老い

いよいよ4月10日から「レッドクリフ Part2」が公開されます。この話題は何度もブログで書きますが、この元になっている三国志の面白さは、先日の絆の中ではありませんが、三国それぞれに、有能な武将が登場することでしょう。そして、その武将たちの活躍と、彼らが使える王が変わるきっかけが面白さを増していると思います。特にその中で、この映画には出てきているかわかりませんが、劉備玄徳に使える“五虎大将軍”という武将たちが、それぞれ自分の特性を生かして、それぞれの場面で活躍する逸話が三国志を面白くしています。この五人とは、三国志演義の中で、漢中を平定し、漢中王となった劉備が諸葛亮の進言により、古参・新参を問わず信頼と功績のある武将5人に五虎大将軍の称号を授けた人たちです。その5人は関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠です。その中で、関羽、張飛はもちろん、映画「レッドクリフ Part1」の中では趙雲が活躍して、目立っていました。
この中で、今回の映画の舞台である赤壁の戦いがきっかけで劉備に使えるのが「黄忠」です。出身は、中国茶のブログで書いた荊州南陽郡で、始めは、荊州の劉表に仕えており、長沙の攸県の守備の任についていました。その後、劉表が亡くなり、魏の曹操が荊州を降伏させた後は、職務はそのままで長沙太守の韓玄の配下についたのです。
そこで、「赤壁の戦い」で、この曹操と劉備が戦うのです。故pの戦いで劉備が勝利をおさめ、荊州南4郡を平定します。その時から、黄忠は劉備に仕えることになるのです。その時には、すでに60歳を超えていたといわれています。そして、益州に入り、劉備軍の一将として劉璋を攻撃し、いくつかの陣地を攻めおとし、益州平定した後、討虜将軍に任命されます。
その後の活躍はすざましいものがあり、その勇猛さは軍の中でも鳴り響きます。219年、劉備が漢中攻めを行ったときに定軍山において、やはり曹操配下として勇猛果敢として名を知られていた夏侯淵と対峙したときも、黄忠は率先して軍を率い、一度の戦闘で夏侯淵を切り大勝利をおさめます。これにより、曹操は漢中の足がかりを失い、劉備は漢中を平定し、漢中王になる事になります。このときの功績で征西将軍に昇進しました。
劉備に仕えていた頃の黄忠が老人であったかどうかははっきりしていませんが、これらの老いても勇猛果敢な黄忠の伝説から、「老いてますます盛ん」な人の事を 老黄忠と呼ぶようになりました。
老いに近づく年齢になる時、弱ってくると思わないで、「老いてますます盛ん」といわれるようなことをしていきたいですね。