住宅

今、私の自宅の前に351戸のマンションを建設中です。随分と多くの世帯が入居する予定ですので、学区内の小学校では児童数の増加を心配しています。このマンションは、分譲で、少しまえよりもかなり価格は安いのですが、いったい誰が買うのでしょうね。少子化といわれ、それほど子どもが増えていないのにもかかわらず、どんどん高層マンションが建てられています。明日は成人式ですが、今年成人式を迎える人は、昭和天皇が崩御されたのは、昭和64年1月でしたから、昭和64年生まれと平成元年生まれの人がいます。総務省発表によると、1月1日現在の推計人口では、新成人は133万人で、推計を開始した68年以降で過去最少だそうで、今年で最少記録の更新は2年連続だそうです。こんなに成人がどんどん減っているのに、住むところの数がどんどん増えてどうするのでしょうね。
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人口が増えていないのに住むところが増えるというのは、一つには一極集中で、どんどん都心に住む人が増えてきたということと、もう一つの理由に、同居世帯が減り、それぞれの世帯が分かれて住むようになったために、数が増えているということでしょう。かつては、「住まいは代々受け継いでいくもの」という考え方が当時は一般的だったのが、20世紀に入って「自分の家は自分で建てる」という発想に転換したからです。日経新聞の住宅サーチという記事の中で、建築家の隈研吾氏と長谷工コーポレーション執行役員河村順二氏との対談が掲載されていました。テーマは、「過去の伝統、海外に学ぶ日本の住まいのこれから」というものです。この中で、隈氏はこんなことを言っています。
「家を建てなければ一人前ではない」という風潮が戦後に生まれたのは、アメリカの影響が大きく、それは、当時、アメリカが発明した「住宅をどんどん建てることで景気は浮上する」というロジックでした。実際、それはある時期には機能していましたが、しわ寄せは後世に回される結果となります。一つの分かりやすい破たんの形が、米国のサブプライムローン問題です。そこで、消費者が景気対策のために強制的に見せられていた夢から覚め、本来の住宅のあり方を見直そうとしているのです。
「現在の日本の住宅や街づくりに欠けている点は何だと考えられますか?」という問いに対して、 隈氏は、「日本でも、例えば江戸時代には企画・デザインと建設を一緒にやってしまうような優秀な大工さんが多くいました。江戸の街並みが優れていたのは住まいや街を俯瞰で見て、育てていく視点があったからでしょう。しかし、20世紀の大量建築の時代には「街の一部としてデザインすること」「実際に建物をつくること」が切り離されてしまっています。住宅をそれ単体で考えてしまい、ひと続きの街として考えられなくなっていること、問題はそこにあるのではないでしょうか。」と答えています。
コミュニティーは、街の作り方、建物の作り方からでも影響を受けます。