老いの形

 「老いの形」が急速に変わっている。長い老後をどう生きるか。どんな知恵や仕組みが必要か。直面する課題をシリーズで探る「長寿革命」という連載が、読売新聞で13日から連載が始まりました。その記事から、今の生き方を考える上でのヒントをたくさん得ることができ、とても面白く読んでいます。
 いまや日本は、世界一長寿国です。それは、公衆衛生の向上や医療の発展、感染症対策、健康意識の高まりなどと相まって、日本人の寿命を大きく伸ばしました。しかし、日本人が特に長寿国になった理由に、違うことをあげています。
 欧米諸国に比べ、日本には「高齢になっても、元気なうちは働きたい」という人がはるかに多いという特徴があるそうです。生きがいとして働き、社会のどこかに帰属したいという意識が強いのだそうです。それは、「農業社会では、高齢者にも相応な役割があり、本人も社会もそれを自覚していました。その伝統が今も引き継がれています。この文化的風土と、社会参加の意欲が、日本の特色です。」と書かれてあります。
 以前ブログでも紹介しましたが、私の園の取り組みに「ゲストからスタッフへ」というものがあります。園に来る人は、ゲストとしてこないで、スタッフとして来てほしいという呼びかけです。かつて、園の近くに三宅島から避難してきた人たちがいました。その中の子どもたちにはいろいろな団体からの支援がありました。しかし、お年寄りたちは家に閉じこもってなかなか地域に溶け込みませんでした。そこで、園から、「ぜひ、園に遊びに来てください。」と呼びかけましたが、誰も来ません。そこで、園の片隅に小さいのですが、畑を作って、「そこで何かを作りたいのですが、どうしたらよいかわからないので、助けてください。」と呼びかけたところ、あるお年寄りが来てくれたのです。その時に、人は、誰かから必要とされることで、参加をするのだということで、「ゲストからスタッフへ」というコピーを作ったのです。
 この呼びかけは、人は人生を終える時まで、ゲストではなく、スタッフとして生きようというメッセージが込められているのです。
 この新聞の連載でも、これからの高齢者は、誰もが「長寿」としての役割を与えられるわけにはいかず、従来の老人観を乗り越える必要があることを訴えています。「退職後の世代が大学で学び直す西欧のように、学ぶことを通じて社会参加し、活動を広げることも一つの方法でしょう。高齢者をとりまく社会のあり方を、各世代が真剣に検討し、歩みだすことも大切です。」
 私は、スタッフとして生きるということは、何かに「貢献」することだと思っています。それは、必ずしも肉体的な活動だけではなく、精神的な支えや、その存在自体で生きる姿勢を示すこともあると思います。そして、これはその年齢に関係はありません。たとえば、生まれたばかりの乳児でも、その母親に自らの存在で生きる喜びを与えているのです。また、同時に、生きる意欲も与えています。
自分を必要とする人や、必要とする場があることは、人を老いから遠ざけますし、いつまでも若くいられるための重要な要素かもしれません。