名残

 私の何代か前に、趣味で連歌を詠んでいた雅号を「荷風省我」といった先祖がいました。連歌とは、和歌の五・七・五に、ある人が七・七(短句)を付け、さらにある人が五・七・五を付け加えるというように、百句になるまで長句・短句を交互に連ねて詠んでいきます。この連歌は、鎌倉時代から江戸時代にかけて流行し、やがて登場する俳諧の基となりました。この連歌は、風流人の間でもはやり、さまざまな作法があったようです。
連歌は、懐紙に書きつけていきますが、その懐紙を横に二つに折り、折り目を下にして、その表裏に書いていきます。ですから、懐紙の最初の一折のことを「初折(しょおり)」と言い、最後の一折を「名残の折(なごりのおり)」と言います。そして、その表のことを「名残の表」とか略して「名表」、裏を「名残の裏」とか「名裏」と言います。なんとなく風流ですね。
茶の湯の世界でも同じような呼び方をすることがあります。陰暦3月末ころに、冬の間使っていた炉をやめて、風炉を使い始めます。その時に、炉をやめ、ふたをすることを「炉塞(ふさ)ぎ」と言いますが、その前に、炉の風情を惜しんだ茶会を催します。その茶会を「炉の名残」と言います。また、逆に、風炉から炉に移る10月中旬より下旬にかけて茶会を催しますが、それを「名残の茶」と言いますが、その名前は、本来、残り少なくなった前年の古茶の名残を惜しんで、陰暦8月末日から9月にかけての時期に茶会を催したことからきています。このように「名残」という言葉から、日本の文化が感じられます。この「名残」という言葉は、ある事柄が過ぎ去ったあとに、なおその気配や影響が残っているときに使いますので、「名」が「残る」と思いがちですが、実は語源は違うようです。風が静まったあとに残っている波のことをいう「波残り」からきているといわれています。いわゆる「余波」のことです。
この言葉は、「名残惜しい」と使うように人との別れを惜しむ気持ちも表わします。「名残の杯」とは、別れを惜しんで酒を酌み交わす杯のことを言いますし、「名残の袖」とは、別れの悲しさにあふれる涙でぬれた袖をさすことから、別離の心残りを惜しむたとえに使われます。「名残の袂(たもと)」とも使われます。「名残の宴」とは、別れを惜しんで催す酒盛りのことをいいます。しかし、この言葉に情緒を感じるのは、季節が変わっても、前の季節の趣や現象が未だかすかに残っていることを指す時に使うのが、四季がある日本らしい言い回しかもしれません。「名残の花」とは、散り残っている桜の花のことを指しますし、「名残の霜」とは、八十八夜の頃に降りる霜のことを指します。四季ではありませんが、夜明けに空に残っている月のことを指す「有明けの月」のことを「名残の月」というのもなかなかいい言い方ですね。
ここで、たぶん多くの人は、「名残の雪」を思い出すことでしょう。この言葉は、春にはいってから降る雪のことや、春になっても消え残っている雪のことを指す、ちょうど今の季節のころのことを言い表します。しかし、この言葉を思い出すのは、「汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる 季節はずれの雪が降ってる 東京で見る雪はこれが最後ねと さみしそうに君がつぶやく なごり雪も降る時を知り ふざけすぎた季節のあとで 今春が来て君はきれいになった」という伊勢正三が作詞・作曲したかぐや姫の楽曲で、イルカが歌って話題になった「なごり雪」です。この歌は、日本の早春を代表する歌のひとつとして歌い継がれています。
ところで、嘉門達夫作詞の「なごり寿司」という歌も少し話題になりました。この曲は、「なごり雪」の替え歌です。「寿司を待つ君の横で僕は値段を気にしてる 季節外れのブリが光ってる 東京で食う寿司は銀座が 最高ねと 刺し身盛り食べて君が呟く 握り寿司をたらふく食べて 同伴アフター貢がされてる 今ウニが来て君はヒラメも食った」
先日、石川に行った時に、季節外れの富山湾の「寒ブリ」をいただきました。歌と違って、東京よりはおいしかったです。