好奇心

今日は、年長さんのお別れ遠足についていきました。今までの園ですと、お別れ遠足というと山歩きや、尾根歩き、里山などに行きましたが、今の園は新宿にあるので行き先に悩んでいました。しかし、考えを変えて、新宿でないと行けないところということで昨年から上野にある「国立科学博物館」に行くことにしました。この国立科学博物館は1877年(明治10年)に設立された、日本で最も歴史のある博物館の一つであり、国立の唯一の総合科学博物館です。その前身はもっと古く、明治4年、文部省博物局の観覧施設として湯島聖堂内に博物館を設置したことに始まります。そして、翌年には、文部省博物館の名で初めて博覧会を公開しました。その後、明治8年に博物館を「東京博物館」と改称し、明治10年に上野山内、西四軒寺跡(現東京芸大の位置)に新館が一部竣工、東京博物館を「教育博物館」と改称したときを創立年としているのです。
この館の使命として示されているのは、「関係性」です。人々が、地球や生命、科学技術に対する認識を深め、人類と自然、科学技術の望ましい関係について考えていくことに貢献することを使命としています。そして、自然や科学技術に対する適切な知識や科学的な見方・考え方を持ち、自然や社会の変化に適切に対応し、合理的な判断と行動ができる総合的な資質・能力である科学リテラシーの涵養に資するための様々な事業を行っています。
この「国立科学博物館」のキャッチコピーは、「想像力の入口」ですが、子どもたちは、展示されているものにどん欲までの好奇心を持って見つめ、触れるものはすべてわれ先に触り、試せるものはすべて試そうと必死です。まったく、あきれるほど必死で群がります。この姿を見ると、本来子どもたちが持っている「好奇心」が、世の中を変えてくのだろうという実感を持ちます。理論物理学者であり、ノーベル物理学賞受賞したアインシュタインが言った「私には特別な才能などありません。ただ、ものすごく好奇心が強いだけです。」という言葉を思い出し、民俗学者であった柳田国男が「学問は興味から、もしくは好奇心からはいったものがもっとも根強い。」という言葉のように、この好奇心が小学校に行ってからの学問に対する自発的な学習の下になってくれるといいなあと思いました。
この好奇心とは、高等な動物に多くみられる行動のようです。しかし、その好奇心の対象として最初に持つのは、自分の体といわれています。赤ちゃんには、生まれつき人間への関心があるようです。ある実験で、無生物と人間の顔を赤ちゃんに近づけたところ、ほとんどが人間の顔をじっとながめたという結果が出ており、特に、3?4カ月ごろからは同年代の子どもに対する関心が強く、じーっと見つめたり、声をかけたり笑ったりという行動をとります。しかし、まだ他の子どもへ働きかけることはできません。そこで、まず、自分自身の体に関心を持ちます。指をしゃぶったり、手をじっとながめたり、自分の体に関心を持つのです。人は、生れつき好奇心が強いといわれています。赤ちゃん時代の好奇心の持ち方はその後の発達の大事な基礎になるのです。しかし、この好奇心は、時として大人にとっては困った行動になることが多いのです。やたらと触りたがり、物を壊し、部屋を散らかし、すぐ飽きて違うところに興味を持ったり、勝手に出てしまったりします。そのたびに大人に怒られるのです。
もちろん、触ってはいけないものもありますし、壊しては困るものもあります。しかし、ここ国立科学博物館にあるように、子どもの興味関心、好奇心を満たすように存分に触れるものがあると、触ってはいけないものには触りませんでした。子どもたちは、一生懸命好奇心を満たそうとしているからこその行動ですので、何をしても大丈夫、これなら大丈夫という環境づくりをできるだけ考えないといけないですね。

好奇心” への4件のコメント

  1. 昨年、4人の日本人科学者がノーベル賞を受賞したのはまだ記憶に新しいところですが、この方たちは様々な機会をとらえて、子どもたちの理科離れに警鐘を鳴らしています。益川敏英さんは、「今の大学入試は、採点が楽なようにできていて問題がある。人間は本来好奇心がいっぱい。それに応える教育システムが必要だ」小林誠さんは「自然を理解するために、出来上がった法則を知ることではだめ。法則の発見に至ったプロセスを伝えなければ」ー人間は赤ちゃんの時代から、自分や周囲の事象に興味を持っていても、学校に上がったとたん、試験のために公式や法則を丸暗記することを強制されてしまいます。せっかく幼児期に芽生えた科学への好奇心も、その現実の前にあっけなく消えてしまい跡形もありません。子どもたちの科学リテラシーを高める教育、日本でそれが実現するにはだいぶ時間がかかりそうです。

  2. 「自分の子は好奇心がとても強く、いろんなこと挑戦したがるので目が離せません。でもこれは成長していくためには大切なことだと思うので、丁寧に付き合うことにしました。」と思いを話された方がいました。好奇心の芽を摘んでしまわないようにという思いに触れることができ、自分もあたたかい気持ちになりました。自発的な活動の基礎になる子どもの好奇心を大切にしていこうと、改めて思わされました。

  3.  子どもの好奇心というのは本当にすごい物だと思います。保育室にいても、少しの変化も見逃さず「先生、あれは何?」と聞いてきます。外へ散歩に行くと、子どもにとっては発見がたくさんで、その場からなかなか動かない子どももいます。ブログにも書かれていますが、それが時には大人を困らせることもあるかもしれませんが、それは大人がそういう環境を用意しているからなんですね。自分もいくつかそれに思い当たることがあります。子どものためと言って何でもかんでも環境など用意するのは、時には子どもに負担を与える場合もあるということを忘れずにいようと思いました。

  4. 私は「好奇心」の塊です。「好奇心」だけで?毎日生きているようなものです。先日も普段から利用する電車の車窓から20数年来気がつかずにいた風景の一端を目にして驚いたことがありました。車窓の風景の変化を楽しみながら、しかし何度も目にしている風景にさほどの変化はなく、それでも好奇の目で眺めていると「ほっ、ここから〇〇が見える」と発見して途轍もなく嬉しくなりました。そう言えば、邦題「おさるのジョージ」という絵本があります。しかしその原題は英語で“Curious George”「好奇心あるジョージ」です。Curious,Curiosityは私のとても好きな英単語であり、私の亡父もcuriosityの塊でした。変なところで親子の絆に気づきました。

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