舞台

 芝居には、舞台が必要です。保育園、幼稚園には、子どもの活動の内容、それによる発達に影響を及ぼす環境の一つとして、「場」があります。それは、いわば活動の舞台ともいえます。その場としての舞台は、空間としての広さを含めて、「空間デザイン」「舞台装置」「舞台照明」など、その動きに意味を持たせるために重要な要素なのです。では、それぞれの人はどのような役割を持つのでしょうか。例えば、演技者とはだれなのでしょうか。演技者は、いわば、芝居の中心人物であり、舞台を所狭しと動き回って、自分を表現する人です。そういうと、園では、もちろん演技者は「子ども」ということになります。しかし、違う見方をすることがあります。
 以前、ある国では、保育者の資格を演劇学校で取れるというのを聞いたことがあります。その授業内容を見た時に、例えば、モップを取り出して、「これを使って演技しなさい!」というような課題を出していました。保育者候補は、モップを持って、話しかけたり、またいで魔法のほうきに見立てたりしていました。このような時には、保育者が演技者になり、子どもたちは観客です。演技者の演技を見て、楽しんだり、まねをしたり、いろいろなことを教わります。この考え方の園が多いような気がします。その時は、保育者は、パフォーマンスを行い、職人芸とも言われる保育技術で子どもを牽きつけます。その素晴らしい演技に、保護者は素晴らしい保育者であると感動します。しかし、子どもは、観客なのです。
 本来は、子どもは主人公でなければならないのです。子どもが、舞台とも言える保育室で、生き生きと活動しなければならないのです。では、そのようなときに保育者はどのような位置づけなのでしょうか?今までは、子どもを観客にしてしまい、自ら演技者になってしまった園も多く見られましたが、そうでなくても、演技者である子どもに、手取り足取りして、演技指導をする保育者も多く見られます。言った通りに演技することを強制するのです。子どもは、言われたとおりに動くだけです。しかし、このように演技していた子たちは、社会に出て、やはり演技指導をしてくれる人を求め、自らの生き方をしなくなります。
 そこで、最近は、引き出し役というファシリテーターとか、ディレクターとか言われることが多くなりました。俳優の段田安則さんが、このたび初の舞台演出を手掛けることになったそうです。その心境についてインタビューされている記事が、朝日新聞の「どらく」に掲載されていました。
「一つの芝居にはいろいろな見せ方がありますが、このラインで行こうと決めるのが演出です。例えば、あの山に登るにはこのルートで行こうと決めて役者たちに示す。それが難しいルートでも簡単でも、いいルートを見つけるのが演出家で「みなさん、どこでもいいから登ってください。」ではだめなんです。」また、その演出の仕方もさまざまあると言っています。「演技にはノータッチでセンスを大事にする人、一字一句セリフの音にこだわる人など、方法論は本当に千差万別です。」長い経験の中で、こんなことが大切なのではないかということに気付いてそうです。「稽古場の空気を大切にして、役者が能動的に演じられるようモチベーションを高めてあげたいですね。楽しいだけではもちろんだめですが、案外そういうことも大事ではないかと日ごろ感じていました。」
 どの世界にも通じることですね。