危険回避2

現在の子ども達は、バーチャルな世界での遊びが多く、実体験や野外体験が少なくなっています。それによって、反射神経や危険回避能力も低下してきています。また、最近問題になっている携帯電話ですが、この電話の使用に関する心配は、「コミュニケーション能力」の低下です。電話でもコミュニケーションしていると思いがちですが、真のコミュニケーションとは、相手の顔つきや、仕草や、動作からも読み取ることが必要です。電話やメールでは、それができませんから、前頭眼窩野が育たなくなります。この前頭眼窩野は、脳の疲れを見張っています。そして、脳をコントロールしています。この脳の部分は、25歳頃から衰え始めるのですが、現在は子どもの頃から衰えているというのです。その主な理由は人と人とのコミュニケーション不足なのです。テレビゲーム、携帯電話、メールなど生活環境の変化が、脳を低下させ、同様に危険回避能力まで低下させているのです。
それに加えて、最近のバリアフリーは、子どもにとっては、危険回避能力を低下させていることもあるように思います。私の友人から、安藤忠雄さんが執筆した「建築家」の抜粋を紹介されました。それは、「子どものための建築」というテーマの部分です。
「世間の「建物から一切の角を失くせ」言わんばかりの過剰な反応には納得がいかない。 遊んでいてガラスにぶつかったとしても、「子どもの側への注意を促す」という議論は一切なく、”ガラス”の加害責任ばかりを追及する。その責任から逃れるために、つくる側も、今度は当っても割れないガラスとか、さらにはガラスを使わないといった消極的な方向に流れていく。
 巷では個性を伸ばす教育といった教育改革の文言がよく聞かれるが、子どもの個性、自立心を育てようという発送と、危険のありそうなものは全て排除して、徹底的に管理された環境で保護しようという発送は、全く矛盾している。ガラスに当たったら危ないことも分からないまま育つ子に、自己管理能力は身に付くだろうか。そんな過保護な状況にあって、果たして”生きている”緊張感、自分で何か工夫して問題を切り抜けようという創造力が育つだろうか。」
 先日の児童館との子どもの怪我に対する話し合いで「角にクッションを貼ったら、今度は平らな所に頭をぶつけて大けがをしてしまった。」ということを聞きました。たぶん、クッションを貼ったために、そこは安全のように見えて、突進していったのでしょう。判断力が弱い子は、見るからに危険なように見せたほうがそれをよけようとするでしょうから。ものをたくさん置いてあったほうがぶつかって危ないように見えますが、逆にただっ広い空間のほうが、大きなけがをすることがあるのと同じです。安藤さんは、こう続けます。
 「今の子どもたちの最大の不幸は、日常に自分たちの意思で何かが出来る、余白の時間と場所をもてないことだ。私が子どもの頃、街にそここに、まだポカンとした空き地があった。学校が終われば、当たり前に放課後の自由な時間があった。大人の定めたルールも何もないその空き地で、子どもたちは工夫して遊ぶ楽しさを知り、子ども同士で成長し合った。自然との付き合い方を学び、危険なところに立ち入ったら痛い思いをすることを覚えた。戦後日本の経済一本槍の社会が、子どもからこの空き地と放課後を奪った。」
 いわゆる三間といわれる子どもの「仲間」「時間」「空間」が無くなってきていることが問題だといいます。この空き地は、危険がいっぱいあり、見ている人はいず、注意するのは経験豊かな年上の子です。そこで、自らの危険回避能力を養っていったのです。

危険回避

 数年前から脳の「前頭葉」の働きが注目を浴びています。脳のこの部分は、人間しかもっていないもので、いわゆる人間しかできないものを司どっているといわれています。いわゆる「コミュニケーション能力」や「問題解決能力」などの、これからの時代において「学力」と呼ばれる力や、昔から必要といわれている「創造力」や「思考力」などに関係しているといわれています。また、数年前から問題視される「キレる子」の原因である「行動抑制力」も関係します。このように、さまざまな力、心は、胸にあるのではなく、脳に関係することは最近は誰でも知っているようになりました。ですから、昔から言われている「勉強」に関することだけでなく、脳を育てることはとても重要なことなのです。それに対して、キレる子だけでなく、最近の事件や子どもに関する問題は脳の低下によるものも多いようです。
 最近、子どもがよくけがをすることが多いようです。そのことに関しての苦情が増えています。「見ていなかった」「危ないものを取り除いていなかった」「危険なものを子どもに使わせた」「セキュリティーが甘く、心配だ」というようなことです。しかし、原因はそこにないようです。どうも、脳の低下によるものだということが言われています。
 たとえば不審者対策にしても、園の玄関が開放的だといっても、そこから不審者が入ってきて子どもに危害を加えるよりも、道や公園で危害を加える場合のほうが圧倒的に多いそうです。ですから、いざというときに子どもを守るのは、「子ども自身の危険回避能力」です。そのほかにも、子どもの周りには危険なもので満ち溢れています。それは、環境だけでなく、昨日のブログでも書いた包丁などの道具にもあります。また、危険な犬などの危険生物だけでなく、菌などもあります。それらすべてを取り除くことはできませんし、いつまでも付き添ってあげることはできません。そこで、子どもの危険回避能力を高め、子どもが自ら考え、答えを見つけていくことが必要になります。その力によって、いざというときの対応力が身につきます。
 危険回避能力など危険を予知する場合は「脳幹」で感じます。そして、主に視覚から入った情報が視覚野、後頭葉で認知し、「反射神経」として回避することが可能になります。しかし、脳が低下しているとこの反射神経も若い頃から衰え、思わぬ事故や怪我を負うことになるのです。これら反射的な本能は、脳幹や視床下部など本能に関わる脳部が働くのですが、最近子ども達を中心に、この脳部が低下しているといわれています。
また、視覚や聴覚など五感で感じた危険も脳が関係しています。五感などの危険情報は前頭葉という脳で判断をして、瞬時にして回避しようとする行動を起こすのです。その時に、前頭葉が子どもの頃から衰えていると正しい判断、決定が行えないのです。
ここにも、最近の脳は、前頭葉が発達不足であるということが関係します。また、逆を言えば、危険を自ら回避する経験は、脳の前頭葉を育てることにもなるのです。鶏と卵のどちらが先かということと同じですが、危ないからと大人が先に危険を取り除いてしまうと、前頭葉が衰え、前頭葉が衰えてくると自らの危険回避能力が低下してくるというわけです。それとともに、学力も低下してくるのです。

スイスの園

 ドイツの保育について、ブログで取り上げることが多いのですが、ある雑誌で聖徳大学の宮川さんという人がスイスの幼稚園訪問記を書いていました。スイスの幼稚園、小学校の方針は、「子どもをいかに自立させるか」であると小学校、幼稚園の長は明言したといいます。実は、この子どもが自分の力で生きていくスキルを学ばせるということの重要性は、ドイツを含めて、欧米ではどの国でも第一に挙げる方針です。また、保護者も自立を 園に対する要求として第一にあげます。宮川さんはこう言っています。
 「日本では、どうでしょうか。日本の幼稚園、保育園では、たとえば「いつもニコニコ元気な子どもに育てる」とか「情緒豊かな子どもに育てる」とか「子どもを健やかに育てる」といった園の方針が多いのではないでしょうか。勿論、日本の幼稚園教育要領や保育所保育指針でも子どもの自立は謳っています。しかしながら、振り返って、日本の状況を見てみますと、保護者や保育社の過保護とも思われる子どもに対する保育態度に少なからず遭遇します。このことは、決して悪い面ばかりではありませんが、子どもたちが成長して、社会人や家庭人になった時の真の意味での自立を妨げている可能性も否定できません。」
 最近、少子社会になったために、わが子に手や目が届くようになりました。手をかけられるようになりました。しかし、目が届くあまりに、危険や大変さに気がつくようになり、子ども自らその状況から脱しようとする前に、大人がその状況から子どもを救いだしてしまうことが多いようです。スイスの幼稚園のおやつの時間にこんな光景が報告されています。
「スイスでは、おやつは日本のように栄養士さんや先生が準備をするのではなく、2人の当番の子どもたちが、おやつの準備を始めました。男の子は、皆のためにリンゴを切る係です。小さなナイフを使って、リンゴを切り始めました。しかし今一つ上手に切れません。担任の先生は、お手本にリンゴをこういう風に切るといいと、ほんの2切れか3切れ切ってみせました。男の子は、先生から教えられたように、リンゴを切る作業を続けました。日本ではどうでしょうか。子どもが手にけがをしたらどうしよう。他の子どもたちを傷つけたらどうしようと考えてしまうかもしれません。このことを担任の先生は、次のように説明しました。子どもに危険であるから、ナイフを持たせないのではなくて、ナイフの危険を認識させつついかに危険を回避するかを、実際にナイフを使いながら学ばせるのがよい。勿論ナイフを使わせることについて、保護者に説明をして、同意を得ているとのことでした。こうした子どもたちの自立への訓練がごく自然に行われているのです。」
 昨日のテレビで、茂木健一郎氏が「育児とは見守ることである」と言っていました。見守ることで、過去の天才は生まれてきたという実例も出していました。しかし、それはとても難しいことです。というのは、傍から見ると「見守る」ことは「放っておく」ように見えるからです。そのどちらかは、見ている本人でないとわからないことが多いからです。たとえば、前述のナイフを使う場合でも、使おうとしているこの発達をきちんと理解していなければなりませんし、子どもを信じないと見守れません。もっと、子どもを信じるべきです。その心があれば、放っておくことにはならないのです。

緩和か強化か

 今日のニュースでこんなものが流れました。
 「三越は4月から、東京・日本橋の本店と札幌店の閉店時間を原則として1時間繰り上げて、平日や土曜日は7時とする方針を決めた。そのほか6店も30分短縮し、4店は元日以外に年1?5日の休業日を設ける。売り上げ不振が長引くなか、営業の効率化を図るねらいがある。こうした営業時間の短縮は、他の百貨店に広がる可能性もある。」
 この記事にあるように、店舗の環境によってその取り組みは違うようです。また、売り場によっても変えるようです。たとえば、日本橋本店では、通常は午前10時?午後8時の営業ですが、1階と地下1、2階、飲食店以外の売り場の閉店時間を午後7時に早めます。また、30分短縮する6店以外はの集客が見込める店舗では、変更しないそうです。
 休業日も、競合店の少ない店舗が、場所によって設ける日数が違うようです。全体の動きとしても、「百貨店業界は90年代以降、休業日を減らし、営業時間を延ばしてきた。だが、最近はコスト削減や従業員の福利厚生のため、営業時間の短縮を求める声が強まっている。三越と同じ百貨店グループにある伊勢丹も、新宿本店以外の店で、営業時間の短縮や休業日導入の検討に入っている。」のようです。
 確かに、年々、店舗は営業時間が延びてきました。また、営業日も増えてきました。伊勢丹の歴史を読むと、「1994年5月以降、大店法の規制緩和と厳しい経済環境を背景に、百貨店各社において営業日の拡大と閉店時間の延刻が急速に進んでいきました。」とあります。この営業日数の増加、営業時間の延刻については、「収益性」「従業員の労働条件」「同業他社との競合」「百貨店としての役割」を4つの柱から検討されてきたようです。しかし、同時に労働条件に影響してきます。そのために、営業時間拡大に伴う労働条件の対応は、「総営業時間を延長する一方で、労働時間を短縮する」という一見相反する高い目標を掲げ、新たな就業形態や休日の考え方・設定の仕方について議論を重ねたそうです。ただ、従業員の労働条件の問題だけでなく、従業員の家族、特に子どもへの影響も考えてほしかった気がします。
 今は、規制緩和の観点から営業時間などは緩和されていますが、世界では、大型店の出店に対してさまざまな規制があります。それどころか、EU諸国では、規制強化をしています。また、地方分権から原則的に基礎自治体が、大型店の許可権限を持っています。その中で、開店時間の規制に関しては、閉店時間の延長(ドイツ閉店時間法の改正, 1996年11月)、日曜開店(イギリス The Shops Acts, 1950の改正, 1995)など規制緩和の方向もみられます。しかし、ドイツは、景気対策として閉店時間を2時間延長しましたが、採用したのは全商店の13%で、従業員100人以上の大型店だけでし、雇用にも貢献していないことから、3年後の1999年に再度見直されています。イギリスでは、日曜開店について15年間をかけて議論したそうです。これには、当然宗教的な理由もあるでしょう。
EUにおける商業では、規制強化がトレンドだそうです。とくにEUの諸国で、消費者に近接したサービスの提供と、中世、近世の街並みを保全、利用を一体的に追求していることは、まちづくりを中小商工業の振興の中心にしようとしている日本でも参考になるといわれています。不景気な今こそ、何が重要であるかということをもう一度考える時かもしれません。

Q&Aサイト

 少し前のブログで、ネット上の検索のことを書きましたが、検索してその意味を調べる時には、辞書を使います。ことばそのものの意味を調べる時には、ネット上で三省堂の「大辞林」が自由に使えたり、他にも英和辞典や和英辞典、翻訳などが自由に使えるようになっています。また、百科事典機能もあります。多くの人に使われているものに、コピーや引用など自由に使える百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」というウェブサイトがあります。ここには広告は一切掲載せず、資金的には個人や団体などからの寄付により運営しています。また、その語句の説明などの書き込みにも誰でもが無料で自由に参加でき、世界各国の言語で展開されています。しかし、自由に書き込めるために、たまに信憑性を疑うような内容の時もあるようで、必ずしもそのまますぐに信用しないで、参考にする程度にしたほうがいいようです。
 もう一つ、検索したり、調べるときに有効な方法があります。それは、「Yahoo!知恵袋」や「人力検索はてな」や「教えて!goo」や「OKWave」というようなところに質問を出すと、だれかがその質問に答えてくれます。数人が答えてくれることもあり、そのやり取りを見ることで、いろいろなことを知ることができます。すなわち、インターネット上で質問を出せば、知らないことを教えてくれるだけでなく、相談事や悩みまで見ている人すべての膨大な知識を得ることができるのです。このようなQ&Aサイトの利用者は急増しています。ネットレイティングスが2008年4月に発表したデータによれば、2008年3月時点で「Yahoo!知恵袋」の利用者数は1261万人(1年前は465万人)、「教えて!goo」は781万人(同505万人)と、1年間で5割から2.7倍という高い伸びを示しています。さらに、ネットレイティングスの2008年12月24日付プレスリリースによれば、「Yahoo!知恵袋」や「OKWave」などのQ&A サイトは、家庭だけでなく職場でも使われるようになっているといいます。このように、なぜ見知らぬ人同士で、有益な情報交換が成り立つのか。また、蓄積された知識はどのように活用されているのか。ということについて、中央大学大学院戦略経営研究科の助教である折田明子氏が調査、分析をしています。
 折田氏によると、日本のQ&Aサイトの歴史は、2000年1月に運営開始された「OKWebコミュニティ」(現OKWave)に始まります。その後、2001 年7月には「人力検索はてな」、2004年4月には「Yahoo!知恵袋」がベータ版サービスを開始します。「価格.com」では、価格比較サイトの付加機能として1997年からクチコミができる掲示板を開設し、2000年3月から製品や型番単位ごとに書き込みができるようにしたそうです。
 現在、Q&Aサイトはどのように利用されているのかというと、ネット上の情報交換の経験については、回答者の4人に3人が「価格.com」の利用経験があり、約半数がYahoo!知恵袋および教えて!Gooを利用しているようです。「Yahoo!知恵袋」では特に「趣味について」(27.2%)、「家電やPCの購買・利用法について」(25.6%)、「健康や病気について」(20.8%)の利用が目立っています。
それにしても、不思議な時代になったものです。見知らぬ人に質問し、その回答を信じるのです。今の人は、身の回りの人に聞くよりも、見知らない人に聞いたほうが、気が楽なのかもしれません。

株価

 私は、全く株はやりませんし、あまり興味もありません。しかし、たまに株価に注目するときがあります。それは、株価の上がり下がりで時代が分かることがあるからです。今日の「松竹の株価が後場急騰。98円高の744円まで買われ、高値引けとなった。」というニュースは、目を引きました。それは、松竹配給の「おくりびと」が現地22日、米アカデミー賞の外国語映画賞を受賞し好感されたからです。この受賞により、現在も上映している映画館があるため配給収入増加や、今後発売が予定されているDVDなどへの好影響を期待したために買いが入り、株価が急騰したようです。
 今年の初めにもこんなニュースが流れました。「スポーツ用品メーカー「ヨネックス」の株価は会見を行った25日に続いて上昇し、28日には一時は849円から100円ストップ高の949円まで急騰した。」というものです。
 この記事によると、株価の上昇は、会見後となっていますが、何の会見かというと、ヨネックスが、複数メーカーの争奪戦の末、勝ち取ったゴルフの石川遼との5年4億円の大型契約を結んだという内容した。その行方を注目していたのは、ゴルフやスポーツ関係者だけではなく、ゴルフ界を超えた人気を誇る石川の動きには、投資家も素早く反応したようです。同様に、松下電器産業とも5年5億円(推定)の所属契約も発表し、世界戦略を見据えて今秋から社名を「パナソニック」に変更する同社も“ハニカミ景気”が追い風となるかといわれています。ヨネックスの関係者は、「株価が上がっているのは知っていましたが、まさかストップ高とは。契約締結とメディアへの露出の効果でしょう。」とあまりの反響の大きさに驚いているようです。
こんなに石川効果があるので、年間2億円もの契約金は、1998年にワールドワン社と5年10億円の契約を結んだ尾崎将司に並ぶ史上最高額で、宮里藍、横峯さくらの6倍といいますから、すごいですね。
こんな株価の上がり型もあります。今年になって、「クボタ」の株価が上がりました。その理由は、農水省が農地の賃貸・売買の仲介に乗り出すと報じられたことから見直し買いが入ってきたからのようです。農業機械メーカーは、その政策で営業利益が増すと考えられたのでしょう。
株価は、基本的には他の商品と同様に需要と供給のバランスによって決まります。即ち、需要(買い)が供給(売り)より多ければ値上がりし、供給(売り)が需要(買い)を上回れば値下がりします。しかし、どんな時に買おうとするかということは、経済や社会の動きが反映されます。もちろん、「業績が好調である」ことが一番の要因ですが、現在だけでなく、「業績の見通しを上方修正した」というように、企業自身で利益が出そうだという見通しを立てた時にも買いが多くなります。そして、「新製品の発表」があったときなどは、株に興味のない私でも、その商品がどのくらい価値のあるものかを判断するために、注目します。
そのほかにも、天候や自然災害なども株価に影響を与えます。地震などで大きな災害が起これば被害にあった企業の株価にとってはマイナスですが、災害の復興需要を見込んで建設や土木関係の株価が高くなりますし、異常気象などで猛暑が続けば、ビールや清涼飲料、水着やエアコンなどの売上げが増えることから、これらのメーカーの株価が上がることになりますし、反対に冷夏になれば、これらの株価も低迷します。
 アカデミー賞も、いろいろなところに影響してくるのですね。

自立

 子どもが小さいころの親子のスキンシップの大切さは、前頭葉の発達に影響しているだけでなく、大人になったときにいろいろな影響を与えることが分かっています。その一つとして、「添い寝」が見直されていますが、他にも昔は当然のように行われていた育児方法の中には、このスキンシップが多く含まれている気がします。たとえば、「母乳」をあたあえる時でも、必ず抱っこし、母子の体を密着しなければ与えられませんし、赤ちゃんを子守りしながら仕事をしなければならないためにしていた「おんぶ」も、母子の体を密着させます。そんなことを考えると、文明というのは、人と人を離していく方向に来ているのかと思ってしまいます。しかし、より科学が進んでくると、もう一度昔の育児が見直されることもあるかもしれません。私の園でも、子どもをおんぶしてくる親子がいますが、その姿がなんだか懐かしく見えます。
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また、最近の研究では、添い寝によって結ばれる親子の絆は、母親に限らず、父親達もまた同じ場所で寝、より多くの時間を赤ちゃんと共にすることにより絆を深め、またそれを楽しんだということが報告されています。
 また、逆に最近の問題として、どのように「母子分離」を図るかがあります。早稲田大学人間科学学術院教授の根ヶ山光一さんが、「発達行動学」の面から人間の子育ての特徴を言っています。
「子育てを子別れとしてとらえるということは、愛や触れ合いで語られることの多い母子関係に「反発性」「分離」の意義を認めることである。」このような観点から子育てを語ることは、私は、少子時代では意識しなければならない気がします。ただ、私たちからすると「反発」という言葉は、そうしてもマイナスイメージがありますが、根ヶ山さんは、反発性は「健全」なものであるといって、このように説明しています。
「健全な反発性は子どもの自立を促す。過ぎたるは及ばざるがごとしということわざがあるが、親の優しさも行きすぎると子どもの自立をそこないかねない。苗に水や肥料を与えすぎるとかえってよくないのと同じで、要は親和性と反発性の適度なバランスが肝心である。たとえば出産も、体内での保護からの脱却と考えれば一つの反発性だし、離乳も母乳という保護手段の終焉を意味する。また親が歩行を促し、その結果歩けるようになることによって抱きという保護が不要になる。このように、子どもの自立の背後には母子の身体関係の変化が横たわっている。子別れに着目するとは、親子関係の発達において両者の身体がもつ意味を再認識するということでもあるのだ。」
このような視点に立ったとき、子どもの発達について新たに注目されるべき切り口として「身体接触」「食行動」「事故」という側面をあげていることは、まさに今の社会での問題のような気がします。この側面からの考察は、私たちが保育のなかで目指しているものととても近いものを感じます。このようにまとめています。
 「そもそも動物が育児書も育児相談もない状況で首尾よく子育てができるのは、身体にもともと備わった感覚に身をゆだねてそれに導かれることが大きな理由である。それが身体の規定力というものである。これは子どもにも備わった能力であり、むしろおとなの身体がもつ規定力よりもはるかに強い主張性を持っていると考えることもできる。動物の親には、子どもの身体からの訴えかけに従うことによって、自然と適切な子育てに導かれているということが多々ある。そのような子どもの持つ主体性を再評価したいものであるし、それと同時にそういった主体性・能動性がのびのびと発揮できるような環境作りと、それをふまえたおとなと子どもの望ましい共生の創生を模索していく必要があるだろう。」

添い寝

 昨日、園にベルギーから3名の見学者が見えました。以前、世界文化社から発刊された「ベルギーの子育て」という、日本人によるベルギーでの子育て体験の本の帯封で推薦文を書いたことがあります。その内容については、また、後日書くことがあるかもしれませんが、世界での子育て事情というサイトの中で、ベルギー在住の方がこんな記事を書いていました。「添い寝の習慣について」という内容です。
「こちらの“Familli”という育児雑誌で添い寝(親と同じ布団・ベッドで寝ること)に関する記事があったので目を通してみました。この記事のアプローチでおもしろいなと思いましたのは、「子どもと一緒に寝ることについて不安を感じてませんか。大丈夫。そのうち別々に寝るような習慣になるから・・・・」という呼びかけです。
記事では、「こちら欧米でも赤ちゃんから2歳・3歳になるまで親とともに寝る生活習慣をかなり取り入れるようになってきている。数値では、スウェーデンでは、65%の幼児が親と同じベッドに寝る。ノルウェーでは、30%の幼児が自分のベッドに寝ている。中国では、90%が母親とともに寝、そのうち10%が自分の布団に寝るようになる。という結果がでている。それぞれの家庭でいつ子どもを自分のベッドで寝かせるか(親から離れさせるか)を決めればいい。決まった時期がないが、医学的な視点でいえば、6ヶ月頃(母乳・ミルクのリズムが定着したころ)に一度試みることもいいかもしれない。2歳に向けて少しずつ、その試みをチャレンジしてみてはどうだろう?」というように伝えています。
更に添い寝の追加アドバイスとして、「一緒に寝ている間は、親はベッドでは喫煙してはならない」「高めのベッドは避ける」「アルコールを飲んでいるときは幼児とは寝てはならない」「布団はあつすぎず、部屋の気温もあつすぎず」
などがポイントとして添えられていました。てっきり、ヨーロッパでは、子どもは別々の習慣が根付いていると思っていましたが、こういった記事をみるとそうでもなさそうですね。」
この記事に書いてある通り、確かに多くの欧米諸国では「添い寝」は、子どもの自立を妨げるとして、早いうちから子どもを一人で寝かせることが主流です。しかし、私も少し前になりますが、ある記事で、アメリカでも添い寝が見直されているという内容のものを読んだことがあります。それは、「アタッチメント・ペアレンティング」という赤ちゃんとのスキンシップを大切にする育児法です。
しかし、どちらが本来の行動であるかというと、当然、赤ちゃんにとっても、母親にとっても「添い寝」が最善の方法です。ですから、人類の長い歴史の中では、当然のように行われてきました。その後、どうも、300年ほど前から、西洋で子どもが独り寝するトレーニングをするようになったようです。どうしてそういう習慣になったかはよくわかりませんが、そのために、欧米では、子どもたちは安心するための物(おしゃぶりや毛布など)に、かなり強い愛着を持っており、その物がないと、よりむずかりやすいようです。ドイツに行くと、お昼寝の部屋の棚には、一人ずつの「おしゃぶり」が並んでいました。
 また、最近、情緒障害の成人が、親とのスキンシップの欠如による影響を受けていることが憂慮されるようになってきているそうです。なんでも欧米化ではなく、日本の子どもとの関係を見直すべき時代になっているようです。

料理

 よく、保育園などでは「家庭的な環境」とか「家庭的な雰囲気」という言葉を使うことがありますが、この「家庭的」という概念は、人によって、時代によって随分変わってきていると思います。いわゆる「一家だんらん」というイメージも変わってきました。テレビでかつて見た「寺内貫太郎一家」のようにお手伝いさんや使用人も含めた家族全員で一つのちゃぶ台を取り囲んで(なぜか手前にはだれも座らないが)食事をするとか、時たま主人がそのちゃぶ台をひっくり返すなど、テレビや映画の世界だけになってきました。
 少し「家庭」とは違うかもしれませんが、最近の2005年の国勢調査によると、1世帯の平均人数は2・55人に落ち込み、今後も減少が予想されているそうです。しかも、そのうち一人世帯が、全世帯の過半数を超えたそうで、残りの半数のうちで半数は二人世帯だそうです。
 そんなこともあって、昨日の新聞には、NHKテレビ番組の「きょうの料理」で、3月30日放送分から、紹介する料理の材料の目安を4人分から2人分に減らすようです。この番組では、1957年11月にスタートした当初は、5人分が「目安」でした。ところが、核家族化の進行に伴い、1965年4月から4人分に減らしたのですが、世帯数の変化と、番組テキストの読者アンケートでも2人分を望む声が多かったことや「食べ物の廃棄が問題となる中、食べ物を大切にする姿勢も示す」としていることから、44年ぶりの変更に踏み切ったということのようです。ただ、一度に多めに作った方がおいしい料理や大人数向けの料理は、今後も4人分やもっと多い分量で紹介することもあるそうです。まあ、私は、二人であれば、紹介された分量の半分にすればいいと思うのですが。
「きょうの料理」という番組は、最も長い料理番組の1つで、2006年10月より、「現行の番組で一番の長寿番組」のひとつともなっているようです。そして、その番組のもう一つの印象は、冨田勲作曲の軽快で、包丁で物を刻む音をイメージした「クッキング」という題名のテーマ音楽が流れて番組が始まることです。1回目は、料理された完成品を見せるだけでしたが、3回目から番組内で調理するようになったそうです。その料理は、「かきのカレーライス」だということを、先日のテレビで放送していました。NHKが2006年に公開した「ジャンル別番組制作費」によると、この番組の制作費は1本170万円掛かるとのことでしたが、ずいぶんかかるのですね。
同様に料理の長寿番組で、1996年に「世界一長い期間放送されている料理番組」としてギネスブックに認定されているのが「キユーピー3分クッキング」です。これは民放番組で、番組自体は10分の放送です。この番組のテーマ曲は、イェッセル作曲「おもちゃの兵隊の観兵式」ですが、以前は、「恋とはどんなものか(モーツァルト作曲の歌劇”フィガロの結婚”より)」のオルガン演奏バージョンでした。
他にも、印象深い料理番組では、プロの料理人や料理の得意な人が極上の料理を作り、審査員が点数や優劣をつける「料理の鉄人」や、グラハムとその妻が、世界各地の料理について現地で取材し、それの体験談を基に実際に同じものをスタジオで調理していく「世界の料理ショー」があります。グラハムがワイングラス片手に、ユーモラスなトークと、スタジオ観覧者が笑うというスタイルは新鮮でした。

グスク

たびたびブログで「○○100選」というのが登場します。各地を訪れる時、どうしてもいわゆる有名なところを訪れたり、案内してもらうとなると、何かしらの100選に選ばれていることが多くあるのです。それは、自然であることが多いのですが、文化財のこともあります。その中で「日本100名城」というものがありますが、これは、財団法人日本城郭協会が2007年に設立40周年の記念事業の一環として、日本国内の名城と呼ばれる城郭を公募したもので、歴史や建築の専門家などにより、観光地としての知名度や文化財や歴史上の重要性、復元の正確性などを基準に審査の上、2006年に選定されたものです。
この100選には、先日のブログで取り上げた「八王子城」や「小田原城」は選ばれていますし、今年は、是非とも訪れたいと思っている「天地人」の舞台である上越市の「春日山城」も選ばれています。
この100選の中で、沖縄県の城が三つ選ばれています。そのうちの二つ「今帰仁城」と「首里城」には、昨年、妻と訪れましたが、もう一つの「中城城」には、今回の沖縄での講演会の帰りに寄ることができました。どれも、「日本100名城」というだけでなく、国指定史跡や世界遺産にも選ばれています。沖縄では、城のことを「グスク」と呼びますが、これら琉球王国のグスク及び関連遺産群は、2000年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
 首里城は、2千円札でも有名な守礼の門があります。門には、この名称で呼ばれている由来の扁額の「守禮之邦」という額が掛かっています。
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この首里城は、沖縄の琉球王国の歴史・文化を象徴する城です。沖縄の城壁は戦国大名の多くお城と大きく違うのは、曲線を描いている点です。いわゆる、角の石がないのです。また、万里の長城のように、長くある幅を持った石垣の壁で囲まれているいくつもの広場を持ち、また信仰上の聖地も存在しています。
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これらの特徴は、ここ首里城に限られたものではなく、グスクと呼ばれる沖縄の城に共通する特徴です。
首里城は国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、王国統治の行政機関「首里王府」の本部でした。しかし、明治になって、首里城から国王が追放され「沖縄県」となった後は、日本軍の駐屯地、各種の学校等に使われ、1930年代に大規模な修理が行われた。ところが残念なことに、1945年にアメリカ軍の攻撃により全焼してしまいます。戦後、跡地は琉球大学のキャンパスとなりますが、大学移転後に復元事業が推進され、今の姿を見せています。
今帰仁城は、「なきじんぐすく」と読みます。この城は、14世紀に琉球王国三山時代の三山の一つで、北山王の居城でした。
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 中城城(なかぐすくじょう)は、15世紀の琉球王国・尚泰久王代、護佐丸のグスクとして知られています。
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中城城は連郭式の山城で六つの郭で構成されています。
 これら沖縄のグスクの城壁は、主に琉球石灰岩の切石で積まれてします。1853年に来島したペリー提督も「要塞の資材は、石灰石であり、その石造建築は、賞賛すべきものであった。石は…非常に注意深く刻まれてつなぎ合わされているので、漆喰もセメントも何も用いていないが、その工事の耐久性を損なうようにも思わなかった」(日本遠征記)と記し、その石垣のすばらしさを讃えています。
 沖縄には、琉球文化が色濃く残っています。