販売をする業者がいて、結構売上を上げているようです。やっぱり、商売の基本もコミュニケーションですね。

  2. 山手線でそうした姿を見かけることが意外に思いました。でも、人が生活しているのですから不思議なことではないですね。私の住んでいるところではよく見かけます。今の子どもは分かりませんが、私が子どもの頃は背負い籠(“おいこ”と呼んでいました)を背負ってたけのこを運んだりしていました。そういえば手ぬぐいもよく使われていましたね。あらためて考えてみると、そうした風景がずいぶん変わってきています。

  3.  実際に、手ぬぐいを被って、大きな箱を背負っているお婆さんは見たことがないので、なんとも言えませんが、母方の祖母は畑作業をしているので、それなりの格好をしています。ですから想像は出来ますが、そんな格好をした人が東京の山手線を乗っていると考えるのは、全く想像がつきません。ですが、そうやって昔から方法を変えず商売をしている人がまだまだいるという事は、今の時代とても貴重なことだと思います。いつまで続くかは分かりませんが、出来る限り続いてたくさんの人に知ってもらいたいと思いました。

  4. 高校時代、学校への通学車内で街の魚菜市場へ向う行商のおばさんたちと一緒になることがよくありました。私が通った高校は港町にありましたから「行商のおばさん」たちからは磯の香りが漂っていました。そして行商のおばさんどうしでタッパに詰め込んだタクアンを賞味しあっていました。「磯の香り」と「お香こ」の香りが入り混じってそれはそれは・・・。田舎の高校のことなので今はどうなっているかわかりません。おそらく世代交代しているでしょう。現役の「行商のおばさん」たちはもちろん自動車を運転して市場まで行くはずです。ところで私もよく山手線には乗りますが「行商のおばちゃん」にはいまだお目にかかったことがありません。いつか是非に、と思いました。

  5. 私も出勤途中に良く見かけます。
    行商のおばあさんを見かけると、俺ももっと頑張らないとという気持と同時に、体に気をつけて長生きしてくださいって心で言ってます。

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