ルソーの夢

 昨日のブログではありませんが、「歌は世につれ 世は歌につれ」という言葉通り、歌は時代に翻弄されます。日本でうたわれた多くの歌は、歌詞を変えることにより、文部省唱歌となり、賛美歌になり、軍歌となったりしました。それによって禁止されたり、利用されたりもしました。この歌も、同じように時代に翻弄されながら、子どもの歌として定着をしていきます。
 教育論「エミール」や「社会契約論」などの著作で知られるジャン・ジャック・ルソーは、フランスの哲学者であり、政治思想家でもあり、教育思想家でもあり、作家でもあり、そして音楽家でもありました。彼は、オペラ・バレエ「優雅な詩の女神たち」などを書いています。その中で、ルソーが作曲した喜劇「村の易者」の挿入歌に「「Hush, my babe」という歌がありました。この曲をもとにして、作者は不明ですが、「ルソーの新ロマンス」という歌が作られ、その旋律はヨーロッパ各国へ広まっていきます。そして、この歌が元になって、1788年にチャールズ・ジェームズ作曲の「メリッサ」という別れを歌うラブソングが作られます。そして、この歌の変奏曲「ルソーの夢」を、ドイツ系イギリス人音楽家ヨハン・バプティスト・クラーマーが作曲します。この変奏曲の楽譜は1812年にイギリスで発行され、フランス、ドイツでも人気がありました。
 一方でこのメロディーはイギリスにおいてキリスト教賛美歌として再び改編され、最もよく知られたバージョンである賛美歌「グリーンヴィル」というタイトルで日本にも伝わっています。その7年後の1881年に、同じメロディーが「見渡せば」という新しい題名と歌詞で、文部省音楽取調掛(現東京藝術大学)が発行した「小学唱歌集」初編に掲載されます。平安時代の古今和歌集にある素性法師の和歌 「みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける」を基本にしています。しかし、」見渡せば」も賛美歌も、広まる前に消えてしまいます。それは、その曲に東京音楽学校(現東京藝術大学)教授である鳥居忱が作詞し、「戦闘歌」として1895年に軍歌集『大東軍歌』に掲載されたからです。この戦闘歌は歌うだけでなく、歌詞に合わせたふりつけがあり、小学校では遊戯曲として用いられていた記録が残っています。「一隊の児童を円形にし、各生の間隔は、左右手を繋ぐまでにしておく。「用意」で各手を垂れ、円の中心に向う。見ワタ・・・で各生は右手を額上に上げ同時に蹠をあげて、爪立ちになる…」こうして戦時中の幼稚園遊戯曲としての色合いも濃くなっていきました。このメロディーは、他にも、軍隊行進曲「進撃突撃行進曲」になったり、韓国では唱歌「植松」、中国では軍歌「尚武之精神」になったりしています。
 第二次世界大戦の終戦から2年経った1947年、軍歌としての「ルソーの夢」は、また改めて小学唱歌としての位置付けを回復することになります。小学一年向けに刊行された最初の音楽の教科書「一ねんせいのおんがく」の4曲目に、新しい歌詞で登場したのが「むすんでひらいて」です。この教科書では作詞者は不明とされており、しかもいつ「むすんでひらいて」という歌詞がこのメロディーにつけられたのかについてはよくわかっていません。
以来今日まで「むすんでひらいて」は歌い続けられ、童謡、唱歌として完全に定着しており、保育園や幼稚園の手遊び歌として歌われるようになっています。
 クラーマーの「ルソーの夢」は世界中に様々な形で広まっていき、日本では、讃美歌から軍歌、そして唱歌と姿を変え、今も子どもを中心に多くの人々に愛されているのです。