異年齢の集団

最近、少子化が進み、子どもたちの異年齢交流の減少や地域との結びつきの低下が叫ばれるなかで、異年齢集団活動による青少年育成の試みが全国各地で行われています。しかし、異年齢集団を構成する意図が違う場合があり、それらを混同すると、個人を軽視して、集団を優先してしまうようなことも起きかねません。
昔は、地域の中で子どもたちは遊ぶとき、遊ぶ相手を選ぶときに、それぞれの年齢は余り意識しませんでした。一緒に色々な遊びをしました。しかし、当然、子ども個々に能力が違います。また、その中からリーダーらしき存在も現れます。「みんな一緒」で遊んではいたのですが、「みんな同じ」ではなかったのです。それどころか、その子の年齢によって、ルールややり方は変えてあげていました。このやり方にはポイントがあります。まず、正確に言うと、その子の年齢によって変えてあげるのではなく、その子の能力によって、変えてあげているのです。ですから、この集団は、異年齢児集団ではなく、さまざまな能力や特技などの個人差を尊重し、それをお互いに補正しながら一緒に同じ遊びをするのです。もう一つのポイントは、そのルール改正には、大人の手配は介入しません。あくまでも、子ども同士の取り決めの中で行われます。ですから、大人の考える「能力別」や「習熟度別」ではないのです。そして、その子によってやり方を変えるのは、「差別」ではなく、個人差があっても、それに配慮してあげて一緒に遊ぼうという「思いやり」の心から出たものです。
異年齢児集団を構成する意図がもう一つあります。これも、正確に言うと年齢の違いに配慮するのではなく、その子の能力の違いを活用するという考え方です。ですから、同じ年齢に同士のあいだでも行われます。この場合は、大人が意図する場合も含みますので、学校教育の場面とか、設定保育といわれるような大人が意図的に計画するような保育の仲でも行われることがあります。それは、先生から子どもに知識や知恵を伝えるのではなく、子どもから子どもへ伝えるというやり方です。最近、学校教育の中で、「学びあい」という教育方法を取り入れる学校が増えてきたようです。また、習熟度別にクラス分けをするのではなく、同じクラスの中で、わかった子がわからない子に教えるというやり方で、「教わる」よりも「教えること」のほうが学びが大きいという考え方です。
 鹿児島の甲突川東岸ぞいの今の加治屋町あたりは、40?80戸ほどの比較的小さな面積で区切られた方限(ほうぎり)の一つで、下級武士が多く住んでいました。しかし、このせまい方限から、西郷隆盛をはじめとして、大久保利通、吉井友実、伊地知正治、篠原国実、村田新八、西郷従道、大山巌、東郷平八郎、山本権兵衛、などたくさんの偉人が出ています。
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  西郷隆盛と大久保利通の生誕の地
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  大山巌と東郷平八郎の生誕の地
なぜでしょうか。その地域には立派な教師がいたからでしょうか。そうではありません。そこでは、以前のブログで何回か紹介した薩摩藩の伝統的な縦割り教育の一つであった「郷中教育」が行われていたのです。
 郷中教育とは、青少年を「稚児(ちご)」と「二才(にせ)」に分けて、勉学・武芸・山坂達者(今でいう体育・スポーツ)を通じて、先輩が後輩を指導することによって強い武士をつくろうとする組織でした。いわゆる、異年齢による「学びあい」を行っていたのです。
 今回、NHK大河ドラマつながりで訪れた鹿児島では、この郷中教育を少し調べてみました。

異年齢の集団” への5件のコメント

  1. 年齢によってではなく能力によって、みんな一緒ではあるがみんな同じではないなど、とても大切なことが書かれています。じっくりと読ませてもらいました。異年齢集団を考えるとき、その言葉どおり「年齢」や「集団」に注目してしまいがちですが、そのときの遊びや学びによって、結果として異年齢になり、より個性を生かせる集団を形成するということですね。学びあいについて、過去の取り組みの紹介によって、またいろんなことが学べそうです。薩摩藩の郷中教育についてのお話が楽しみです。

  2. 「うちでも異年齢保育をやっています」というのでよく聞いてみたら、定期的に異年齢で遊ぶ時間をとっているだけということがよくあります。これは、大人主導で行われる「異年齢の合同保育」であって、本来の意味での異年齢保育ではありません。一度、頭の中から年齢のフィルターで子どもを見ることをやめないといけない。私たち大人は、子どもたちに、「僕、いくつ?」とよく聞きますが、子どもにしたらそれがどうしたと思ってるでしょうね。たぶん、子どもたちだけの世界には、年齢の違いなんて元々無くて、仲間といかに遊びを楽しめるかということが一番大事なことだろうと思います。そのためには、話し合ってルールを決めたりすることはごく当たり前のことです。今、私たち大人に必要なのは、子どもを大人の理屈で遊ばせることではなく、路地裏や空き地で自由に遊んでいた昔ながらのギャング集団を幼稚園や保育園に生み出すことだと思います。

  3.  私も幼稚園?小学校の低学年までは、地域の友人とよく遊んでいました。たまたま私の住んでいた町内は同年齢が少なく、一つ下か二つ下がとても多かったので、その年齢の子どもと遊んでいました。自分で言うのもなんですが、私が一人だけ年上という事もあり、自然とリーダーのようになりました。その頃を思い出すと、鬼ごっこやかくれんぼをしても、皆で色々とルールを決めたり、新しい遊びを考案していたような気がします。当時はその光景が当たり前のように思っていましたが、最近では、そういう風景が当たり前でないのが、とても残念です。
     郷中教育の異年齢による「学びあい」。とても素晴らしいと思います。以前先生のブログで郷中教育についてのブログを読みましたが、今の時代だからこそ見習ってもらいたいと感じます。新たに先生が郷中教育について調べられたことがとても気になります。

  4. 「個人差を尊重し、それをお互いに補正しながら一緒に同じ遊びをするのです。」園の子ども集団をみていると、子どもたちはこのことを自然に実現していますね。ブロックや制作に取り組んでいる時はもちろん、絵本やパズルその他のゲームに興じている時もそうです。そこには「年齢別」という概念は存在しません。まさに「個人差を尊重し、それをお互いに補正しながら一緒に同じ遊び」を楽しんでいるのですね。その学びの可能性の大きさは想像を絶します。今回のブログでは薩摩藩の「郷中教育」が紹介されていましたが、「せまい方限」の中から後の世の中心人物となる人たちが多く出たという事実に私たちはもっともっと注目すべきでしょう。日本の「教育再生」は江戸幕府末の「教育事情」再考から、と確信しています。

  5. 昔の子ども集団というのは、本当にすごいことをしていたのですね。それは、子どもに委ねるというスタンスが、全てを物語っているようにも感じますし、その効果をしっかりと大人が理解しているということが重要なのだなぁと感じました。遊びのルールにおいても、「その子の年齢によって変えてあげるのではなく、その子の能力によって、変えてあげている」と言ったように、能力に応じた対応というものが、ごく自然と行われていたのは、きっと社会がそうであったからでしょうね。子ども集団からではなく、社会をそのように促すことが、重要であることにも気がつけました。

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