先日、リーダー研修が行われ、今週末、長崎で研修会がありました。それらの研修会を通して、私も新ためて「リーダー」とはどうあるべきかを考えています。人に説明したり、人の前で講演することは、自分の考えを見直すことにもなり、とてもありがたいことだと思います。また、リーダーとしての在り方は、何も地位のある人の在り方ということだけでなく、子どもに対して大人としての在り方、また、他人に対する接し方、そして、人としての生き方を示していることが多くあります。それは、人というのは、決して一人で生きていく存在ではないからです。集団で生きていくのであれば、そこには自分以外の人が存在します。ですから、自分の生き方を考えることは、人とのかかわり方を考えることなのです。
その時の考え方を、よく論語に学びます。「論語」とは、孔子と彼の高弟の言行を孔子の死後、弟子達が記録した書物のことですが、孔子のことばの多くは、為政者に向けて、高い倫理観を持って民衆に当たらなければならないという心得を語っています。しかし、それは決して為政者としてだけでなく、リーダーとしての在り方、子どもに対する心持ち、人としての生き方を示していることがあります。というより、そのような読み取り方をすることによって、自らを振り返る手立てとなります。
そんなわけで、ブログでは、よく論語から引用します。今日も、リーダーとしての在り方について、こんな言葉を思い出しました。顔淵第十二の一節です。
「子曰、君子成人之美、不成人之惡、小人反是。」(子曰わく、君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人は是に反す。)
この孔子が言った言葉は、いろいろな意味が考えられます。というのは、「人の美」とは何を指すかということです。人として美しいものとは、例えば、その人が持っている「長所」「美点」かもしれません。それとも、その人が行った「善行」かもしれません。それとも行為の成果である「成功」のことかもしれません。その反対のものが「悪」です。君子というものは、「人の長所、美点を褒め」たり、「伸ばしてあげ」たり、「善行を、励まして」あげたり、「成功を喜んであげ」たりするものであると言っています。しかし、「短所があってもけなし」たりせず、「失敗してもそれを嘲る」ことをせず、「悪行を非難したり」せず、正してあげようとしたり、援助しようとしたりするものなのです。しかし、小人はそれとは逆のことをします。人の欠点を探し、それを指摘したり、けなしたり、みんなにそれを広めたるするような人は、リーダーになる資格がないのです。
誰でも完璧な人はいません。リーダーであっても完ぺきではありません。人は、時には失敗もするでしょうし、間違ったこともするかもしれません。まして、子どもは、よく失敗したり、悪さをすることがあります。そんなときには、慰めたり、正してあげたりするべきですし、それより前に、成功したら一緒に喜んであげ、良いところを見つけ、そこを褒め、励ましてあげることが必要であると説いています。
リーダーたるものは、「人の美」を見つけることを心がけ、大人は、子どもの「美」を見つけてあげることこそ必要なのです。
藤森先生のこのブログのおかげで、論語の世界を覗かせてもらっています。古代中国の教えでありながら、現代にも十分通用する普遍的な教訓を与えてくれますね。自分はどうも人の好き嫌いが激しいほうで、人の欠点が我慢ならない時は、とてもそれを正してあげるほどの寛容な人間ではないようです。目上の人ならなおさらですね。せいぜい、反面教師にするくらいですね。そんな人でも、探せばきっといいところがあるはずですが、探すのも面倒です。どうもまだ「小人」の域を出ることができません。どうすれば、孔子のいう「君子」の境涯を身につけることができるのでしょうか。
「人の美」という表現がすごく気に入りました。その人の「美」は何かを見つけることを、重要だと思いながらも意識できていないことが多いので、少しでもその見方が身につくよう関わり方を考え直してみることにします。論語だけではないでしょうが、どう読むかによって自分への響き方が違ってくるのは実感できます。何を求めているのか、どこを目指しているのかといった課題をもってのぞむことは、どんな場面でも大切なことだと思っています。まだまだ自分を見直すために学びたいことはたくさんあります。
藤森先生のブログからたくさんの孔子の言葉を紹介していただいていますが、どの言葉もとても勉強になります。今回の言葉も、その人の長所、美点、善行、成功したことを「人の美」という一言にまとめ、それが更に高まるようにし、そして短所があってもけなさず、失敗をしても非難をせず、修正出来るように援助してあげる必要があるというのは、冷静に考えれば普通のことのように思いますが、案外それが一番難しいことだと思います。その人が一番輝ける場所を見つけて、それが活かせる場をリーダーが提供するのは、そう簡単なことではないと思います。それを見極めるには、まずは人を否定的な目で見ないで、その人の存在を全て認めることが出来ないと「人の美」というのは見つけることはできないと思いました。
「自分の生き方を考えることは、人とのかかわり方を考えること」・・・私たちはこの「人とのかかわり」において日々生きています。「自分の生き方」を考える時はたしてどれほど「人とのかかわり」を考えているでしょうか。「仲良く」とか「おもいやり」とか「気遣い」といった相手あっての自分のかかわり方を想像することはあります。しかし「人の長所、美点を褒め」たり、「伸ばしてあげ」たり、はなかなかできません。それは「人の美」を見つけ出す訓練を積んで来なかったからです。「一緒に喜んであげ、良いところを見つけ、そこを褒め、励ましてあげる」ことこそ諸悪行の予防になるでしょう。子どもたちを今の大人の大半のように「欠点を探し、それを指摘したり、けなしたり」させないため「人の美」を見つける訓練がこれからの子どもたちには必要です。