職業

 数年前に「13歳のハローワーク」という本が、ずいぶん話題になりました。この本は、幻冬舎から刊行された村上龍の著書で、その後、学校で教材として採用されたりしています。この「ハローワーク」というのはもちろん和製英語ですが、「職業との出会い」という意味では、私はなかなかいい名前だと思います。
 この本が話題になったのは、もちろん職業紹介なのですが、著者の村上龍本人の職業観を語るエッセイが掲載されており、職業は生きるための手段ではなく、生きる目的そのものであるなどと述べられています。そのために、何の職業に就こうとするかは、どのように生きるかという問いを突き付けられていることになります。そんなときに、自分をよく見つめます。何が好きなのだろうか、何をしているときに没頭できるのだろうか、何がしたいと思っているのだろうかなどです。
 この本が話題になったのは、単に職業を並べて紹介するのではなく、好奇心を対象別に分けて、その対象の先にあると思われる仕事・職業を紹介しようという目的で作られていることです。また、その人に向いた仕事、その人にぴったりの仕事というのは、誰にでもあるといいます。ですから、この本は、できるだけ多くの子どもたちに、自分に向いた仕事、自分にぴったりの仕事を見つけて欲しいと考えて作られています。しかし、人はなかなか自分の特性、個性、資質がなんであるかわかりにくいものです。まして、他人はなおさらわかりません。しかも、今は、昔に比べて非常に多くの仕事・職業があります。しかも、10年前にはなかった新しい職業もたくさんあります。
 村上氏は、この世の中には2種類の人間・大人しかいないと思っています。「それは、「偉い人と普通の人」ではないし、「金持ちと貧乏人」でもなく、「悪い人と良い人」でもなくて、「利口な人とバカな人」でもありません。2種類の人間・大人とは、自分の好きな仕事、自分に向いている仕事で生活の糧を得ている人と、そうではない人のことです。」
 昨日の日曜日に映画「おくりびと」を見てきました。わが子が、遺体を棺に納める「納棺師」になると言った時に、どのように反応するでしょうか。当然戸惑うでしょうね。死というだれもが避けたがる、一見地味で触れ難いイメージの職業ですが、死というものを冷静に考えると、この映画の英題である「Departures」(出発)なのです。ですから、主人公が求人広告「旅のお手伝い」という文言を見て、旅行代理店と思って尋ねます。しかし、この映画は、こんな職業があるのだと気付くと同時に、その所作の美しさを背景にさまざまな愛の形を表現します。生きているということは愛を与えたり、愛を失ったりすることであり、死は、そのような愛に気づかせる門出のような気がします。
 納棺師と言わないまでも、わが子が「こんな職業に就きたい!」と言った時に、それを認めるだけの子どもに対する信頼を持てるかというと自信がありません。アニメ界の父ともいわれる手塚治虫が、大学で医者への道を目指していましたが、学業とマンガを描くこととが両立しなくなってきます。大いに悩んだ彼は思い余って母親に相談をしました。すると彼女が「あなたはマンガと医者とどっちが好きなの?」と聞きました。手塚は即座に「マンガです」と答えました。「じゃ、マンガ家になりなさい」という母親のひと言で手塚は進路を決めたのだとのちに述懐しています。そして、「母のひと言で決心がつき、充実した人生を送ることができました。」と自伝に書いています。
 村上氏の言葉を思い出します。