寒い夜に恋しくなる食べ物といえば、何を思い出すでしょうか。職場から帰る時に、寒くて凍えそうな時に、「鍋でも食べたい」と思いました。また、時に「おでん」を食べたくなる時もあります。私は、育ったのが下町でしたから、風呂は銭湯に入りに行きました。どんなに寒い日でも、手ぬぐいを持って出かけました。今考えると、面倒くさかったのによく行ったと思います。寒い日の帰りには、「神田川」の歌詞のように「洗い髪が芯まで冷えて、小さな石鹸 カタカタ鳴った」ものです。そして、銭湯に入り口には、「おでん」を売っている屋台が停まっていました。「覚えてますか、寒い夜。赤ちょうちんに誘われて、おでんを沢山買いました。月に一度のぜいたくだけど、お酒もちょっぴり飲んだわね」私は子どもだったために、お酒は飲まなかったですが、たまには贅沢におでんを食べたり、鍋を持って行って、帰りに夕食のおかずにと、おでんを買ったこともありました。この歌も、やはり「かぐや姫」というグループの「赤ちょうちん」という歌の歌詞です。
赤ちょうちんとは、その字の通り「赤いちょうちん」のことを言いますが、この歌詞のように屋台のおでん屋には赤い提灯が下げられていました。「今でも時々雨の夜。赤ちょうちんも濡れている屋台にあなたがいるような気がします」屋台だけでなく、女性のいない飲み屋や居酒屋にも掛けられていたので、「赤ちょうちん」というと居酒屋の俗称として使われるようになりました。
そのほか、提灯というものを日本ではお祭りに使うことも多いようです。また、提灯行列がかつてあったように、何か祝う時に提灯を下げて練り歩いたりもします。アイルランドの「ジャック・オ・ランタン」という民間伝承が元になっているお祭りがあります。という。これは、怠け者でズル賢い農夫のジャックが、悪魔と地獄に落とさないという約束をしますが、死んでから天国には行けず、だからと言って約束したので地獄には行けず、光がない真っ暗な世界を、悪魔からもらった地獄の石炭のかけらをカブの中に入れて、ランタン(ちょうちん)代わりとして、さまよっているという話です。この提灯にしたカブが、アメリカでカボチャのランタンに置き換えられ、ハロウィンというお祭りになったのです。
先週末訪れた長崎市では、中国色豊かな灯の祭典「長崎ランタンフェスティバル」が行われていました。このお祭りは、長崎在住の華僑の人々が、中国の旧正月(春節)を祝うための行事として始めたもので、もともと「春節祭」として長崎新地中華街を中心に行なわれていましたが、平成6年から規模を拡大し、長崎の冬を彩る一大風物詩となりました。夕方、講演前に歩いた眼鏡橋を中心にした川の両岸には多くの提灯が張りめぐらされていました。
夜の講演が終わり、ホテルまで向かう途中の長崎新地中華街、すでに人通りに少なくなった浜市・観光通りアーケードなどには、約1万5千個にも及ぶランタン(中国提灯)が飾られていました。
その真ん中に位置する湊公園には、干支のメインオブジェが置かれ、そのほかにも大型オブジェが所狭しと飾られていました。今年のメインオブジェは「金牛」でした。中国には「高い目標をに向かって力を出しきって進めば、天と地だってひっくり返すことができる(力爭上游 扭(牛)轉乾坤)」という諺があります。これに由来して、激流を登っていく鯉(登竜門)と状元及第(科挙の最終試験に筆頭合格を成した貴士)が富の牛「金牛」に乗っている様子を表しています。
まさに、今、自分に課せられた課題に対しての心構えを表している気がしました。
寒い夜に食べたいもの、いろいろ考えてやっと浮かんできたのは「シチュー」でした。特別に好きなわけではありませんが、「おうちへ帰ろう シチューが待ってるから」という歌やCMなどが浮かんできたからです。頭の中にはいろんなものでイメージが作られていますね。
このブログを通して藤森先生の「使命に向かう姿勢」を感じることができ、そこから大きな力をいつももらっています。力を出しきって進んでいるかどうか、反省をしながらでも前に進んでいきたいと思っています。
臥竜塾に龍の踊りと、長崎と藤森先生とは龍が結ぶ不思議な御縁があるんですね。行かれるたびに新しい発見があるようです。「金牛」は「高い目標に向かって力を出し切って進めば、天と地だってひっくり返すことができる」-う~ん、自分にそんな高い目標があるのかと思わず自分に問いかけてみました。そうだ、目標なくして前進なし!当地を「見守る保育のメッカ」にするぐらいの気概を持って頑張ります!挑戦なくして何の人生の楽しみぞ!今日は先生のブログから一杯元気をいただきました。
今までの中で銭湯を利用したのは1年半ほどでした。流石に「洗い髪が芯まで冷えて」という体験をしたことはありませんが・・・。今回のブログの趣旨とは異なると思いますが、かぐや姫は私の中学生時代のお気に入りで、カラオケに行く機会があると今でも「神田川」「赤ちょうちん」を歌います。地方に住んでいて「神田川」など見たこともないのに勝手に想像して歌っていました。実際の「神田川」を目にしてコンクリートの川だとわかっても歌のおかげで何だか別なものに見えてきました。中学時代「赤ちょうちん」を歌っていても赤提灯の実物を見たことはありませんでした。大学生になって赤提灯がぶら下がる屋台を観た時は感動しました。そして赤提灯のぶら下がる屋台でラーメンを初めて啜ったときはもっともっと感動しました。
「赤ちょうちん」といえば屋台のラーメン屋、おでんなどありますが、私は焼き鳥屋さんを思い浮かべます。路地裏などにある赤ちょうちんのお店に行ったことがなく、一度は行ってみたいです。ランタン祭りの写真ですが、夜に見たらとても綺麗に見れるでしょうね。しかし、写真のランタンは見た感じはちょうちんに見えますし、「金牛」の写真など見ると、ランタンと知らなければ青森のねぶた祭りかな?と思ってしまうかもしれません。そんな「金牛」が中国の諺では、とても良い意味ですね。とても勉強になりました。