小1

東京都教育委員会では、平成16年に「東京都教育ビジョン」というものを出しています。その中で「幼稚園・保育所・小学校の連携強化による小学校への円滑な移行」が提言されていますが、その意図として「現在、小学校では、「小1プロブレム」と呼ばれるような状況が生じており、幼児期からの心の教育や幼稚園・保育所と小学校教育との接続の重要性が改めて注目されている。」とあります。
私は、幼小連携は大切だと思います。子どもたちの発達は連続性があり、行く施設が変わる時の連続性をどう保障していくかはとても重要な課題です。しかし、ここにあげられている「小1プロブレム」は連携の希薄さからだけでしょうか。先月に品川区の新しい取り組みが新聞で紹介されていました。
「小学校に入った児童が授業中に座っていられないなどの「小1プロブレム」に対応するため、東京都品川区教育委員会は、幼稚園・保育園と小学校の一貫教育のカリキュラムを作ることを決めた。集団生活のルールなどを教え、就学前後の教育の連続性を得る目的。2010年度にも導入する。区立・私立の幼稚園や保育園の園長、区立小の校長、学識経験者らを集めた「就学前教育推進委員会」を5月に設ける。カリキュラムは、入学前の10月頃から小1の6月頃までの子供が対象。集団生活に慣れるよう、ドッジボールや合奏など集団で力を合わせる体験を盛り込む。「トイレには休み時間中に行く」など、入学後に必要になるルールも教える。幼稚園などには小学校教員が出向いて教える方法などを想定しており、入学までに簡単な計算やひらがなの読み書きを教えることが出来ないかも検討している。」
先月卒園していった子どもたちは、いよいよ小学校生活が始まります。その子たちは、園では集団で過ごしていました。当然トイレには自分ひとりで行き、お集まりなどではきちんと座って先生の話を聞いていました。また、集団で遊ぶときには当然ルールがあり、それを守らないと他の子から注意をされていました。「東京都教育ビジョン」の中で書かれている「小1プロブレム」について注釈が書かれてあります。
「4月 小学校に入学したばかりの小学校1年生が集団行動が取れない、授業中に座っていられない、話を聞かないなどの状態が数ヶ月継続する状態。これまでは1か月程度で落ち着くと言われていたが、これが継続するようになり就学前の幼児教育が注目され出した。」
なぜ、こんな状態になるのでしょうか。また、この状況に対して「就学前の幼児教育が注目」というのはわかりますが、どうして、「就学後の学校教育の在り方の見直し」を考えないのでしょうか。寺子屋での教育を見ると、6,7,8歳の授業態度は今の時代からすると、かなりひどいものがあります。それを認めて、本人の自主性を重んじた教育が、教育効果を上げているのです。最近、子どもたちの学力が低下してきているといわれていますが、その原因の一つにじっと座れなかったり、きちんと人の話を聞けないということがあるといわれています。しかし、どうして寺子屋のような授業態度で、成果が上がっていたのでしょうか。

小1” への5件のコメント

  1. 「学齢」「一斉」と来てそろそろ「小1プロブレム」かなと思っていました(笑)。平成20年度の「東京都教育ビジョン」をネットで見ました。どうもいかんですね。曰く、『「小1問題」に対し、(16年度より)小学校への円滑な接続を目的としたモデル事業を実施してきた。(中略)今後も継続して取り組む必要がある。』ーこれまでの取り組みに対する検証が甘い!さらに、いみじくも『都内の幼稚園児の9割以上が私立幼稚園の幼児である』と述べていますが、それでは全体的に見て幼小の連携が難しいはずですね。品川区の取り組みも、学校関係者が考えた就学前教育であって、幼児期の子どもの発達のあり方を十分に理解しているとは言えないような気がします。先生の言うとおり動くロボットのような子どもが本当にいい子なのか、もう一度考えてほしいですね。

  2. ドッジボールや合奏、「トイレには休み時間中に行く」などのルール、簡単な計算やひらがなの読み書き、こういったことが幼稚園や保育園で「小1プロブレム」対策として行われるようになるんですね。子どものための小学校なのか、大人のための小学校なのか、分からなくなりそうです。結果を出すのを急ぎすぎている気がしますが、どうなんでしょうか。大事な所にきちんと目を向けることをしておかないと、いろんな情報に惑わされてしまいそうです。この新聞記事を読んだ人はどんな感想を持ったんでしょうか。

  3.  「小1プロブレム」に対応するためにドッジボールや合奏をさせ集団を慣れさせることや、小学校の先生が直接幼稚園の方に出向いて、子どもに計算や読み書きを指導するなど、そういう事というのは何も改めてカリキュラムで作ることではないような気がします。授業が始まる前にトイレに行くなど、そういう事は教えるのでなく、幼稚園、保育園時代に集団生活をしていたら自然と身につくものだと思いますが…。しかし、実際に最近の子ども達の姿は以前と比べると変わってきているのは否定できません。ですから、その為の解決策か何かを出さないといけませんが、集団生活のルールを教える事で簡単に解決するとは思いません。もっと子どもの大事な部分を見てあげて、解決策を考えることが必要だと思います。

  4. 私も小学校との連携は、とても大切なことだと思っています。それまでに育ってきた子どもの道すじを知ってもらうことや、どう援助してきたかを伝えることで、子ども理解から発達の助長がスムーズになると考えるからです。しかし、発達の連続性を理解して下さる学校であれば・・です。とかく、教師は、手のかかる子どもが一クラスに偏らないようにと、クラス編成の際に考慮したいという様子があります。そこを打開しようと試みていますが、毎年「これが、本当の連携なのか」と、憤りを感じていました。
     また、「授業に集中しないのは、幼児教育が・・」と、そこだけに集中してしまうのは、いかがなものか。
     以前、上越教育大学の教授の「学びの授業」を参観したことがあります。そこでの小6の子ども達の目の輝き、自発的な授業風景に驚きました。仲間と共に調べたり、意見を出し合ったり、自分から方法を探って、クラスの目標達成を目指す姿がありました。子ども達が「僕たちは、ロボットじゃない。自分達で考えられる。」「この授業をしていて、いじめがなくなった。友だちのことを思わないとできないから」「社会科だけでなく、算数も」と、子ども側から要望が出され実践に至ったようです。そして、学び合いの授業の楽しさについて意見を発表していました。
     『意欲のある子ども達に育てるには、何が大切なのか』私たちには、答えを知っています。日々、子ども達から教えられているからです。

  5. 東京都品川区教育委員会による幼稚園・保育園と小学校の一貫教育のカリキュラム、の記事に触れたとき、おっ、いよいよ教育界も本気で子どもたちの学習の連続性を考慮しはじめたか、と快哉を叫びました。そして同記事を読み進めると「ドッジボールや合奏など集団で力を合わせる体験を盛り込む。「トイレには休み時間中に行く」など、入学後に必要になるルールも教える。幼稚園などには小学校教員が出向いて教える方法などを想定しており、入学までに簡単な計算やひらがなの読み書きを教える・・・」とあります。興奮一挙に醒め、日本の教育界の夜明けはまだまだ先か、と悲しくなりました。子どもの力を引き出す教育ではなく、先生が主役の管理教育か、と思うとやれやれ、です。現場の先生たちの悲鳴が聞こえ、やる気をそがれたストレスフルな子どもたちの姿が目に見えてきます。

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