己丑

「今年は何どし」というときに十二支は使われるだけでなく、年、月、日、時間、方位などを示すためにも使われ、それらの吉凶を表わすようにもなりました。江戸時代の時刻の単位は今の時間でいうと2時間ずつ「一時(いっとき)」といいました。一日24時間を12等分し、午前0時を「子」として、時計回りに2時間ずつ十二支にあてはめました。そうすると、午後12時は「午の刻」となり、ちょうど12時ということで「正午」といいます。また、「草木も眠るうしみつどき」という言葉は、午前2のことを指します。
また、中国を中心とする東アジアでは、昔は十二支による方位が用いられていました。北を「子」とし、30°間隔で決められ、東が「卯」、南が「午」、西が「酉」です。そして、日本では、北東は十二方位の丑と寅の中間なので丑寅というように、今の北東のように両方を並べて言いました。
 一方、「甲、乙、…」という十干も、いろいろなところに使われています。少し年配者からすると、これは学校の成績表を思い出すでしょうし、兵隊検査でも甲種合格のようにランク付けに使われていました。また、現代でも焼酎は、甲類、乙類と分けられ、法的議論をする時に、登場人物の仮名に「甲男は、乙男に対して脅しや…」などと使われたり、契約書を交わすときに、当事者を甲、もう一方を乙として文章を作り、最後にそれぞれ署名をします。このように十干は日常的に使われています。
 この十干は、「甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸」ですが、音読みでは、「こう、おつ、へい、てい、ぼ、き、こう、しん、じん、き」訓読みでは、「きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、つちのえ、つちのと、かのえ、かのと、みずのえ、みずのと」といいます。この訓読みを見ると語尾が「え」と「と」に分かれます。語尾の「え」は陽で兄、「と」が陰で「弟」で、両方を合わせて「えと」と呼び、これが「陰陽説」で、日本に伝来して陰陽道と呼ばれました。少し前に夢枕獏原作の「陰陽師」という映画が公開されましたが、主人公の陰陽師・安倍晴明は平安時代の実在した人物です。
 また、四季の変化は五行の推移によって起こると考えられ、方角・色などのあらゆる物に五行が配当されました。この五行の「木」(木行)は、樹木の成長・発育する様子を表す「春」の象徴で、「火」(火行)は、火のような灼熱の性質を表す「夏」の象徴で、「土」(土行)は、万物を育成・保護する性質を表す「季節の変わり目」の象徴で、「金」(金行)は、金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表す収獲の季節「秋」の象徴で、「水」(水行)は、命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね備える性質を表す「冬」の象徴としました。この四季に対応する五行の色と四季を合わせて、青春、朱夏、白秋、玄冬といった言葉が生まれたのです。
 これら五行説と陰陽説が統合されて陰陽五行説が成立しました。今年は、陰陽五行では、「己丑」は、己は陰の土性で丑も陰の土性になり比和です。比和とは、同じ気が重なると、その気は盛んになる。その結果が良い場合には益々良く、悪い場合には益々悪くなります。己の字は三本の平行線を形取ったもので、そこから、条理が整然としている状態という意味になり、植物が充分生長し形が整然としている状態をあらわします。「丑」は、元々は「紐、ちゅう」とされ、「ひも」「からむ」の意味で、やはり芽が種子の中に生まれて、でもまだ伸びることができない状態を表しているのだそうです。
 「己丑」の年に生まれた人は、ちょうど60年で一回りになり、今年の「己丑」から2周目が始まります。これが還暦です。新しい年をこれから芽が出る未来のある年にしたいですね。