明日に控えたアメリカ大統領就任式に関する新聞記事やテレビニュースが多くなっています。その中で、やはり、オバマ氏が比較されるリンカーンに関する話題も多く見られますし、彼の言葉が引用されることも多いようです。
きょうの朝日新聞のコラム天声人語では、就任演説がどうであるかを話題にしています。その最初の部分に私は全く同感します。それは、私は最近講演することが多く、先週の土曜日は5時間講演でしたし、昨日依頼された講演も5時間でした。時には、8時間ということもあります。「長くて大変ですね。」と言われるたびに、私は、二つの答え方をします。一つは、「いいえ、長い講演は、話している方よりも、聞いている方が疲れるものです。」と言います。私に8時間座って人の話を聞いていなさいと言われたら、それこそ苦痛かもしれません。もう一つの返答は、「いいえ、短い方が大変です。」と言います。天声人語の最初に西洋の賢人が、手紙の書き出しに書いた文章が紹介されています。「今日は急いでいるので長い手紙になってすみません」
また、米国の28代大統領ウィルソンが言った言葉は、「1時間の話なら今すぐ始められるが、10分の話は準備に1週間かかる」です。私は、時間だけでなく、こうも思っています。「難しいことを難しく言うのは簡単だが、難しいことをやさしく言うのは難しい。」ということも常々思っています。保育という人の生き方、人の考え方を問うている内容を、いかにやさしく、短い言葉で語るかは、私は一生の課題だと思っています。
それで有名なのが、天声人語に紹介されたリンカーンのゲティズバーグでの演説です。わずか10の文で構成された272語・3分間の「人民の、人民による、人民の為の政治=The Government of the people, by the people, for the people」です。もちろんこの文は、リンカーンが考えたものではなく、1380年にイギリスで出版された旧約聖書にジョン・ウィクリフが序文として書き込んだ文章であり、牧師のセオドア・パーカーが著書で紹介したのを引用したもののようですが、演説全体は、まさに自分が目指すべき政治を、簡潔で、言葉がこまかく吟味されて表したことには間違いはありません。また、お互いに一人一人が献身すべきことと、その高き理念がきわめて明快に述べられています。しかし、当時、あまり評判は良くなかったようです。同時にリンカーンの演説の前に行われたエドワード・エベットは1時間20分にわたる大演説をし、並みいる将兵に深い感銘を与えました。そのあと、リンカーンが立ち上がって何か祈りをこめるような調子で3分ほど演説をしましたが、それは沈痛で、重々しく、聞きとりにくいものでした。
しかし、エベレット自身も、後日、リンカーンヘの手紙のなかで、「あの場における小生の2時間の演説が、閣下の2分間の演説の要諦に迫るものであったと自負できるなら、まことに光栄です」と、謙虚につづっています。アメリカ随一の雄弁家であった故に、素直に、リンカーンのスピーチのすばらしさを認めたのでしょう。そのほかにも、リンカーンは様々な言葉を残しています。また、明日紹介します。
人の話す言葉には、その人の人格が込められ、その人の思想が含まれます。それを人にいかに簡潔に伝えることができるのか、また、人からそれをいかに学んでいくかが、私の今の課題です。
世界一短い手紙というのがあります。フランスの文豪ビクトル・ユゴーが「ああ無情」を出版した時に、その売れ行きを問い合わせした手紙に「?」それを見た出版社は「!」と書いたといいます。「売れ行きはどうだった?}「びっくりするくらい売れたよ!」という意味でなかなか味なやり取りですね。今朝見たオバマ氏の就任演説も、短くてもなかなか含蓄のある名演説でした。ん?藤森先生は8時間も講演されることがあるんですか?私は、それくらいお聞きしても全然平気です。来月は、大阪のセミナーでゆっくりお話をお聞きしようと張り切っています。
「短い話」は確かに難しいですね。いわゆる「あいさつ」としての「お話」など一体何を話したらいいのだろうかと途方にくれます。それでも現在の仕事についてから「あいさつ」としての「お話」をする機会がなくなったのは実に嬉しいことです。簡潔明瞭に自分の意思を表現することができればいいのに、とつくづく思います。「一言どうぞ」と言われても、事柄のポイントから外れていろいろと考えてしまうという癖がありますのでそのイベントにあった「一言」を編み出すのは私には至難のわざです。藤森先生が今日のブログの最後に掲げられた「私の今の課題」は私にとってはどうやら永遠の課題になりそうです。リンカーン大統領の様々な「言葉」には関心があります。次回のブログが楽しみですね。
話すということ、伝えるということの難しさは、それをすればするほど感じます。一番伝えたいことを伝えるためにはどのように話すのがいいのかを考えて人と話すようにしているのですが、いつもうまくいかずに反省しています。また、言われるように、話す言葉に自分の人格がでているんだろうということも感じます。絶対にごまかせないところだと思います。話すテクニックを磨くことも大切ではあると思いますが、人格や生き方を高めることを怠ってはいけないですね。
自分が学んだものを人に教えるときに毎回思うことが、もっと分かりやすく言えば良かった、あの言い方では自分だったら分かりにくいなぁ、などよく思います。自分の考えなどを簡潔で分かりやすく伝えることは本当に難しいことだと思います。ましてや難しいことを簡単に伝えることなんて、私にはもってのほかのようです。だからと言って諦めずに、少しでもスピーチや意見など、相手に自分の気持ち、考えを伝える訓練をしていこうと思います。それは藤森先生がよく言われますが、コミュニケーション能力にも関わってくると思うからです。