老いと豊かさ

 高齢者の言葉は、長い時間の経過の中で実際に体験してきたことから出てくるので、とても説得力があり、それは、科学的にも正しいことが多くあり、とても参考になります。また、寿命というのは、もしかしたら人によって定めれらた運命的なところもあるかもしれません。しかし、その与えられた人生をどう生きるかということは、自分で開拓していくものです。それは、実際の行動で示すこともありますが、考え方でその人生が熱くなることがあります。それは、決して高齢者に限らず、若い人であっても同じことが言えます。年をとっていくということなどを含めて、今、自分に与えられた様々な課題は、自分の人生を厚くするためのものであると理解することは、その後の人生を有意義に生きることにつながります。
 読売新聞の連載の中で昆虫画家の熊田千佳慕さんは、80歳の時、昆虫の微細な起伏や模様に気がつきます。その時に「先がないから『もっと見ろ』と神様に言われたのかもしれない。」と思うのです。その後、天命によって絵を描き続けます。描き続けているうちに、90歳になるころ、心身の老いと疲れを感じ始めます。そこで、「二分の力を残して」作業を終えるようにします。全力を注がないようにしたのです。すると、仕事は中途半端になるかと思いきや、逆に、作品に「豊かさ」という新たな評価が加わったといいます。熊田さんは、「僕には『老後』はない。」と言い、70歳からの「成長する老い」を生きているといいます。老いて力を抜くことは、豊かさを増すことであると考えるのです。そうなると、老いることは、衰えることではなく、成長するということになるのです。
 そのことを、理化学研究所センター長の渡辺さんは、このように説明します。「老化とは、疲労などで脳などの組織が傷つき、生命の根源である回復力が失われる現象である。」ですから、心身をリラックスさせるなど、力加減を知ることが長寿の手がかり。柔軟な回復力は疲労による脳の損傷も治すのだそうです。柔軟さが、老化を妨げるのです。歳をとるに従って、かたくなに自分を変えようとしない人をよく見ますが、それは、信念が強くなったのではなく、老化を加速させることなのです。
 一方、慶応大準教授の高山さんは、発達心理学から老いを説明しています。「知能は生涯を通じて発達する。おいて経験を得ることでこそ磨かれ、豊かになる知恵という力もある。」老いることで、知識は減少するかもしれませんが、柔軟性は、知恵を豊かなものにしていきます。それは、生物学を学ぶ意味は、知識を得ることだけではなく、生物の示す真実を私たち一人一人の人生に生かすことです。」と、どのような真実を私たちに示してくれているのでしょうか。それは、「生物をよく観察すると、無心に生きながら、足りないものを補い、欠けたものを再生し、その生き様はまさしく柔軟です。」と、京大名誉教授の岡田さんは言います。
柔軟さに目を向ければ、「自然の仕組みの素晴らしさに感動すれば、それぞれの年代の肌、容姿があり、それをありがたく受け入れる姿勢になります。マニュアルや知識ではない。本当の長寿を支えているものは、こうした心のありようだと深く感じるのです。」と言います。「生物には人間のような知性はありませんが、健康に生を全うするための優れた五感を備えています。豊かに生きるためには、私たちも都市生活などで失ったこの五感を研ぎ澄まさなければなりません。常に軌道修正しながら、止むことのないしなやかな生き方、大事なものは本質です。」
いろいろなところに通じる言葉です。

老いと豊かさ” への4件のコメント

  1. 「成長する老い」-とても新鮮な発想に富んだ言葉です。昔読んだサミュエル・ウルマンの詩を思い出しました。『青春とは人生の或る期間を言うのではなく 心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯儒を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。人は自信と共に若く、失望と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望とと共に老い朽ちる。』老いてなお、高い理想と目的感を持って、充実した一日一日をおくれることが幸せなんですね。

  2. 経験を重ねてこられた方の言葉を聞いて、ドキッとさせられることがよくあります。あることに関して自分の考えが本質を捉えていると思っていても、「ああ、自分はまだまだだ」と反省させられることが多いです。うまくいえませんが、心のあり方がやわらかいというか、私のように物事にとらわれていないというか、とにかくそのようなことを思わせてくれる方の話を聞くのは学ぶことが多いです。今回は「全力を注がない」「柔軟さ」「無心」「しなやか」などの言葉が出てきましたが、とても大事なことだと思います。「必死さ」や「一生懸命」といったこととこれらのバランスをとることができればいいんでしょうね。適度に力を抜くことができれば今探しているものが見えるような気もしますが、そう簡単にはいきそうにはありません。

  3. 彼是四年前になりますか、初めてドイツミュンヘンを訪れました。ホテルのチェックインカウンターで宿泊記録を書こうとしたとき眼鏡越しの書類がぼやけて見えない、という経験をしました。どうやらそれが老眼の始まりでした。もともと近眼で眼鏡の力を借りないとまともにものが見えないことに加えて近視用眼鏡をはずさないと手前のものが見えなくなりました。そのことを認識すると「目の見えるうちに真善美なるものを観たい」と切に思うようになりました。爾来、古今東西国内外の絵画を見るようにしています。母方の遺伝でしょうか、耳も聞こえなくなりそうなので聞こえるうちに良い音を聞こうと思いなるだけ生のクラッシックを聞くようになりました。そして老いの向こうにある死を思うとなるだけ多くのことを知っておきたいと思うようになりました。確かに、老いてますます豊かになっていく自分を今実感しています。

  4.  年をとった人の言葉というのは確かに重みを感じる場合が多くあります。身近で言うと私の祖父と祖母の言葉です。祖父は普段はあまりしゃべる方ではありませんが、時たま話す言葉の中に深い言葉が多くあったような気がします。祖母は逆によく話しますが、その分生活の知恵というのをたくさん教えてもらいました。やはり、そういう話を聞くたびに高齢の方というのは単純に年をとっていないんだなぁと思います。そして、そういう風になるには、柔軟な姿勢が大切なんですね。生物みたいに足りないものを補い、欠けたものを再生していく、このような姿勢が人間にも大切のような気がします。

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