2,3日の箱根駅伝は、毎年ながらドラマがありますね。今日の新聞やテレビ番組では、総合優勝を果たした東洋大学の選手たちが取り上げられていました。その中で特に注目を浴びたのが、1,2年生を中心の選手層で、来年以降の活躍も期待できそうなところでしょう。
昨年暮れ近く妻と中野駅から園まで散歩しました。途中「林芙美子記念館」に寄ることも目的でしたが、もう一つ、途中で「哲学堂」にも寄りました。ここは、今回の駅伝総合優勝を果たした東洋大学の創設者である哲学者井上圓了博士が、明治37年小石川原町(文京区白山)に開設された哲学館大学(現東洋大学)を記念して「四聖堂」を建設して、それが「哲学堂」と呼ばれ、そのまま公園になっているところです。

この公園内にある「四聖堂」とは、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀ったものですが、当初哲学堂とも呼ばれていたために、公園名は「哲学堂公園」となっていますが、そのほかにも到る所に哲学に由来するユニークな名前の坂や橋などが点在し、井上円了の思想を垣間見ることができるようになっています。
井上円了は、明治14年、設立間もない東京大学文学部哲学科に入学しますが、そのときはただひとりの1年生でした。しかし、在学中に「洋の東西を問わず、真理は哲学にあり」と確信します。ここでいう「哲学」とは、「万物の原理を探り、その原理を定める学問」ということであり、維新後の日本では鹿鳴館時代に象徴されるような欧米文化至上主義の時代で、そのような表面的なものに踊らされること無く、きちんとした事実と実証に基づいて物を考えるべきだということを訴えているのでしょう。今でも、なんとなく哲学というと観念的演繹的な学問という気がしますが、円了は、「政治、法律はもとより科学や芸術まで、その根底には哲学がなくてはなりません」と述べています。この考えから明治20年「私立哲学館」という哲学専修の専門学校を創設しました。これが現在の東洋大学の前身なのです。
私が彼に共感する部分として、学問とは机上のものではなく、実践してこそ価値を持つという考えで活動したことです。「余資なく、優暇なき者」のために「社会教育」と「開かれた大学」を目指して活動を開始します。その一つに、学校開設の翌年から「哲学館講義録」を発行して、通学できない者にも勉学に機会を与えました。これが、今の通信教育です。また、30歳代から生涯、全国行脚を続けて講演を行います。統計の残っている明治39年から大正7年までの13年間で、全国60市、2198町村において5291回の講演を行い、社会教育に力を入れたという記録が残っています。
このようないわれのある哲学堂公園に点在している「哲学堂七十七場」のいくつかを紹介します。

六賢臺(ろくけんだい)聖徳太子・菅原道真(日本)・荘子・朱子(中国)・龍樹・迦毘羅仙(印度)の六人を東洋的「六賢」として祀ってあります。

宇宙館(うちゅうかん)哲学が宇宙の真理を研究する学問であるとの観点にもとづき、哲学の講習の講義室として設けられました。
主観亭(しゅかんてい)客観盧に対する名称で心界の休息所の意味であり、一休みして心界の風光を観察するのに最高の場所です。
自分を振り返るのにはいい場所です。
毎年、お正月は箱根駅伝を見ますが、今年は盛り上がりましたね。特に、東洋大学はスーパールーキー柏原君の山登りでの快走もあって見事な初優勝でした。テレビをみながら、東洋大学ってどんな大学かなと思っていたのですが、今日のブログでよくわかりました。私たちの学生時代は、哲学といえば、倉田百三や西田幾多郎、阿部次郎あたりを齧る学生が多かったように思います。私は特に阿部次郎の「三太郎の日記」を耽読してましたね。難解極まりない文章を一言一言読み砕いていくことで、自分の知力の限界を超えることができるのではと挑戦しましたが、硬い岩盤に爪を立てるのが精一杯でした(笑)。残念ながら井上円了先生の著作には出会うことはありませんでしたが、知行一致の考え方といい、全国を講演活動で行脚された事といい、藤森先生とどこかオーバーラップする所がありますね。
久し振りの投稿です。
今年の“箱根駅伝”感動しました。
毎年私の母校が出場していますので、応援しています。
実は、今年の総合優勝した“東洋大学”は私の母校なのです。
とても嬉しかったです。
“不祥事”がありましたので今年はどうなるのかなと思っていましたが・・・、本当によかったです。
学生時代“哲学”に少しだけ触れることが出来ました。
井上円了先生の“哲学”をベースにした教育理念はとてもよかったように思います。
はじめは“哲学”というと、堅苦しいイメージがありました。しかし、物事を解釈するための“方法”“素材”“キーワード”になるのではと思うようになると、何となく納得出来るような気持ちになりました。その後少しだけ哲学を学ぶことが出来ました。
私は恥ずかしながら“哲学堂”へまだ行ったことがありませんので、時間を見つけて行ってみたいと思います。
今年の箱根駅伝はもちろん見ていました。正直言いますと、まさか東洋大学が優勝するとは思ってもいませんでした。テレビで東洋大学の監督と選手が特集されているのを見ましたが、その時に優勝の要因は何か?という問いに監督は「感謝」と答えていました。不祥事があり、それから色々な人に助けてもらった意味での感謝だそうです。これを聞いて心から感動しました。
東洋大学はその友人が進学したおかげで知ったのですが、どのような大学か知りませんでしたが、今回のブログで色々と知ることができました。「哲学」という言葉を聞いただけで頭が真っ白になるくらい哲学というものが何か分からないのが正直な感想です。しかし以前から「哲学」というものに興味は少なくとも持っているので、色々調べてみようと思いました。
実践してこそ価値を持つという言葉とその行動が多くの人の心を動かしてきたんでしょうね。哲学というと議論が中心で机上のものというイメージがありますが、そのイメージもずいぶん変わりました。何事にも根底には哲学が必要で、そして何よりも行動が大切というのは、まさに今自分が目指すところです。そんなことを思いながら訪れる場所を持つことも、実は大切なことなのかもしれませんね。
「林芙美子記念館」も「哲学堂」も割りと近場にあるので、いつか行ってみたいと思っていました。まぁ、そう思いつつ2年が経過しているところをみるとはたしてどうでしょうか。とは言え、今日のブログで紹介されていた「哲学堂」は是非訪ねたいと思います。井上円了博士については名前を存じ上げる程度で博士のインド哲学に関する著作を少し読んだかな、というほどですからほとんど無知に等しいですね。「四聖堂」の「四聖」には驚きました。カントを除く三聖人は全て紀元前の方々でそれゆえドイツ観念論の元祖とも言われる「カント」の聖人化には何とも奇妙な感じを覚えましたが、明治という時代の思潮に思いを馳せるとさもありなん。現代ならどうだろうかと思います。紀元前の三聖人はノミネートされるかもしれませんが、果たしてカント先生はどうでしょうか。