映画のレッドクリフPartⅡは、日本人が好きな三国志を題材にしているので大当たりのようです。この三国志は、話の展開が面白いだけでなく、それぞれの作戦の駆け引きの痛快さがあり、その場面が逸話として伝えられ、日本でも名言になったり、慣用句になったりして、普段からなじみのある言葉が多いことも人気の秘密かもしれません。その中で、映画の主題である「赤壁の戦い」は、三国志の序盤のハイライトだけあって、さまざまな逸話が生まれています。しかし、それは、事実というよりも、それを面白おかしく爽快に伝えているので、本によって少し違っています。
有名なものに、「反間の計」、孔明が夜陰に紛れて矢を盗む「草船借箭の計」、曹操の艦隊を鎖で繋ぐ「連環の計」、そして、先日書いた「東南の風」などがあります。
その中の「苦肉の策(くにくのさく)」は、映画では少し違って描かれていましたが、この言葉は今でも「苦し紛れに生み出した手段・方策」という意味の慣用句として使われています。もともとは、この兵役の戦いで使われた作戦の一つで、害は他人から及ぼされるもので、自らは及ぼさないであろうという人の心理を利用したもので、「苦肉の計」「苦肉の謀」ともいわれています。
周瑜率いる劉備・孫権連合軍が、曹操軍の艦隊に立ち向かうために火で焼き払う「火計」という作戦を用いるのですが、誰が敵陣に潜り込んで火をつけるかというときに、周瑜の家来であった黄蓋が提案した計画です。黄蓋は、この戦いで曹操軍に対抗するための有力な対抗案が出せないとして司令官である周瑜を罵倒します。しかし、周瑜はこの言動を咎め、兵卒の面前で鞭打ちの刑に処します。黄蓋の体は傷だらけになり、敵である曹操軍に投降を申し出ます。曹操は最初疑っていましたが、蔡和から黄蓋が杖百打の刑を受けたという手紙を受け取ると、使者の言っていることが真実だと信じて投降を承知します。こうして偽装投降に成功した黄蓋は曹操軍に放火することに成功し、曹操軍は壊滅することになるのです。
また、中国のことわざに「ガチョウの羽根の扇子を揺らす(揺鵞毛扇)」という言葉があります。何かを画策する様子を指しています。映画の中でも、諸葛孔明はいつも手に「羽扇」というガチョウの羽で出来た扇子を持っています。扇子というより、団扇(うちわ)のようです。この扇子は、後漢から晋時代にかけて文人の間で流行していたものを、諸葛亮も白羽扇を愛用していました。三国志描いたどんな作品にも、ほとんどの孔明は白羽扇を持っています。映画の中で、周瑜が「なぜ羽根扇子を持っているのか」と孔明に聞いたら、孔明は、「熱くならないためです。」と答えたので、周瑜が「あなたのような人でも熱くなることがあるのですか」というシーンがありました。
また、「華容道(かようどう)」という言葉がありますが、これは場所の名前です。赤壁の戦い後、曹操は退却するときに華容道を経て江陵に向かおうとします。途中、華容道を抜ければ曹仁の待つ城まで戻れると思ったのもつかの間、そこで、関羽が曹操を待ち伏せしていました。その時、曹操に恩義のある関羽は,静かに道を開け、これで恩義は返したと去っていました。「華容道」とは、関羽が過去の曹操との義理のために、曹操を逃がしてあげる話です。
昔は、さまざまな逸話から生き方を学び、道徳観を身につけていたのでしょうね。
どのように生きるかを考えることが道徳だとすると、それは「人に対して思いやりを持ちましょう」といった言葉で学ぶものではなく、体験を通して、人の生き方を通して、心が動くことで学んでいくんだと思います。感動する体験やいろいろな人との出会いを大切にしたいと思います。
今日も大好きな三国志のお話です。日本人がこれほど三国志好きなのは、判官びいきというか、劉備と孫権の弱小な連合軍が強大な曹操の軍勢を変幻自在に機略を用いて打ち破る痛快さがたまらないのでしょうね。「苦肉の計」や「連環の計」は兵法三十六計にもあげられている弱者が強者に勝つ戦略です。現代においても、ビジネスや政治、外交の世界で、勝ち抜く智慧を与えてくれます。ネットで検索していて、『兵法三十六計の戦略思考」-競合を出し抜く不戦必勝の知謀という本を見つけました。う~ん、また買ってしまいそうです(笑)。このコメントを書くために、ずいぶんつん読の本が増えてしまいました(笑)。
最近のブログでは「レッドクリフ」の話題が連続ですね。それだけ中身が面白く、そして「茶」や「麻酔」など色々な事を知ることができます。そして赤壁の戦いだけでなく、それ以外の戦いや、ブログにも書かれていますが、人物同士の関係も、とても面白いですね。お互いが敵同士にも関わらず、「義」を大切しているところが、また何とも言えない面白さのような気がします。これは三国志だけでなく、大河ドラマの「天地人」のように「義」を大切するというのは昔だからでなく、今の時代だからこそ必要のような気がします。
「苦肉の策」はよく耳にする格言ですが、今回のブログでその典拠を確認できました。「敵を欺くならまず味方から」の例え話のような逸話ですね。黄蓋の「偽装投降」を見破れなかった曹操軍はまさに「まさか」の坂を下り落ちるように戦いに敗北し逃走したのですね。「やられた!」と曹操は思ったでしょう。その逃走途上に「華容道(かようどう)」の故事。かつて受けた「恩義」に報うべく曹操軍を通した関羽の「義」には感じ入るものがあります。黄蓋の策略後の関羽の取り計らいを曹操自信はどう解釈しその後につなげたのでしょうか。「三国志」について詳しくない私には興味深いところです。中国の古典から学べるところは多いですね。私の中の「知りたがり屋」が頭をもたげて来ます。